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フィスカルボの諍乱
グラディスの女王 4
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「まったく、ジュニエスの勝利で七年の休戦協定など結ばなければ……」
「それは決定を下した私たちの落ち度よ。リードホルム王が代替わりし、急速に復興することを見通せなかった、議会全体のね」
「よもや、協定を破棄して攻め込むような、公国憲章に悖る真似もできませぬからな」
「とはいえ硝石の安全な輸入路確保は、我が国の国運を左右する急務ですぞ」
「……ま、栄えあるローセンダール家の傍流であれば、家柄としても申し分あるまい」
現在のところ、ノーラント半島に割拠する主要三国の中では圧倒的な勢力を誇るノルドグレーンだが、陸路の交易ルートはカッセルとリードホルムに押さえられている。今後かならず、火薬の原料となる硝石輸入について、いずれかの国と軋轢が生まれることは明白だった。
国土が半島南西に閉じ込められているノルドグレーンと違い、大陸側へ拡大できる地理的余裕があるカッセルが、近年領土を拡大しつつある。ノルドグレーンが今以上に繁栄する方途は、カッセルもしくはリードホルムを屈服させる以外に存在せず、国力が優勢なうちに手を打つ必要がある――これはノルドグレーン高位者たちに共通の見解だった。
そのための一手としてジュニエスの戦いが起こり、これに勝利したノルドグレーンはリードホルムを弱体化した上で、カッセルに当たる算段だった。だが新王ノアのもとでリードホルムは急速に復興しつつあり、かといって休戦の条約が足枷となって軍事的解決は望めないため、別の手段でリードホルムを無力化する必要が生じたのだ。
一方ノルドグレーンの国内の――主流派と呼ばれる権力層が抱える――問題として、ベアトリス・ローセンダール個人の権勢伸張があった。彼女は他の有力権門と歩調を合わせず、――必ずしも正鵠を得ているとは言えない敵対者たちの言葉を借りれば――リードホルム封建制からの開放を謳ったノルドグレーン憲章を不磨の大典と奉ずる、教条主義的な異分子である。
そこで一計を案じたのが、ローセンダール本家のヴァルデマルだ。ベアトリスをリードホルム王ノアの妻とすれば、リードホルムとの緊張関係が当面の間は解消され、さらにグラディス・ローセンダール家は主柱を失って一時的に空洞化する。そこにヴァルデマルが本家の威光をかざし、ベアトリスを失い巨大な空城となったグラディス・ローセンダール家を吸収する――ヴァルデマルはこうした青写真を描いて、ベアトリスを政略結婚の駒として利用しようとしていたのだ。
他の有力者たちは、その先に待ち受ける、いま以上の極端な権力集中を危惧しないではない。だがそれでも、ベアトリスよりは縁故者に対して便益を図ってくれる、ヴァルデマルの肩を持つ道を選んだのだった。
「公国の国益のためであるぞ。よもや嫌というのではあるまいな」
「グラディス・ローセンダール、貴公はいささか、自家への集権が過ぎる。ここらで公国へ対する忠誠を見せてもよいのではないか?」
ベアトリスのすみれ色の瞳が、怒りにアザレアの紫を帯びた。己が素行を顧みず、この男たちはベアトリスにばかり献身を強要し、それを当然のことと思っている。
「よくそんな上辺ごとばかり言えたものね。形ばかりの納税義務さえ果たせばリードホルムの貴族と変わらぬ暴虐が許される、ノルドグレーンのお偉方が」
「な、なんと無礼な!」
「国益のためなどと言いながら、その国とは何を指しているのか! それはノルドグレーン公国であって、あなた自身ではないと言い切れるかしら?」
「口が過ぎるぞ、ベアトリス」
「必要とあらば政略結婚でもなんでもしてみせますわ。けれど今はミットファレットの情勢も不安定でそれどころではない、ということよ」
