40 / 66
相棒の居場所
しおりを挟む
リリアナは馬車の中、満足げに足をプラプラと揺らした。
「王宮には連れて行けない」というルーカスと、「絶対に行きたい」というリリアナ。二人の攻防はエリオットの登校時間まで続いた。
ルーカスは国王に呼ばれていたらしく、その謁見は彼のみが許されている。娘であるリリアナすら同行はかなわない。彼は五才の子を独りにするのが心配だったのだろう。「謁見のあいだ、一人になってしまう。ここにいたほうが遊び相手がいる」とリリアナを説得した。
しかし、リリアナにとって、王宮で一人取り残されることは好都合だ。自由に動き回れる時間があるということに他ならないのだから。
ルーカスの説得をいつもの『おねだり』で黙らせ、「謁見中はロフとおとなしく待っている」という約束のもと、リリアナは同行の許可を勝ち取った。
馬車の隣に座るルーカスの表情はリリアナからはよく見えないが、いつもと変わらず人形のように眉一つ動いてはいないのだろう。それでも、心は苦々しい気持ちでいっぱいかもしれない。
彼はしきりにリリアナの頭を撫でていた。まるでそういうカラクリの人形のようだ。せっかく侍女に結ってもらった髪が……。などと、下世話なことは言わない。今の彼なりの愛情表現だと、リリアナは認識している。
「リリアナ。王宮は広い。だから、むやみに歩いてはいけない」
「ロフが一緒だから大丈夫」
「ロフも王宮には慣れていない」
「ロフはね、何でも知っているから大丈夫なの」
ロフが知らなくても、リリアナは王宮のことなら知っている。さすがに王族の暮らす区域のことまでは知らないが、謁見の間の場所も、王宮で働く者たちの顔までしっかりと記憶にあった。
馬車を出て、王宮の廊下を歩くあいだもルーカスは何度も、「おとなしく待っているように」と言っていた。そのたびに、リリアナは「はーい」と分かっているのだか、分かっていないのだか分からない返事をする。
分かってはいる。しかし、分からないふりをするのが、リリアナというものだ。
リリアナは、ルーカスを見送るとすぐさま踵を返した。ロフはリリアナの後ろをついて歩く。
「本日はどちらまで?」
「これから、ミミックを探しに行くわ」
「ミミック……?」
「白イタチの姿をした精霊よ。私の……。聖女の相棒なの」
「今は私がいるではありませんか」
ロフはさらりと言った。あまりにもさらりと言うものだから、相槌を打つところだった。リリアナは足を止め、くるりと振り返る。
「いつの間に私の相棒になったのよ」
「聖女と精霊、お嬢様と執事。どちらもとてもよい組み合わせだとは思いませんか?」
ロフは笑みを浮かべる。彼の考えていることはよくわからない。また、何かの本の受け売りだろうか。それとも、彼の本心なのか。
リリアナは彼の言葉の真意がわからず、眉を寄せた。
「まあ、いいや。相棒でもなんでもいいから、ミミックを探すのを手伝って」
「私を相棒とお認めいただけるのですか?」
「うんうん、認める。だから、白イタチのね……」
「では、王宮の者を総動員して探させましょう」
「ちょっと! 力を使うのはなし!」
リリアナは叫んだ。誰もいない王宮の廊下とはいえ、声が大きすぎだ。自分の口を小さな両手で塞ぐ。そんなときでも、ロフは澄ました顔をしている。
「人員は多ければ多いほどいいかと思いましたが」
「人間を操ろうとするのはなし。自力で探すの。……まったく、すぐ危険なことしようとするんだから」
「ほんの少しの時間体を借りる程度のことです。人体への影響は少ないですよ。少し、筋肉痛になる程度でしょうか。聖女の力を持つリリアナお嬢様がいれば、危険度は格段に下がります」
「だめだめ。危険度が低くても、ほんのちょっとでもだめ。もし、人に見つかって大騒ぎになったらどうするの?」
「お嬢様は、私の心配をしてくださっているのですか?」
「そうよ、いないと困るの」
こんなに都合のいい執事、他にはいない。リリアナの前世を知り、そのためにどんな行動を取っても驚かない。人間でないこと以外を除けば、今のところ最高に都合がよい。
リリアナが大きく頷くと、ロフの目が潤んだ。かの執事が目を潤ませた姿など今まで見たことがあっただろうか。
深い紫の瞳に輝きが増す。夜に訪れた湖の如し輝きにリリアナはたじろいだ。
「……なんということでしょう! お嬢様が、私を必要としている……! ロフは感激しております」
豊かな感情表現にリリアナは目を細めた。最近、表情筋が死んでいる父と、筋肉が強張ったままの兄のあいだに挟めれていたせいだと思う。
彼は魔王でありながら、天にでも祈るように両手を胸の前で合わせた。今にも天にでも飛んでいきそうな出立ちだ。魔王だが。
「なんでもいいから行こう! 時間がないの!」
