【完結】前世聖女のかけだし悪女

たちばな立花

文字の大きさ
25 / 66

二人分の食卓

しおりを挟む
 朝起きて、リリアナは首を傾げた。

(なんだろ。すごく慌ただしいというか……)

 いつもの屋敷とは雰囲気が違う。グランツ家はどちらかというとゆっくりとした時間が流れている。しかし、今は屋敷内の緊張感が扉を隔てても尚、感じることができた。

 三度のノックのあと、扉が開かれる。「おはようございます」と言いながら、侍女が今日着る服を持って慌ただしく入ってきた。彼女の手を借りて着替えるのも、その後髪を結ってもらうのも、毎日のルーティーンだ。

 なのに違和感だからけ。

 リリアナは服に袖を通しながら、首を傾げた。

「どうしたの? 今日はなんだか変」
「……お嬢様、落ち着いてお聞きくださいね」

 そういう侍女の声の方が震えている。リリアナは一度だけ頷いた。

「本日の朝食は、旦那様とご一緒でございますよ」

 興奮冷めやらぬ様子だ。リリアナは言葉の内容を理解できず、目を瞬かせた。

「だんなさま?」
「お父様ですよ。お嬢様がお会いしたかったお父様がもう食堂でお待ちです」

 侍女の声には興奮が混ざっている。それが、嘘ではないことを物語っていた。

「本当?」
「こんな嘘、つけませんよ」
「今、食堂にいるの?」
「はい。お嬢様が起きるのをお待ちです」
「じゃあ、急がないと!」
「ええ、髪の毛はブラシでといてまとめてしまいましょう」

 侍女の提案にリリアナは何度も頷いた。

 彼女が髪をまとめているあいだ、リリアナは胸元のリボンを何度も直す。侍女と目が合うたびに、「変じゃない?」と聞いた。

 馬の尻尾のような髪型は、昔を思い出させる。聖女のころは、簡単にできるこの髪型ばかりしていた。

 癖っ毛のせいで毛先がくるくると勝手に巻かれている。そんなところもリリアナと聖女はよく似ていた。

 はやる気持ちを隠すことはできない。五才の子どものやることということで、許してもらおう。リリアナは廊下を駆けた。後ろから侍女とロフが追いかけてくる。

 彼らを待つ心の余裕は持っていなかった。

 食堂の重厚感ある扉は、全身を使って押し開ける。すると、ふわりと優しい香りに包まれた。焼けたパンの香ばしい匂いと、いつも作るスープ匂い。腹が小さく「くぅ」となった。

 食堂の奥にはルーカスが座っている。まるで、最初から置かれていた人形のように、表情一つ変えなかった。

 給仕を担当している使用人がルーカスの向かいに当たる席を引く。

 リリアナはそこだと言いたげだった。

 リリアナはルーカスから自身の席まで視線を巡らせる。長い長いテーブルの端と端だからだ。そんなところではまともな会話はできない。

 前世では長いテーブルの端にみんなで固まって食事を摂っていた。きっと今の使用人たちはそのことを知らないのだろう。

 リリアナはそう勝手に解釈して、ルーカスの側に走った。

 ルーカスは長いテーブルの短辺の席。その席は昔から家長の席だった。その左斜め前が長男の、長男の向かい、家長の右斜め前が妻の席だ。でも、義姉はもういない。ならば、そこがリリアナの席で間違いないだろう。

 子どもには少し大きい席によじのぼる。

 そして、ルーカスに向かってにこりと笑った。

「おはようございます。お父様」
「ああ」
「今日はお仕事大丈夫なの?」

 返事はない。しかし、リリアナの言葉に彼の瞼だけが小さく動く。肯定の意味なのだろう。長いまつ毛が一度だけ上下に揺れた。

(わかりにくい……!)

