簒奪女王と隔絶の果て

紺乃 安

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フィスカルボの諍乱

闇の中で 5

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 入り口扉の鍵穴に針金を差し込んでいた一人が激昂げきこうし、背中から小型の戦斧せんぷを抜いて襲いかかってきた。アルバレスはその斬撃ざんげきを難なくかわし、身をひるがえしながら、黒ずくめの男の腹から右肩にかけて斬り上げた。男の手から離れて宙を舞っていた戦斧を、アルバレスの左手が受け止める。
「聞き分けのない……愚かしいことだ」
 アルバレスは周囲に他の手勢がいないことを確認すると、控え壁を蹴って高く跳び上がり、二階の窓からフォルサンド邸内へと戻っていった。

 倉庫の外で、なにか硬いものが床に倒れる音が聞こえた。ベアトリスは短剣を握る両手に力が入る。続いて、重いものを力任せに引きずるような音が聞こえ、ついに小扉が乱暴に開け放たれた。戸口に立つ首に黒いスカーフを巻いた男は、ベアトリスの姿を認めると、右の口のを釣り上げて目を見開く。
「見つけたぞ! ローセン……」
 男はベアトリスの名を言い終える前に、目を大きく見開いた顔のまま、うつ伏せに床に倒れた。その横ではラーゲルフェルトが、血のついたコート掛けを逆さに持って立っている。
「いやあ、やはりこういう仕事は、重さのある鈍器どんきに限りますね」
 ラーゲルフェルトは事もなげにつぶやき、倒れた凶賊きょうぞくの後頭部にコート掛けの土台部分を振り下ろした。鈍く湿った打撃音が響き、それが凶賊の死を知らせる呼び鐘となる。
「……あなた、戦場に出たことはあったかしら?」
「いいえ。ぜんぜん」
 魚の頭を落とすよりも平然と凶賊にとどめを刺すラーゲルフェルトの様子に、ベアトリスは思わずそうたずねた。
「僕の経歴は知ってのとおり法務官僚からノルシュトレーム先生の書生、そしてグラディス・ローセンダール家の雑用係ですね」
「いざとなれば、私が剣を取って戦う覚悟でいたのに。オラシオも私の技量をある程度はにして、自らは打って出たのだと思うわよ」
「で、万一あなたに怪我でもされたら、いろいろと問題が増えます」
「それはそうだけれど」
「それに僕が餌になっても、賊の気は大して引けませんしねえ。荒事あらごとの玄人相手に、素人でも確実に仕留められるすきを作るとなれば、それ相応の仕掛けが必要です。思わず真冬の海に飛び込みたくなるような、真珠を抱いた貝が口を開けていなければ」
「だからと言って、私をおとりに使って平然としているなんて。……オラシオの言ったとおり、危険な男ね」
「おめの言葉をどうも」
「褒めてない」
「何だってやりますよ僕は。あなたにノルドグレーンを取ってもらうためなら!」
 倉庫の隅にあったボロボロの麻布まふを、ラーゲルフェルトは頭蓋の潰れた死体にかぶせた。
「さて、不快な同室者が増えましたが、隊長さんが呼びに来るまで耐えましょうかね」
「我慢するわ。ひどい臭いだけれど」
 入り口の扉を閉めながら、ラーゲルフェルトはなおも顔色ひとつ変えない。

 月明かりがわずかに差し込むフォルサンド邸の二階廊下には、黒ずくめの男が五人ほど集まっている。ランタンの明かりにゆらめくその顔は、みな一様に不安や焦燥しょうそう感に暗く沈んでいた。
「やられた。二人死んだ」
「こっちも三人やられてんのを見た。どいつも後ろから斬られてた」
「奴らぁ、待ち伏せしてやがったな」
「おまけにローセンダールの小娘もいやがらねえ。寝室を抜け出した跡がある」
「やっぱり、さっきの鳴子なるこで気付いて隠れたか……二階は全部探したか?」
「おそらくな」
 状況を確認し合う黒ずくめの男たちに、西側の曲がり角からもう一つランタンが近づいてきた。黒い外套がいとうを頭からかぶり、長身をゆらゆらとさせながら。
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