簒奪女王と隔絶の果て

紺乃 安

文字の大きさ
71 / 281
フィスカルボの諍乱

決闘 7

しおりを挟む
 主演俳優が退場したあとの決闘場には、ベアトリスたちの手から落ちた銃がそのまま残されていた。それぞれ銃把じゅうはには精緻せいち浮上彫うきあげぼりの彫刻が施されているが、その豪華さが虚栄きょえいでしかないことを、銃じたいが物語っているようだ。アルバレスとラーゲルフェルトはそれらを拾い上げ、それぞれにあつらえて作られた保管用の角型かばんにしまった。
 荷物を馬の背にくくりつけながら、ラーゲルフェルトがアルバレスに振り返った。
「……てっきり僕は、隊長さんはなにか策を講じてるもんだと思ってましたが」
 片膝をついてぼんやりと地面を見下ろしていたアルバレスが立ち上がった。彼の足もとの枯れ葉の上には、ベアトリスの左腕から流れ出た血のあとがまだ残っている。
「心外ですね。私がなにか策謀さくぼうめいたものをめぐらせたことなど、ただの一度もありませんよ」
「その割には、ずいぶん落ち着いてたもんですね」
「そういう性分なもので」
 アルバレスがもえぎ色の瞳を細め、わざとらしく涼やかな笑顔を作る。
「そうしたはかりごとは、あなたこそ身上としているところでしょうに」
「印象論で人を語るのは感心しませんなあ」
「まあ、証拠がない以上、たしかに印象論ではありますがね。はかりごとは密なるをもってよしとす……」
 とはいえアルバレスはこの点に関し、心にひっかかるものがないではなかった。たとえば、ラーゲルフェルトがずいぶん遅く決闘場に現れたことなどだが、まだそれらを明確な言葉にはできていない。
「……たとえば、オットソンの銃に誰かが細工でもしていて、それが暴発する……なんてことを期待していたんですがね」
「そんな小細工の技術、私は持ち合わせていませんよ」
「なんであれ僕は、決闘の回避が最善手だと思ってたんです。事故なら後腐あとくされなくお流れになるでしょう」
「決闘そのものが水泡すいほうす、と……しかしそれでは、オットソンにまつわる火種は、今後もくすぶり続けるでしょうね」
「じゃあ決闘の結果、あんたの『主公しゅこう様』が死んだとしても?」
「……まあ、いいのではないですか? 現にこうして勝ったのだから。薔薇ばらの女王ベアトリス・ローセンダールに相応ふさわしい逸話いつわも増えたことですし」
「それが、いいことなのかどうかもねえ……」
 アルバレスはあきらかに質問をはぐらかしたが、ラーゲルフェルトはそれ以上追求しなかった。彼らがベアトリスに仕える思惑おもわくは、それぞれに異なる。
 ラーゲルフェルトは、ベアトリスの死だけは是が非ぜ ひでも回避したかった。それは彼がベアトリスに対して、ノルドグレーンを変革するだけの力を持った存在となってほしい、と願っていたからである。グラディス・ローセンダール家はベアトリスによってしか維持できず、彼女の存在が消えた途端に分裂し、その領土も財産も対抗勢力たちに食い尽くされるだろう。生きてさえいれば、時間はかかっても、ヴァルデマルさえ上回る力を得ることができる――ラーゲルフェルトはそう確信していた。
 その点、アルバレスはまた違った思想をもって、ベアトリスをり立てているらしい。どこか享楽きょうらく的に、変動する世界とベアトリスを眺めているようなアルバレスの真意を、ラーゲルフェルトはずっとつかめずにいた。
「とまれ帰るとしましょう。とりあえずは閉幕です」
「ああ、久々にゆっくり眠れそうだなあ」

 こうしてフィスカルボの諍乱じょうらんは終息した。イェルケル・オットソンはあきらめがついたのか、これ以後ベアトリスへの債務を誠実に履行りこうするようになった。その変節がオットソンの自発的行為なのか、エクレフの勧めによるのかは、ベアトリスには知らされていない。
 ずいぶん血が流れたわりに、以前と変わらぬ状況に戻っただけとも言える。じっさいフィスカルボの大衆にとっては、ベアトリスの去来きょらいによって変わったことなどなにもない。だが、この一週間ほどのあいだに起きたベアトリスとオットソンの心理的変化は、のちにフィスカルボの町を巨大な変化の渦に巻き込む契機けいきとなるのだった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

婚約者の幼馴染って、つまりは赤の他人でしょう?そんなにその人が大切なら、自分のお金で養えよ。貴方との婚約、破棄してあげるから、他

猿喰 森繁
恋愛
完結した短編まとめました。 大体1万文字以内なので、空いた時間に気楽に読んでもらえると嬉しいです。

【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない

朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。

十年間虐げられたお針子令嬢、冷徹侯爵に狂おしいほど愛される。

er
恋愛
十年前に両親を亡くしたセレスティーナは、後見人の叔父に財産を奪われ、物置部屋で使用人同然の扱いを受けていた。義妹ミレイユのために毎日ドレスを縫わされる日々——でも彼女には『星霜の記憶』という、物の過去と未来を視る特別な力があった。隠されていた舞踏会の招待状を見つけて決死の潜入を果たすと、冷徹で美しいヴィルフォール侯爵と運命の再会! 義妹のドレスが破れて大恥、叔父も悪事を暴かれて追放されるはめに。失われた伝説の刺繍技術を復活させたセレスティーナは宮廷筆頭職人に抜擢され、「ずっと君を探していた」と侯爵に溺愛される——

【完結】番である私の旦那様

桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族! 黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。 バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。 オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。 気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。 でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!) 大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです! 神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。 前半は転移する前の私生活から始まります。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

処理中です...