リリアナはロフの袖を引っ張る。この体は小さすぎる。力もない。ロフを動かすには言葉で促すしかなかった。
「かしこまりました。まずはどちらに参りましょうか?」
「そうね……。精霊は自然が好きなの」
ミミックと出会った場所も森の中だった。王宮に来てからもミミックは自然を求めていた。小さな花を飾ればその側に。何よりも、木々や花が大好きなのだ。
「だから、もしミミックがまだこの辺にいるとしたら……」
リリアナは廊下の先にある一際輝く光に視線を向けた。
「庭園に行くわ」
「王宮には連れて行けない」というルーカスと、「絶対に行きたい」というリリアナ。二人の攻防はエリオットの登校時間まで続いた。
ルーカスは国王に呼ばれていたらしく、その謁見は彼のみが許されている。娘であるリリアナすら同行はかなわない。彼は五才の子を独りにするのが心配だったのだろう。「謁見のあいだ、一人になってしまう。ここにいたほうが遊び相手がいる」とリリアナを説得した。
しかし、リリアナにとって、王宮で一人取り残されることは好都合だ。自由に動き回れる時間があるということに他ならないのだから。
ルーカスの説得をいつもの『おねだり』で黙らせ、「謁見中はロフとおとなしく待っている」という約束のもと、リリアナは同行の許可を勝ち取った。
馬車の隣に座るルーカスの表情はリリアナからはよく見えないが、いつもと変わらず人形のように眉一つ動いてはいないのだろう。それでも、心は苦々しい気持ちでいっぱいかもしれない。
彼はしきりにリリアナの頭を撫でていた。まるでそういうカラクリの人形のようだ。せっかく侍女に結ってもらった髪が……。などと、下世話なことは言わない。今の彼なりの愛情表現だと、リリアナは認識している。
「リリアナ。王宮は広い。だから、むやみに歩いてはいけない」
「ロフが一緒だから大丈夫」
「ロフも王宮には慣れていない」
「ロフはね、何でも知っているから大丈夫なの」
ロフが知らなくても、リリアナは王宮のことなら知っている。さすがに王族の暮らす区域のことまでは知らないが、謁見の間の場所も、王宮で働く者たちの顔までしっかりと記憶にあった。
馬車を出て、王宮の廊下を歩くあいだもルーカスは何度も、「おとなしく待っているように」と言っていた。そのたびに、リリアナは「はーい」と分かっているのだか、分かっていないのだか分からない返事をする。
分かってはいる。しかし、分からないふりをするのが、リリアナというものだ。
リリアナは、ルーカスを見送るとすぐさま踵を返した。ロフはリリアナの後ろをついて歩く。
「本日はどちらまで?」
「これから、ミミックを探しに行くわ」
「ミミック……?」
「白イタチの姿をした精霊よ。私の……。聖女の相棒なの」
「今は私がいるではありませんか」
ロフはさらりと言った。あまりにもさらりと言うものだから、相槌を打つところだった。リリアナは足を止め、くるりと振り返る。
「いつの間に私の相棒になったのよ」
「聖女と精霊、お嬢様と執事。どちらもとてもよい組み合わせだとは思いませんか?」
ロフは笑みを浮かべる。彼の考えていることはよくわからない。また、何かの本の受け売りだろうか。それとも、彼の本心なのか。
リリアナは彼の言葉の真意がわからず、眉を寄せた。
「まあ、いいや。相棒でもなんでもいいから、ミミックを探すのを手伝って」
「私を相棒とお認めいただけるのですか?」
「うんうん、認める。だから、白イタチのね……」
「では、王宮の者を総動員して探させましょう」
「ちょっと! 力を使うのはなし!」
リリアナは叫んだ。誰もいない王宮の廊下とはいえ、声が大きすぎだ。自分の口を小さな両手で塞ぐ。そんなときでも、ロフは澄ました顔をしている。
「人員は多ければ多いほどいいかと思いましたが」
「人間を操ろうとするのはなし。自力で探すの。……まったく、すぐ危険なことしようとするんだから」
「ほんの少しの時間体を借りる程度のことです。人体への影響は少ないですよ。少し、筋肉痛になる程度でしょうか。聖女の力を持つリリアナお嬢様がいれば、危険度は格段に下がります」
「だめだめ。危険度が低くても、ほんのちょっとでもだめ。もし、人に見つかって大騒ぎになったらどうするの?」
「お嬢様は、私の心配をしてくださっているのですか?」
「そうよ、いないと困るの」
こんなに都合のいい執事、他にはいない。リリアナの前世を知り、そのためにどんな行動を取っても驚かない。人間でないこと以外を除けば、今のところ最高に都合がよい。
リリアナが大きく頷くと、ロフの目が潤んだ。かの執事が目を潤ませた姿など今まで見たことがあっただろうか。
深い紫の瞳に輝きが増す。夜に訪れた湖の如し輝きにリリアナはたじろいだ。
「……なんということでしょう! お嬢様が、私を必要としている……! ロフは感激しております」
