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フィスカルボの諍乱
グラディスの女王 3
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「無駄話は好かん」
「それは同意いたしますわ」
「……人払いをせよ!」
ヴァルデマルは高圧的な声を上げた。壁際に控えていたベアトリスの給仕たちがざわめく。
「構わないわ。室外に控えていなさい」
「とっとと出ていけ。二度言わせるな!」
グラディス・ローセンダール家の給仕やヴァルデマルの従者たちはおずおずと扉を出てゆき、華やかな応接間は叔父と姪の二人きりになった。
ヴァルデマルは椅子に掛けることもなく、立ったまま腕組みをしていた。背筋は伸び、尊大に構えたその立ち姿は、生まれながらの支配者たることを当然のこととしてきた特権意識にあふれている。ヴァルデマルは眉根にしわを寄せ、射抜くようにベアトリスを睨んでいた。ベアトリスは余裕ありげな微笑みを崩さず、その視線を受け流している。
「あの話は、決心がついたか?」
「何のことかしら?」
「今更しらを切るつもりか」
「約束をした覚えはないわ」
「……つまらぬ反抗心など、そろそろ捨て去ったらどうだ。十代の小娘でもあるまいに」
「ええ、私ももう二十三になりました。長ずれば心を入れ替えて従う――とお考えなら、それはずいぶんな見当違いですわ」
「貴様……」
ヴァルデマルが示唆しているのは、一月ほど前に開かれた、ノルドグレーン公国最高議会におけるベアトリスの発言についてのことだった。
「ジュニエス河谷の戦いにおいて壊滅的打撃を受けたかに見えたリードホルムだが、最近は着実にその国力を増してきているではないか……」
議長のアンドレアス・オリアンが不満げに訴え、ベアトリスにその責任があるとでも言いたげに、横目で彼女を見やった。
ノルドグレーンの首都ベステルオースで三ヶ月に一度開かれている公国最高議会は、国内各地を治める県令職に任ぜられている有力者が一堂に会し、公国の運営方針の大綱を決める。この話し合いは、黄金の花園と呼ばれるノルドグレーン公邸で、通常の議会と違い非公開で執り行われていた。
ヴァルデマルが呆れたような調子で口を開く。
「それこそ兼ねてから言っているように、我がローセンダール家のベアトリスをリードホルム王家に嫁がせれば済むこと」
「それが時間稼ぎにしかならないことは、先刻も申し上げたはず。姻戚関係にある家同士が戦火を交えた例など、歴史上枚挙にいとまがないわ」
ベアトリスは反論するが、衆寡敵せず、列席する権門の男たちにはヴァルデマルを擁護する声が多い。
「その時間が必要なのだ。カッセルを併呑するまでの間、リードホルムの軍がこちらに向かわなければよい」
「まったく、ジュニエスの勝利で七年の休戦協定など結ばなければ……」
「それは決定を下した私たちの落ち度よ。リードホルム王が代替わりし、急速に復興することを見通せなかった、議会全体のね」
「よもや、協定を破棄して攻め込むような、公国憲章に悖る真似もできませぬからな」
「とはいえ硝石の安全な輸入路確保は、我が国の国運を左右する急務ですぞ」
「……ま、栄えあるローセンダール家の傍流であれば、家柄としても申し分あるまい」
「それは同意いたしますわ」
「……人払いをせよ!」
ヴァルデマルは高圧的な声を上げた。壁際に控えていたベアトリスの給仕たちがざわめく。
「構わないわ。室外に控えていなさい」
「とっとと出ていけ。二度言わせるな!」
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「あの話は、決心がついたか?」
「何のことかしら?」
「今更しらを切るつもりか」
「約束をした覚えはないわ」
「……つまらぬ反抗心など、そろそろ捨て去ったらどうだ。十代の小娘でもあるまいに」
「ええ、私ももう二十三になりました。長ずれば心を入れ替えて従う――とお考えなら、それはずいぶんな見当違いですわ」
「貴様……」
ヴァルデマルが示唆しているのは、一月ほど前に開かれた、ノルドグレーン公国最高議会におけるベアトリスの発言についてのことだった。
「ジュニエス河谷の戦いにおいて壊滅的打撃を受けたかに見えたリードホルムだが、最近は着実にその国力を増してきているではないか……」
議長のアンドレアス・オリアンが不満げに訴え、ベアトリスにその責任があるとでも言いたげに、横目で彼女を見やった。
ノルドグレーンの首都ベステルオースで三ヶ月に一度開かれている公国最高議会は、国内各地を治める県令職に任ぜられている有力者が一堂に会し、公国の運営方針の大綱を決める。この話し合いは、黄金の花園と呼ばれるノルドグレーン公邸で、通常の議会と違い非公開で執り行われていた。
ヴァルデマルが呆れたような調子で口を開く。
「それこそ兼ねてから言っているように、我がローセンダール家のベアトリスをリードホルム王家に嫁がせれば済むこと」
「それが時間稼ぎにしかならないことは、先刻も申し上げたはず。姻戚関係にある家同士が戦火を交えた例など、歴史上枚挙にいとまがないわ」
ベアトリスは反論するが、衆寡敵せず、列席する権門の男たちにはヴァルデマルを擁護する声が多い。
「その時間が必要なのだ。カッセルを併呑するまでの間、リードホルムの軍がこちらに向かわなければよい」
「まったく、ジュニエスの勝利で七年の休戦協定など結ばなければ……」
「それは決定を下した私たちの落ち度よ。リードホルム王が代替わりし、急速に復興することを見通せなかった、議会全体のね」
「よもや、協定を破棄して攻め込むような、公国憲章に悖る真似もできませぬからな」
「とはいえ硝石の安全な輸入路確保は、我が国の国運を左右する急務ですぞ」
「……ま、栄えあるローセンダール家の傍流であれば、家柄としても申し分あるまい」
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