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氷の城
不穏の手蔓 5
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「ノア様には何かあるわ。エイデシュテットは……直接的にではないにせよ、それに関わりがあるはず」
アルバレスはどこか片付かない顔で応じる。
「……主公様がノア王を支援なさるのは、道義的にも政略的にも良いと思いますが……そこまでご機嫌取りじみた対応が必要でしょうか?」
「そうよ。と断言したいところだけれど……」
「自信がなさそうですね」
「ええ、その通りよ」
ベアトリスはため息まじりに言い捨てた。
人物を見る目については炯眼を自認しているベアトリスだったが、ノアについては、話すたび違和感ばかりが残る。非情と温情、無関心と情熱――そうした相反する性質が、ときに一個の人格に同居しているのは珍しいことではない。だがその両面が、いったい何を契機に裏返るのか、その軸となるものが見えないのだ。
そうしたベアトリスの自信のなさが、アルバレスには卑屈なまでの警戒と映るのだった。とはいえリードホルム王というノアの地位を鑑みれば、全面的に非難されるべき態度ではない。
「……奇貨居くべし、といったところね。この際、虎の尾を踏まぬための労を惜しむべきではないわ」
「まあ、他の領地が不穏な状況ですからね。リードホルムだけでも平穏無事に過ごせるなら、それに越したことはありません」
「平穏というか……ちがうのよ。重要なのは、リードホルムにおける権益よ」
「それは、そうですね」
「他意はないわよ」
自分の言葉がどこか言い訳めいていることを自覚しながら、ベアトリスはふたたび窓外の景色に目をやった。権益が重要であることは事実だが、個人的な興味がまったく混じり込んでいないと言えば、それは嘘である。
この後ベアトリスは、すぐに眼前の王都ヘルストランドを発ち、故郷のグラディスへ戻らねばならない。そこではノアへの漠然とした不安よりも、もっと具体的な忌敵が待ち受けている。
――憂鬱だけど、戻らなければ。私の家を、あの男の好きにさせるものですか。
グラディス・ローセンダール家を母オリーヴィアより引き継いでから、わずか数年の間に、ベアトリスの版図は急拡大を遂げている。その広大な領地を運営してゆくために必要な、優秀で且つ信頼に足る腹心の少なさが、目下の課題だった。現状はかろうじて安定している。だがそれは、さまざまな不安要素を内包した危うい均衡であり、人材面を含めてそれらを解決しない限り、いま以上の勢力拡大は不可能なのだ。
このことに気づいていた人物はベアトリス自身のみならず、たとえばリードホルムのノア王なども該当する。
世人の羨む多くのものを持ち得たがゆえに、ベアトリスに悩みの種は尽きない。
そしてベアトリスが、世人の羨む多くのものを持ち得たがゆえに、それを快く思わない者も数多存在する。敵対者たちは彼女を陥れるべく、その間隙を突く策謀を巡らせていたのだった。
アルバレスはどこか片付かない顔で応じる。
「……主公様がノア王を支援なさるのは、道義的にも政略的にも良いと思いますが……そこまでご機嫌取りじみた対応が必要でしょうか?」
「そうよ。と断言したいところだけれど……」
「自信がなさそうですね」
「ええ、その通りよ」
ベアトリスはため息まじりに言い捨てた。
人物を見る目については炯眼を自認しているベアトリスだったが、ノアについては、話すたび違和感ばかりが残る。非情と温情、無関心と情熱――そうした相反する性質が、ときに一個の人格に同居しているのは珍しいことではない。だがその両面が、いったい何を契機に裏返るのか、その軸となるものが見えないのだ。
そうしたベアトリスの自信のなさが、アルバレスには卑屈なまでの警戒と映るのだった。とはいえリードホルム王というノアの地位を鑑みれば、全面的に非難されるべき態度ではない。
「……奇貨居くべし、といったところね。この際、虎の尾を踏まぬための労を惜しむべきではないわ」
「まあ、他の領地が不穏な状況ですからね。リードホルムだけでも平穏無事に過ごせるなら、それに越したことはありません」
「平穏というか……ちがうのよ。重要なのは、リードホルムにおける権益よ」
「それは、そうですね」
「他意はないわよ」
自分の言葉がどこか言い訳めいていることを自覚しながら、ベアトリスはふたたび窓外の景色に目をやった。権益が重要であることは事実だが、個人的な興味がまったく混じり込んでいないと言えば、それは嘘である。
この後ベアトリスは、すぐに眼前の王都ヘルストランドを発ち、故郷のグラディスへ戻らねばならない。そこではノアへの漠然とした不安よりも、もっと具体的な忌敵が待ち受けている。
――憂鬱だけど、戻らなければ。私の家を、あの男の好きにさせるものですか。
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そしてベアトリスが、世人の羨む多くのものを持ち得たがゆえに、それを快く思わない者も数多存在する。敵対者たちは彼女を陥れるべく、その間隙を突く策謀を巡らせていたのだった。
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