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フィスカルボの諍乱
決闘 6
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「主公様、ご無事でしょうか」
オットソンの馬車と入れ違いに、軽装の鎧を着た騎馬が二頭、決闘場に姿を見せた。上に乗っているのはアルバレスとルーデルスだ。決闘における役目を得ていなかった二人は、慣例に倣って立ち会わず、決着がついたことを見計らって駆けつけてきたのだ。自如自若とした様子のアルバレスとは対称的に、ルーデルスは自身が死闘を越えてきたかのように憔悴している。
「これが無事に見えるんですか、隊長」
目尻に薄っすらと涙をうかべたアリサが抗議する。
「命には問題ないのでしょう?」
「ええ……。しばらく、チェンバロは弾けなそうだけれど」
「それで良しとせねば。突き詰めれば五分と五分でしかない決闘で、命があるばかりか好ましい結果を得られたのですから」
「そうね……オットソンは戦いに際して、奇妙なほど落ち着いていたわ。狙いを外したのが不思議なくらいよ」
アリサが包帯を巻いた左肩を押さえながら、ベアトリスは気丈にも立ち上がった。
付け焼き刃で戦いに臨んだベアトリスと違い、オットソンはしばしば射撃の訓練に励んでいたという。その努力じたいはおそらく趣味的なものだったのだろうが、結果として銃の技量でベアトリスを上回っていたことは間違いない。
馬から降りたアルバレスは戦いの跡を見渡し、彼の部下たちに向き直った。
「さて……アリサとルーデルスは、主公様を連れて先に医者に向かいなさい」
「了解しました!」
「私はノルシュトレーム先生を町までお送りします」
「いらん。馬を貸せ。一人で帰るわ」
立会人の役目を終えた哲学者ノルシュトレームは、ルーデルスが降りた馬を顎で示す。決着がついた以上もう関心がないようで、とりつく島もない。
「そうはゆきません。先生をひとり手ぶらで帰しては、……ローセンダール家の面目にも関わります」
「街に戻ったら、お前さんらと祝杯を上げるというのでもあるまい。その怪我で」
「それはそうですが……」
「早く医者に見せろ。手当てが遅れたぶんだけ治りも遅れるぞ」
「……お心づかい、感謝します。礼は後ほどあらためて」
「いらんと言うておろうに。この件でローセンダール派と見られるようになっては、論壇での私の立場が危うくなるわい」
ノルシュトレームが追い払うように手を振る。ベアトリスは腕の痛みをこらえながら、膝を軽く折って折り目正しくお辞儀をした。その後ろから、ブラウンの髪の男を乗せた馬が駆け寄ってくる。
「おお、なんとかなった」
鐙に足を引っ掛け、慣れない様子で馬から降りたのはラーゲルフェルトだった。彼もまた、決闘には立ち会うことを許されていなかったのだ。
「なんじゃ、今頃なにしに来た、ラーゲルフェルトよ」
「ああ先生。いやまあ、事後の雑事などを」
「それは殊勝なことですね。では椅子やテーブルなどを片付けてもらいますか」
「後片付けはともかく……後を頼むわ、ラーゲルフェルト」
「どうぞお任せあれ」
「まあいい。私は帰るぞ。こんな場所に長居なぞしたくもない」
ベアトリスはアリサとルーデルスが付き添って馬車に乗り、ノルシュトレームはルーデルスの馬を借りて、それぞれフィスカルボへの帰途についた。
オットソンの馬車と入れ違いに、軽装の鎧を着た騎馬が二頭、決闘場に姿を見せた。上に乗っているのはアルバレスとルーデルスだ。決闘における役目を得ていなかった二人は、慣例に倣って立ち会わず、決着がついたことを見計らって駆けつけてきたのだ。自如自若とした様子のアルバレスとは対称的に、ルーデルスは自身が死闘を越えてきたかのように憔悴している。
「これが無事に見えるんですか、隊長」
目尻に薄っすらと涙をうかべたアリサが抗議する。
「命には問題ないのでしょう?」
「ええ……。しばらく、チェンバロは弾けなそうだけれど」
「それで良しとせねば。突き詰めれば五分と五分でしかない決闘で、命があるばかりか好ましい結果を得られたのですから」
「そうね……オットソンは戦いに際して、奇妙なほど落ち着いていたわ。狙いを外したのが不思議なくらいよ」
アリサが包帯を巻いた左肩を押さえながら、ベアトリスは気丈にも立ち上がった。
付け焼き刃で戦いに臨んだベアトリスと違い、オットソンはしばしば射撃の訓練に励んでいたという。その努力じたいはおそらく趣味的なものだったのだろうが、結果として銃の技量でベアトリスを上回っていたことは間違いない。
馬から降りたアルバレスは戦いの跡を見渡し、彼の部下たちに向き直った。
「さて……アリサとルーデルスは、主公様を連れて先に医者に向かいなさい」
「了解しました!」
「私はノルシュトレーム先生を町までお送りします」
「いらん。馬を貸せ。一人で帰るわ」
立会人の役目を終えた哲学者ノルシュトレームは、ルーデルスが降りた馬を顎で示す。決着がついた以上もう関心がないようで、とりつく島もない。
「そうはゆきません。先生をひとり手ぶらで帰しては、……ローセンダール家の面目にも関わります」
「街に戻ったら、お前さんらと祝杯を上げるというのでもあるまい。その怪我で」
「それはそうですが……」
「早く医者に見せろ。手当てが遅れたぶんだけ治りも遅れるぞ」
「……お心づかい、感謝します。礼は後ほどあらためて」
「いらんと言うておろうに。この件でローセンダール派と見られるようになっては、論壇での私の立場が危うくなるわい」
ノルシュトレームが追い払うように手を振る。ベアトリスは腕の痛みをこらえながら、膝を軽く折って折り目正しくお辞儀をした。その後ろから、ブラウンの髪の男を乗せた馬が駆け寄ってくる。
「おお、なんとかなった」
鐙に足を引っ掛け、慣れない様子で馬から降りたのはラーゲルフェルトだった。彼もまた、決闘には立ち会うことを許されていなかったのだ。
「なんじゃ、今頃なにしに来た、ラーゲルフェルトよ」
「ああ先生。いやまあ、事後の雑事などを」
「それは殊勝なことですね。では椅子やテーブルなどを片付けてもらいますか」
「後片付けはともかく……後を頼むわ、ラーゲルフェルト」
「どうぞお任せあれ」
「まあいい。私は帰るぞ。こんな場所に長居なぞしたくもない」
ベアトリスはアリサとルーデルスが付き添って馬車に乗り、ノルシュトレームはルーデルスの馬を借りて、それぞれフィスカルボへの帰途についた。
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