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1 不夜城 グロリオサ
第二話 万能の騎士
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100万の人間を飲み込んでもなお、城内は閑散としていたと言われるグロリオサの居住地は、なるほど確かに広大だ。全力が城内を駆け抜けているにも関わらず、居住地の中心部へとたどり着く気配は全くない。
一体全体、どれ程の富を蓄えれば、これほどの城を作り上げられるのだろうか。城内の建物はどれも二階建てかそれ以上の階数を持っており、いずれも白い漆喰で化粧をしている様は、私の祖国でも見たことがない。建物の高さも驚くべきだが、その奥行きの広さにも絶句しないわけにはいかない。ここはまだ一般国民の居住地であるはずだが、これほどの広さを持つ家は、貴族でもなければ持てないはずだと私の常識が訴えかけてくる。
建物の造形は一級の画家が羊皮紙に描き出す絵画のように美しく、見ているだけでも気持ちが落ち着いてくる。屋内の調度品たちにしても、これらを持ち帰り、王都で売り出せば一夜のうちに金貨で倉が埋まってしまうと確信できる。蝶の羽のように鮮やかな色合いと、一切の無駄のないデザインは注意しなければずっと鑑賞してしまいたくなる程である。
……本当にこの城は400年間放置されたままなのだろうか。
私の内心が、そんな疑問を吐露している。
不夜城に足を踏み入れてしばらく時間がたつが、城門周辺を除けば城内の荒廃具合は私が想像していた物とは全く異なっていた。確かに、所々で建物の破壊の跡がみられるが、あのレッドサラマンダーのような巨大なモンスターが住み着いていることを考えると、損壊の程度は無視しても良いレベルである。
この刺すような熱波が植生を根絶やしにし、それが建物の保全に貢献しているという点も確かに無視できないが、それ差し引いても城内各種の建造物の保存状態が良すぎる。
……王国「グロリオサ」は、400年前に一夜にして滅びたと聞く。この話を初めて聞いた時からずっと、アダマンタイト・ドラゴンの牙で城壁を作れるほどの超大国が、なす術もなく滅亡するのかと疑問に思ってきた。
神の御業によって人々が神隠しに合ってしまったと言われたほうが、まだ納得してしまう。
……いや、ここ数日のうちに人々が全員不死者となってしまった、と言われた方が……か。
内心で訂正を加えている間に、私は体を回転させて、突き立てられるパイクの穂先を鎧で受け流す。
この回転する勢いをそのままに、眼前の不死者たちの首を一刀の内に跳ね飛ばし、首が離れた胴体を回し蹴りで打ち倒した。
首を跳ね飛ばされ、胴体を地面に叩きつけられた不死者たちが衝撃のあまり武器から手を離した直後の数ミリ秒間。
この僅かな時間、宙を漂っていたパイクを掴んだ私は、大地をかき回すかのようにそれを力任せに振り回し、眼前に迫りくる不死者たちを側面の壁に叩きつけ、そこに直すことが敵わない亀裂を走らせる。
間合いが短いロングソードでは伐開に時間がかかりすぎる。私は愛剣を鞘に納め、鹵獲したこの槍でもってこの障害を取り除くことを決意する。
大地を一度、踏みならす。不死者が振り下ろした雑多な武器たちは私の槍に軌道をそらされる。武器から飛び散る火花が私の鼻腔に突き刺さる。
大地を一度、踏みしめる。槍に貫かれた空気は火薬玉のように爆ぜ、通路いっぱいの不死者たちの頭蓋、腕、足、胴体が弾け飛ぶ。槍の間合いで、粘り気の強い血液と不格好な肉塊が共に空中で躍り上がっている様を、私は一瞥した。
大地を一度、踏みしだく。独楽のように回転する不死者たちの肉片を追い越した私は、後詰めとして戦機を心待ちにしていた不死者たちの間合いに飛び込む。私の槍と不死者の武器が擦れあう不協和音を、私の耳はまだ捉えていない。
大地を一度、踏み砕く。石畳に走った雷紋のような亀裂は不死者たちの体幹を崩し、彼らの攻撃線は的外れな方向を向く。焼けた石と乾いた土の味を私の舌は感じ取っていた。
