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氷の城
不穏の手蔓 4
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リードホルムの前宰相シーグムンド・エイデシュテットとノルドグレーンの内通は、当然ながら機密事項であり、ノルドグレーン国家情報局に通じるごく一部の者しか知らなかった。事実、三年前のジュニエスの戦い開戦前の時点では、リードホルムについての情報収集に余念のなかったベアトリスさえ知り得なかったのだ。かろうじて、リードホルム王家に近い位置に内通者がいるらしい、という程度のおぼろげな情報が、当時のベアトリスには届けられていた。
「ミットファレットのエディット・フォーゲルクロウに協力を仰ぐといいわ。糸口になる情報くらいは知っているでしょう」
「なるほど、あの方は元内務省……たしかリンデスゴートン治安維持局の副総監でしたね」
「私の陣営で、あの人よりも裏の情報に通じている者はいないわ。ひょっとすると、在職時の情報網もまだ維持しているかも知れないわね」
「大したお方だ」
「……いえ、むしろ手放していると考えるほうが不自然ね。そういう人よ」
「それはそれで剣呑なことです」
エディット・フォーゲルクロウはもともと、ベアトリスにとって歳の離れた畏友と言える人物だった。二年半ほど前までは、内務省治安維持局の最重要区副総監というかなりの上職に、女の身でありながら就いていた。穏やかで公正な表層と非情な手段を使い分ける、怜悧で油断のならない才女である。
三十六歳という若さもあり、省内でのさらなる栄達さえ目指せそうな彼女に対し、ベアトリスは、所領の一つであるミットファレットの県令代理、という地位への就任を依頼した。果たしてエディットはそれを承け、ベアトリスの陣営、すなわちノルドグレーン主流派に弓引く立場に転身する。
ミットファレットは、もとは敵対国であるカッセル王国から奪い取った土地であり、政情の危うさから予断を許さない難治の領地だった。さりとてベアトリス自身は新興交易都市ランバンデットの開発と、ヘルストランド、ひいてはノア王との交渉から手を離せない。そこで旧知のエディットに白羽の矢を立てたのだった。
ベアトリスは、私兵の主力軍であるグスタフソン将軍の部隊をミットファレットに常駐させ、その舵取りをエディットに一任していた。彼女は軍事・治安面で緊張状態が続く中、巧みに状況に対処しているようだ。これまで二年ほどは大規模な動乱も起こらず、遺漏なくミットファレットは統治されている。
ゆっくりと走る馬車の窓外に見えてきたヘルストランドの街を眺めながら、ベアトリスはつぶやいた。
「ノア様には何かあるわ。エイデシュテットは……直接的にではないにせよ、それに関わりがあるはず」
アルバレスはどこか片付かない顔で応じる。
「……主公様がノア王を支援なさるのは、道義的にも政略的にも良いと思いますが……そこまでご機嫌取りじみた対応が必要でしょうか?」
「そうよ。と断言したいところだけれど……」
「自信がなさそうですね」
「ええ、その通りよ」
ベアトリスはため息まじりに言い捨てた。
「ミットファレットのエディット・フォーゲルクロウに協力を仰ぐといいわ。糸口になる情報くらいは知っているでしょう」
「なるほど、あの方は元内務省……たしかリンデスゴートン治安維持局の副総監でしたね」
「私の陣営で、あの人よりも裏の情報に通じている者はいないわ。ひょっとすると、在職時の情報網もまだ維持しているかも知れないわね」
「大したお方だ」
「……いえ、むしろ手放していると考えるほうが不自然ね。そういう人よ」
「それはそれで剣呑なことです」
エディット・フォーゲルクロウはもともと、ベアトリスにとって歳の離れた畏友と言える人物だった。二年半ほど前までは、内務省治安維持局の最重要区副総監というかなりの上職に、女の身でありながら就いていた。穏やかで公正な表層と非情な手段を使い分ける、怜悧で油断のならない才女である。
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ミットファレットは、もとは敵対国であるカッセル王国から奪い取った土地であり、政情の危うさから予断を許さない難治の領地だった。さりとてベアトリス自身は新興交易都市ランバンデットの開発と、ヘルストランド、ひいてはノア王との交渉から手を離せない。そこで旧知のエディットに白羽の矢を立てたのだった。
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ゆっくりと走る馬車の窓外に見えてきたヘルストランドの街を眺めながら、ベアトリスはつぶやいた。
「ノア様には何かあるわ。エイデシュテットは……直接的にではないにせよ、それに関わりがあるはず」
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「……主公様がノア王を支援なさるのは、道義的にも政略的にも良いと思いますが……そこまでご機嫌取りじみた対応が必要でしょうか?」
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「ええ、その通りよ」
ベアトリスはため息まじりに言い捨てた。
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