 目の前に並べられたパンとスープ、そして果物。リリアナはパンを掴み、半分にちぎった。

 焼きたてのパンは湯気を立てる。

 リリアナは懐かしさに頬を緩ませた。オッターの作るパンを朝から家族で食べていた記憶は、聖女が十七才のときまで遡らないとない。両親と兄と義姉。朝は慌ただしいというのに、ここだけは時間の進みが緩やかだった。

 パンに齧りつくと、懐かしさは増す。しかし、ルーカスは目の前のスープにもパンにも興味はないようで、冷めきった珈琲を時折口にしているだけだった。

「お父様は食べないの?」

 リリアナは首を傾げた。

(もしかして、私を待ってる間に食べちゃったとか?)

 起きるのが遅かったのではないかと悩んでいると、ルーカスは静かな声で言った。

「私はいい」

 短く、たった一言だけ。

「おなかいっぱい?」

 精一杯、子どもらしく聞く。彼は肯定も否定もしない。

(そういえば、痩せた気がする)

 雰囲気が変わったため、体型にまで目がいかなかった。しかし、落ち着いて見てみれば、昔よりも随分と痩せてしまったのではないか。

(たくさん食べさせないと……!)

 少しでも食べてもらわなければいけないと、リリアナは思った。このままでは倒れてしまう。この五年、どんな生活をしていたのかは知らないが、数日に一度家に帰る以外は外で過ごすような生活だ。碌でもないに違いない。

 リリアナはパンを皿に置き、一度椅子から降りた。

 ルーカスの隣まで歩み寄る。そして、小さく俯いた。ギュッと目を閉じてみるが、寝起きで目が乾燥しているからか、涙はたまらない。

 口の奥を開いて、あくびをする。

 リリアナはルーカスの服を掴んだ。

 わずかに湧き上がった涙を目にたたえ、彼を仰ぎ見る。

「私と一緒じゃ、ご飯食べたくない……?」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。 ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。 「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」 ある日、アリシアは見てしまう。 夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを! 「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」 「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」 夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。 自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。 ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。 ※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

【完結】聖女の私を処刑できると思いました?ふふ、残念でした♪

鈴菜
恋愛
あらゆる傷と病を癒やし、呪いを祓う能力を持つリュミエラは聖女として崇められ、来年の春には第一王子と結婚する筈だった。 「偽聖女リュミエラ、お前を処刑する!」 だが、そんな未来は突然崩壊する。王子が真実の愛に目覚め、リュミエラは聖女の力を失い、代わりに妹が真の聖女として現れたのだ。 濡れ衣を着せられ、あれよあれよと処刑台に立たされたリュミエラは絶対絶命かに思われたが… 「残念でした♪処刑なんてされてあげません。」

聖女の、その後

六つ花えいこ
ファンタジー
私は五年前、この世界に“召喚”された。

【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……

buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。 みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……

死んでるはずの私が溺愛され、いつの間にか救国して、聖女をざまぁしてました。

みゅー
恋愛
異世界へ転生していると気づいたアザレアは、このままだと自分が死んでしまう運命だと知った。 同時にチート能力に目覚めたアザレアは、自身の死を回避するために奮闘していた。するとなぜか自分に興味なさそうだった王太子殿下に溺愛され、聖女をざまぁし、チート能力で世界を救うことになり、国民に愛される存在となっていた。 そんなお話です。 以前書いたものを大幅改稿したものです。 フランツファンだった方、フランツフラグはへし折られています。申し訳ありません。 六十話程度あるので改稿しつつできれば一日二話ずつ投稿しようと思います。 また、他シリーズのサイデューム王国とは別次元のお話です。 丹家栞奈は『モブなのに、転生した乙女ゲームの攻略対象に追いかけられてしまったので全力で拒否します』に出てくる人物と同一人物です。 写真の花はリアトリスです。

異世界に落ちたら若返りました。

アマネ
ファンタジー
榊原 チヨ、87歳。 夫との2人暮らし。 何の変化もないけど、ゆっくりとした心安らぐ時間。 そんな普通の幸せが側にあるような生活を送ってきたのにーーー 気がついたら知らない場所!? しかもなんかやたらと若返ってない!? なんで!? そんなおばあちゃんのお話です。 更新は出来れば毎日したいのですが、物語の時間は割とゆっくり進むかもしれません。

処理中です...