大地を一度、掘り返す。石畳から飛び上がった椎の実程の礫塊が、不死者たちの肉体を皮むき器のように削り取る。破裂した風船のような風貌と化した不死者たちの肉体を私の槍が貫く。鎧越しに私の肌に伝わる物体の感触が、吹き飛んだ肉片なのか、大空に飛び散った小礫なのかは解らない。
周囲の建物の屋根よりも高く吹き上がる血煙から私は抜け出した。数泊を置き、雷鳴のような爆音が衝撃波と共に周囲のガラスを割り、私の背中を震わせる。
しかし、不死者たちの隊列に終わりは見えない。
「……」
凄まじい数である。私が知る死霊術で死者を一体蘇らせるためには、莫大な量の魔力と、少なくない量の術者の血が必要であることを考えると、眼前の不死者たちは別の手法で二度目の生を授かったのだろう。そして、その「別の手法」というものは、頭上で熱波をまき散らす小天体なしには成り立たない物なのだろう。
不死者たちの血煙が、不死者と小天体を繋ぐ光の糸を浮かび上がらせていたことを、私は見逃さなかった。あの強力な熱波をまき散らす厄介な小天体が、1個軍団程の不死者たちを光の繰り糸で思うがままに動かしていることは、容易に推測できる。
光である以上、その糸は断ち切れない。あの憎たらしい小天体を壊そうにも、そこまで私の攻撃は届かない。……厄介だ。
「……」
不本意ながら、私にあの目の上のたんこぶをどうこうする余裕はない。もう私に一刻の猶予もないのである。私の脳漿は湯だち、意識は朦朧としてきている。鎧は熱を蓄え、今にも私に牙をむこうとしている。この頭上の熱波から逃れられる場所を意地でも探しださなければならない。
降り注ぐ熱からの逃避行。そのゴールは地下以外にあり得ない。私は視界の端に井戸が映っていることを見逃がしてはいなかった。蛆や虱のように群がる不死者の壁の先に、それはあった。
あともう一山。
楽をしよう。
酷使の果てに穂先がつぶれた槍を私は無造作に放り投げた。柄が藁束のようにささくれ立ってしまったそれが落ちるまでの数秒間、身構えた私は思考を放棄し、その時を待つ。
カランと音が鳴った。
私の肉体は、弩弓から放たれた矢のように井戸までの最短距離を突っ走る。
井戸に飛び込む。このこと以外の全ての思考を捨て、私は猛牛のように猛進する。
例えそこに不死者がいようと、壁があろうと、雑多な障害物があろうと、意にも介さない。私の行く道にある物は全て轢き飛ばす。
向こう見ずの肉弾と化した私は、群がる不死者が生み出す荒波に飛び込み、城壁を打ち崩す破城槌のように不死者の壁に穴を穿つ。
私は止まらない。
体全身に押しつぶされるような衝撃が走り、不死者たちの体重をその身で受け止める。
水をかき分けるかのように不死者を押しのけ、激流に逆らうかのように不死者の濁流を泳いでいく。
不死者たちの骨は蘆のように折れ、内臓は衝撃が導くままに空へと飛びあがる。
血と油が私の体を彩り、肉塊が私の足に絡まりつく。
私の行く足の先で放置されていた大八車がひしゃげ、針のような木片をまき散らす。
たまたま進路上にあった石垣が私の体当たりによって消滅し、扇状に吹き飛んだ丸石が榴弾のように周囲の不死者をなぎ倒す。
私に道を譲らなかった廃墟は柱を折られ、自重を支えきれなくなったそれは不死者を巻き込みながら豪快に崩れ落ちる。
不死者の唸り声はより大きくなり、四方八方から途切れることなく湧き上がるそれは私の耳を傷めつけた。
不死者が振り下ろす武器が私の鎧をカンナのように削っていく。敵の刃は私の鎧によって軌道をそらされ、私の背後にいる不死者の体を切り裂いてしまう。
追いすがる不死者たちの腕を関節ごと引きちぎり、立ちふさがる不死者の胸を蹴り上げ、踏みつぶす。
振り上げた拳は打ち上げ花火のように不死者を空高く打ち上げ、振り下ろす腕は不死者を肩から袈裟切りにする。
音を置き去りにする突貫の後には、ガラガラと崩れ落ちた不死者の壁が残され、雷に肉薄する破壊の先には、ポッカリと大口を開ける井戸が私の到着を待ち受けていた。
不思議な安心感がある。心の重しが剥がれ落ちていく。