豊かな感情表現にリリアナは目を細めた。最近、表情筋が死んでいる父と、筋肉が強張ったままの兄のあいだに挟めれていたせいだと思う。
彼は魔王でありながら、天にでも祈るように両手を胸の前で合わせた。今にも天にでも飛んでいきそうな出立ちだ。魔王だが。
「なんでもいいから行こう! 時間がないの!」
リリアナはロフの袖を引っ張る。この体は小さすぎる。力もない。ロフを動かすには言葉で促すしかなかった。
「かしこまりました。まずはどちらに参りましょうか?」
「そうね……。精霊は自然が好きなの」
ミミックと出会った場所も森の中だった。王宮に来てからもミミックは自然を求めていた。小さな花を飾ればその側に。何よりも、木々や花が大好きなのだ。
「だから、もしミミックがまだこの辺にいるとしたら……」
リリアナは廊下の先にある一際輝く光に視線を向けた。
「庭園に行くわ」
22
あなたにおすすめの小説
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
異世界に落ちたら若返りました。
アマネ
ファンタジー
榊原 チヨ、87歳。
夫との2人暮らし。
何の変化もないけど、ゆっくりとした心安らぐ時間。
そんな普通の幸せが側にあるような生活を送ってきたのにーーー
気がついたら知らない場所!?
しかもなんかやたらと若返ってない!?
なんで!?
そんなおばあちゃんのお話です。
更新は出来れば毎日したいのですが、物語の時間は割とゆっくり進むかもしれません。
大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!
古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。
その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。
『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』
昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。
領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。
一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
ゴースト聖女は今日までです〜お父様お義母さま、そして偽聖女の妹様、さようなら。私は魔神の妻になります〜
嘉神かろ
恋愛
魔神を封じる一族の娘として幸せに暮していたアリシアの生活は、母が死に、継母が妹を産んだことで一変する。
妹は聖女と呼ばれ、もてはやされる一方で、アリシアは周囲に気付かれないよう、妹の影となって魔神の眷属を屠りつづける。
これから先も続くと思われたこの、妹に功績を譲る生活は、魔神の封印を補強する封魔の神儀をきっかけに思いもよらなかった方へ動き出す。
転生したおばあちゃんはチートが欲しい ~この世界が乙女ゲームなのは誰も知らない~
ピエール
ファンタジー
おばあちゃん。
異世界転生しちゃいました。
そういえば、孫が「転生するとチートが貰えるんだよ!」と言ってたけど
チート無いみたいだけど?
おばあちゃんよく分かんないわぁ。
頭は老人 体は子供
乙女ゲームの世界に紛れ込んだ おばあちゃん。
当然、おばあちゃんはここが乙女ゲームの世界だなんて知りません。
訳が分からないながら、一生懸命歩んで行きます。
おばあちゃん奮闘記です。
果たして、おばあちゃんは断罪イベントを回避できるか?
[第1章おばあちゃん編]は文章が拙い為読みづらいかもしれません。
第二章 学園編 始まりました。
いよいよゲームスタートです!
[1章]はおばあちゃんの語りと生い立ちが多く、あまり話に動きがありません。
話が動き出す[2章]から読んでも意味が分かると思います。
おばあちゃんの転生後の生活に興味が出てきたら一章を読んでみて下さい。(伏線がありますので)
初投稿です
不慣れですが宜しくお願いします。
最初の頃、不慣れで長文が書けませんでした。
申し訳ございません。
少しづつ修正して纏めていこうと思います。
過去の青き聖女、未来の白き令嬢
手嶋ゆき
恋愛
私は聖女で、その結婚相手は王子様だと前から決まっていた。聖女を国につなぎ止めるだけの結婚。そして、聖女の力はいずれ王国にとって不要になる。
一方、外見も内面も私が勝てないような公爵家の「白き令嬢」が王子に近づいていた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる