簒奪女王と隔絶の果て

紺乃 安

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氷の城

二人の虚実 1

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「では、用地は王国が無償で貸与たいよし、この学校建設をリードホルム王家とローセンダール家の共同事業として公示、遂行するものとする」
 ノア王が決定事項を淡々と宣言し、ヘスルトランド城の一室で行われていた学校建設についての協議は、滞りなく三十分ほどでまとまった。
「ローセンダール殿、異論はございませんな?」
「ええ」
「土地の下見はなされますか? 明日の午後ならば関係者が同道できますが」
「ちょうどいい機会かしらね、ヘルストランド城以外のリードホルムも見てみたいわ」
「さっそく手配いたします」
 サンテソン図書省長官の返答に、ベアトリス・ローセンダールが満足げな笑顔で首肯しゅこうする。ノアの側近の男がまた、ベアトリスを射抜くように見やった。
 リードホルム側のノア王とサンテソンにとって意外だったのは、学校建設をローセンダール家の独占事業でなくリードホルム王家との共同事業とする案に、ベアトリスが機嫌を損ねた様子もなく応じたことである。
 これはベアトリスが持ちかけてきた建設案に対し、リードホルム高官の多数が難色を示したため、ノアが用意した代案だった。
――ベアトリス・ローセンダールは、その思想をつよく反映させた教育内容によってノルドグレーン寄りの人材を育成し、長期的な視座のもとでリードホルムの乗っ取りを企んでいる。
――年若い彼女にはそれを許すだけの時間があり、かつ恐るべき野心を胸に秘めている。
 他さまざまに、リードホルムの未来を憂慮ゆうりょする声が、他ならぬサンテソンなどからも上がっていた。ノアもそれらの意見には一定の理があると認めつつ、ベアトリスの顔も立てる折衷せっちゅう案として、共同での学校建設を提案したのだった。
 ベアトリスは、サンテソンがおそるおそる口にする共同事業案を耳にした際、その裏に潜む彼女に対する警戒心を見透かしたように、菫青石アイオライトの瞳を輝かせた。反発を招くことは想定していた通りだ。そしてサンテソンが会議室から退出した後、今回の計画が真に意図するところをノアに明かした。
「ヘルストランドにおいて、民が私を見る目はあくまで侵略者。この学校建設には、その印象を上書きする狙いがあります。いまさら隠すことでもございません」
「これまでの孤児院への出資や文化振興と、それは同じというわけか」
「そう。その目的からすれば、王家との共同事業、とヘルストランドの民衆に触れ込めるのはかえって好都合ですわ」
「現在の我が国において、王家と反目し合っていると映るよりは民衆の心証もよかろうな」
「左様です、ノア様」
「抜け目ないことだ」
 ノアの返答は、称賛と言うには皮肉の成分が含まれすぎていたが、ベアトリスは笑顔で礼を返した。
 三年前に出会った頃は、もう少し真摯しんしたたずまいで、あまり皮肉を好むような人ではなかった。そうであればこそ、として接してきたのだが、会うたびその印象は変容してゆき――いつまでも居心地の悪さが残り続けるノアのふるまいに、ベアトリスは胸の奥でかすかなつかえがとれずにいる。
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