私は百貫の力士も丸呑みできるこの巨大な井戸へと転がり込んだ。墨のような暗闇に視界を支配させ、数秒の浮遊感の中で、私はこの決断が正しかったと確信したのだった。
一体全体、どれ程の富を蓄えれば、これほどの城を作り上げられるのだろうか。城内の建物はどれも二階建てかそれ以上の階数を持っており、いずれも白い漆喰で化粧をしている様は、私の祖国でも見たことがない。建物の高さも驚くべきだが、その奥行きの広さにも絶句しないわけにはいかない。ここはまだ一般国民の居住地であるはずだが、これほどの広さを持つ家は、貴族でもなければ持てないはずだと私の常識が訴えかけてくる。
建物の造形は一級の画家が羊皮紙に描き出す絵画のように美しく、見ているだけでも気持ちが落ち着いてくる。屋内の調度品たちにしても、これらを持ち帰り、王都で売り出せば一夜のうちに金貨で倉が埋まってしまうと確信できる。蝶の羽のように鮮やかな色合いと、一切の無駄のないデザインは注意しなければずっと鑑賞してしまいたくなる程である。
……本当にこの城は400年間放置されたままなのだろうか。
私の内心が、そんな疑問を吐露している。
不夜城に足を踏み入れてしばらく時間がたつが、城門周辺を除けば城内の荒廃具合は私が想像していた物とは全く異なっていた。確かに、所々で建物の破壊の跡がみられるが、あのレッドサラマンダーのような巨大なモンスターが住み着いていることを考えると、損壊の程度は無視しても良いレベルである。
この刺すような熱波が植生を根絶やしにし、それが建物の保全に貢献しているという点も確かに無視できないが、それ差し引いても城内各種の建造物の保存状態が良すぎる。
……王国「グロリオサ」は、400年前に一夜にして滅びたと聞く。この話を初めて聞いた時からずっと、アダマンタイト・ドラゴンの牙で城壁を作れるほどの超大国が、なす術もなく滅亡するのかと疑問に思ってきた。
神の御業によって人々が神隠しに合ってしまったと言われたほうが、まだ納得してしまう。
……いや、ここ数日のうちに人々が全員不死者となってしまった、と言われた方が……か。
内心で訂正を加えている間に、私は体を回転させて、突き立てられるパイクの穂先を鎧で受け流す。
この回転する勢いをそのままに、眼前の不死者たちの首を一刀の内に跳ね飛ばし、首が離れた胴体を回し蹴りで打ち倒した。
首を跳ね飛ばされ、胴体を地面に叩きつけられた不死者たちが衝撃のあまり武器から手を離した直後の数ミリ秒間。
この僅かな時間、宙を漂っていたパイクを掴んだ私は、大地をかき回すかのようにそれを力任せに振り回し、眼前に迫りくる不死者たちを側面の壁に叩きつけ、そこに直すことが敵わない亀裂を走らせる。
間合いが短いロングソードでは伐開に時間がかかりすぎる。私は愛剣を鞘に納め、鹵獲したこの槍でもってこの障害を取り除くことを決意する。
大地を一度、踏みならす。不死者が振り下ろした雑多な武器たちは私の槍に軌道をそらされる。武器から飛び散る火花が私の鼻腔に突き刺さる。
大地を一度、踏みしめる。槍に貫かれた空気は火薬玉のように爆ぜ、通路いっぱいの不死者たちの頭蓋、腕、足、胴体が弾け飛ぶ。槍の間合いで、粘り気の強い血液と不格好な肉塊が共に空中で躍り上がっている様を、私は一瞥した。
大地を一度、踏みしだく。独楽のように回転する不死者たちの肉片を追い越した私は、後詰めとして戦機を心待ちにしていた不死者たちの間合いに飛び込む。私の槍と不死者の武器が擦れあう不協和音を、私の耳はまだ捉えていない。
大地を一度、踏み砕く。石畳に走った雷紋のような亀裂は不死者たちの体幹を崩し、彼らの攻撃線は的外れな方向を向く。焼けた石と乾いた土の味を私の舌は感じ取っていた。
大地を一度、掘り返す。石畳から飛び上がった椎の実程の礫塊が、不死者たちの肉体を皮むき器のように削り取る。破裂した風船のような風貌と化した不死者たちの肉体を私の槍が貫く。鎧越しに私の肌に伝わる物体の感触が、吹き飛んだ肉片なのか、大空に飛び散った小礫なのかは解らない。