この発言について、もう少し言いようがあったのではないか、とベアトリスは議場を出るなり自省したが、さりとて致命的な失敗だったとは考えていない。他方ヴァルデマルは、言質を取った、と内心でほくそ笑んでいたのだが。
「それは決定を下した私たちの落ち度よ。リードホルム王が代替わりし、急速に復興することを見通せなかった、議会全体のね」
「よもや、協定を破棄して攻め込むような、公国憲章に悖る真似もできませぬからな」
「とはいえ硝石の安全な輸入路確保は、我が国の国運を左右する急務ですぞ」
「……ま、栄えあるローセンダール家の傍流であれば、家柄としても申し分あるまい」
現在のところ、ノーラント半島に割拠する主要三国の中では圧倒的な勢力を誇るノルドグレーンだが、陸路の交易ルートはカッセルとリードホルムに押さえられている。今後かならず、火薬の原料となる硝石輸入について、いずれかの国と軋轢が生まれることは明白だった。
国土が半島南西に閉じ込められているノルドグレーンと違い、大陸側へ拡大できる地理的余裕があるカッセルが、近年領土を拡大しつつある。ノルドグレーンが今以上に繁栄する方途は、カッセルもしくはリードホルムを屈服させる以外に存在せず、国力が優勢なうちに手を打つ必要がある――これはノルドグレーン高位者たちに共通の見解だった。
そのための一手としてジュニエスの戦いが起こり、これに勝利したノルドグレーンはリードホルムを弱体化した上で、カッセルに当たる算段だった。だが新王ノアのもとでリードホルムは急速に復興しつつあり、かといって休戦の条約が足枷となって軍事的解決は望めないため、別の手段でリードホルムを無力化する必要が生じたのだ。
一方ノルドグレーンの国内の――主流派と呼ばれる権力層が抱える――問題として、ベアトリス・ローセンダール個人の権勢伸張があった。彼女は他の有力権門と歩調を合わせず、――必ずしも正鵠を得ているとは言えない敵対者たちの言葉を借りれば――リードホルム封建制からの開放を謳ったノルドグレーン憲章を不磨の大典と奉ずる、教条主義的な異分子である。
そこで一計を案じたのが、ローセンダール本家のヴァルデマルだ。ベアトリスをリードホルム王ノアの妻とすれば、リードホルムとの緊張関係が当面の間は解消され、さらにグラディス・ローセンダール家は主柱を失って一時的に空洞化する。そこにヴァルデマルが本家の威光をかざし、ベアトリスを失い巨大な空城となったグラディス・ローセンダール家を吸収する――ヴァルデマルはこうした青写真を描いて、ベアトリスを政略結婚の駒として利用しようとしていたのだ。
他の有力者たちは、その先に待ち受ける、いま以上の極端な権力集中を危惧しないではない。だがそれでも、ベアトリスよりは縁故者に対して便益を図ってくれる、ヴァルデマルの肩を持つ道を選んだのだった。
「公国の国益のためであるぞ。よもや嫌というのではあるまいな」
「グラディス・ローセンダール、貴公はいささか、自家への集権が過ぎる。ここらで公国へ対する忠誠を見せてもよいのではないか?」
ベアトリスのすみれ色の瞳が、怒りにアザレアの紫を帯びた。己が素行を顧みず、この男たちはベアトリスにばかり献身を強要し、それを当然のことと思っている。
「よくそんな上辺ごとばかり言えたものね。形ばかりの納税義務さえ果たせばリードホルムの貴族と変わらぬ暴虐が許される、ノルドグレーンのお偉方が」
「な、なんと無礼な!」
「国益のためなどと言いながら、その国とは何を指しているのか! それはノルドグレーン公国であって、あなた自身ではないと言い切れるかしら?」
「口が過ぎるぞ、ベアトリス」
「必要とあらば政略結婚でもなんでもしてみせますわ。けれど今はミットファレットの情勢も不安定でそれどころではない、ということよ」
この発言について、もう少し言いようがあったのではないか、とベアトリスは議場を出るなり自省したが、さりとて致命的な失敗だったとは考えていない。他方ヴァルデマルは、言質を取った、と内心でほくそ笑んでいたのだが。
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