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ノア王の心裏
仮面 5
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長い金髪をときどき風になびかせながら、ノア王はリードホルム内の旧主派を批判している。舌鋒するどい言葉で訴えかける白皙の横顔はさまになっているが、その様子はベアトリスにとって意外だった。そして、一抹の失望のようなものが、心の端をちりちりと焦がすような気がした。
「あれ、もしかしてノア様ですか?」
「……そうよ」
「うわー、なんか思ってたのと違う」
「よしなさい」
遠慮なく本音を言うアリサをアルバレスがたしなめるが、内心ではベアトリスもなかば同意しているところだった。
「意外なのは私も認めますよ。まさか公衆の面前で演説をなされているとは」
「ええ。でも……嘘偽りを言っているわけではないわ」
「そうなんですか」
「まあ、多少の誇張はあるでしょうけど……立場上、ああ言わざるを得ないのね」
旧国王派と敵対していることは、ノア王にとってまぎれもない事実である。そして自身の敵をリードホルムの敵と言い換え、民衆を煽り立てる。民衆の力を盾にすることで、勢力にまさる旧国王派を牽制しているのだ。
「おそらく、あんな真似をしなければならないほど、ノア様の王座は不確かなものなのよ」
「そうか……。王様って言っても、割と大変なんだ」
ベアトリスの推測は的を得ており、ノアは王座を維持するため、手段を選んでいられるほどの余裕はなかった。王のご行幸――と称し、ノアはしばしば、ヘルストランド内に新設された商業施設や穀物倉庫を視察に訪れているという。そこではかならず、今回ベアトリスたちが見たような演説を行うのだった。
演説で槍玉に挙げられていたノアの父・前王ヴィルヘルムは、国民の前にほとんど姿をあらわさない、謎めいた支配者としてその生涯を終えた。それとは対照的に、しばしば氷で作られた剣のような姿を衆目に晒しているのが現王ノアである。彼の即位後、リードホルム国民の生活水準は明確に上昇しており、その賢王の姿をひと目見ようと、演説には毎回おおくの民衆が詰めかけていたのだった。
ほかにも、ジュニエスの戦いでリードホルムの指揮官として活躍したウルフ・ラインフェルト将軍を味方に引き入れ、王家に属する軍事力の増強にも余念がない。民衆の声と軍事力によって旧国王派と対峙しながら、あやうい王座をみずからの手でささえ続けているのだ。
「……それと、ああして民衆の意識を国内の貴族に向けてくれることで、ヘルストランドで私に向けられる敵意が軽減されることにもなるわね」
「この望外な平穏も、ノア王の恩寵によるもの、というわけですか」
「結果としてそうなっている……ということに過ぎないけれどね」
――それとも、ノア様はそこまで計算の上で、政治的立場を選んでいるのだろうか? なんにせよ利益を得ている私は、次にあった時には謝意を伝えるべきなのかもしれない。
扇動者としてのノアの姿は表層的なもので、仮面である――ベアトリスはそう思いつつも、どこか違和感がぬぐい去れない。いまのリードホルム王家には、ノアの次の有力な王位継承者は存在せず、つまり旧国王派を糾合するための、御輿としての王子が存在しないのだ。そんな状況で旧国王派を刺激しては、かえって彼らは、ノア憎しの一点で団結したりはしないだろうか。
――このことも、機会があればノア様に聞いてみたいわね。
「あれ、もしかしてノア様ですか?」
「……そうよ」
「うわー、なんか思ってたのと違う」
「よしなさい」
遠慮なく本音を言うアリサをアルバレスがたしなめるが、内心ではベアトリスもなかば同意しているところだった。
「意外なのは私も認めますよ。まさか公衆の面前で演説をなされているとは」
「ええ。でも……嘘偽りを言っているわけではないわ」
「そうなんですか」
「まあ、多少の誇張はあるでしょうけど……立場上、ああ言わざるを得ないのね」
旧国王派と敵対していることは、ノア王にとってまぎれもない事実である。そして自身の敵をリードホルムの敵と言い換え、民衆を煽り立てる。民衆の力を盾にすることで、勢力にまさる旧国王派を牽制しているのだ。
「おそらく、あんな真似をしなければならないほど、ノア様の王座は不確かなものなのよ」
「そうか……。王様って言っても、割と大変なんだ」
ベアトリスの推測は的を得ており、ノアは王座を維持するため、手段を選んでいられるほどの余裕はなかった。王のご行幸――と称し、ノアはしばしば、ヘルストランド内に新設された商業施設や穀物倉庫を視察に訪れているという。そこではかならず、今回ベアトリスたちが見たような演説を行うのだった。
演説で槍玉に挙げられていたノアの父・前王ヴィルヘルムは、国民の前にほとんど姿をあらわさない、謎めいた支配者としてその生涯を終えた。それとは対照的に、しばしば氷で作られた剣のような姿を衆目に晒しているのが現王ノアである。彼の即位後、リードホルム国民の生活水準は明確に上昇しており、その賢王の姿をひと目見ようと、演説には毎回おおくの民衆が詰めかけていたのだった。
ほかにも、ジュニエスの戦いでリードホルムの指揮官として活躍したウルフ・ラインフェルト将軍を味方に引き入れ、王家に属する軍事力の増強にも余念がない。民衆の声と軍事力によって旧国王派と対峙しながら、あやうい王座をみずからの手でささえ続けているのだ。
「……それと、ああして民衆の意識を国内の貴族に向けてくれることで、ヘルストランドで私に向けられる敵意が軽減されることにもなるわね」
「この望外な平穏も、ノア王の恩寵によるもの、というわけですか」
「結果としてそうなっている……ということに過ぎないけれどね」
――それとも、ノア様はそこまで計算の上で、政治的立場を選んでいるのだろうか? なんにせよ利益を得ている私は、次にあった時には謝意を伝えるべきなのかもしれない。
扇動者としてのノアの姿は表層的なもので、仮面である――ベアトリスはそう思いつつも、どこか違和感がぬぐい去れない。いまのリードホルム王家には、ノアの次の有力な王位継承者は存在せず、つまり旧国王派を糾合するための、御輿としての王子が存在しないのだ。そんな状況で旧国王派を刺激しては、かえって彼らは、ノア憎しの一点で団結したりはしないだろうか。
――このことも、機会があればノア様に聞いてみたいわね。
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