周囲の建物の屋根よりも高く吹き上がる血煙から私は抜け出した。数泊を置き、雷鳴のような爆音が衝撃波と共に周囲のガラスを割り、私の背中を震わせる。
しかし、不死者たちの隊列に終わりは見えない。
「……」
凄まじい数である。私が知る死霊術で死者を一体蘇らせるためには、莫大な量の魔力と、少なくない量の術者の血が必要であることを考えると、眼前の不死者たちは別の手法で二度目の生を授かったのだろう。そして、その「別の手法」というものは、頭上で熱波をまき散らす小天体なしには成り立たない物なのだろう。
不死者たちの血煙が、不死者と小天体を繋ぐ光の糸を浮かび上がらせていたことを、私は見逃さなかった。あの強力な熱波をまき散らす厄介な小天体が、1個軍団程の不死者たちを光の繰り糸で思うがままに動かしていることは、容易に推測できる。
光である以上、その糸は断ち切れない。あの憎たらしい小天体を壊そうにも、そこまで私の攻撃は届かない。……厄介だ。
「……」
不本意ながら、私にあの目の上のたんこぶをどうこうする余裕はない。もう私に一刻の猶予もないのである。私の脳漿は湯だち、意識は朦朧としてきている。鎧は熱を蓄え、今にも私に牙をむこうとしている。この頭上の熱波から逃れられる場所を意地でも探しださなければならない。
降り注ぐ熱からの逃避行。そのゴールは地下以外にあり得ない。私は視界の端に井戸が映っていることを見逃がしてはいなかった。蛆や虱のように群がる不死者の壁の先に、それはあった。
あともう一山。
楽をしよう。
酷使の果てに穂先がつぶれた槍を私は無造作に放り投げた。柄が藁束のようにささくれ立ってしまったそれが落ちるまでの数秒間、身構えた私は思考を放棄し、その時を待つ。
カランと音が鳴った。
私の肉体は、弩弓から放たれた矢のように井戸までの最短距離を突っ走る。
井戸に飛び込む。このこと以外の全ての思考を捨て、私は猛牛のように猛進する。
例えそこに不死者がいようと、壁があろうと、雑多な障害物があろうと、意にも介さない。私の行く道にある物は全て轢き飛ばす。
向こう見ずの肉弾と化した私は、群がる不死者が生み出す荒波に飛び込み、城壁を打ち崩す破城槌のように不死者の壁に穴を穿つ。
私は止まらない。
体全身に押しつぶされるような衝撃が走り、不死者たちの体重をその身で受け止める。
水をかき分けるかのように不死者を押しのけ、激流に逆らうかのように不死者の濁流を泳いでいく。
不死者たちの骨は蘆のように折れ、内臓は衝撃が導くままに空へと飛びあがる。
血と油が私の体を彩り、肉塊が私の足に絡まりつく。
私の行く足の先で放置されていた大八車がひしゃげ、針のような木片をまき散らす。
たまたま進路上にあった石垣が私の体当たりによって消滅し、扇状に吹き飛んだ丸石が榴弾のように周囲の不死者をなぎ倒す。
私に道を譲らなかった廃墟は柱を折られ、自重を支えきれなくなったそれは不死者を巻き込みながら豪快に崩れ落ちる。
不死者の唸り声はより大きくなり、四方八方から途切れることなく湧き上がるそれは私の耳を傷めつけた。
不死者が振り下ろす武器が私の鎧をカンナのように削っていく。敵の刃は私の鎧によって軌道をそらされ、私の背後にいる不死者の体を切り裂いてしまう。
追いすがる不死者たちの腕を関節ごと引きちぎり、立ちふさがる不死者の胸を蹴り上げ、踏みつぶす。
振り上げた拳は打ち上げ花火のように不死者を空高く打ち上げ、振り下ろす腕は不死者を肩から袈裟切りにする。
音を置き去りにする突貫の後には、ガラガラと崩れ落ちた不死者の壁が残され、雷に肉薄する破壊の先には、ポッカリと大口を開ける井戸が私の到着を待ち受けていた。
不思議な安心感がある。心の重しが剥がれ落ちていく。
私は百貫の力士も丸呑みできるこの巨大な井戸へと転がり込んだ。墨のような暗闇に視界を支配させ、数秒の浮遊感の中で、私はこの決断が正しかったと確信したのだった。
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