簒奪女王と隔絶の果て

紺乃 安

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ノア王の心裏

王の旧友、王の過去 3

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 王城の謁見えっけんの間もかくやというほど広大な応接間で、ベアトリスはノルデンフェルト侯爵と面会した。多くの使用人が室内の左右に整列し、ベアトリスが拝謁はいえつおおせつかったという様相だが、これはノルデンフェルト侯爵が示した歓待の意思のあらわれでもある。ここまで仰々ぎょうぎょうしい待遇を侯爵から受けた来客は、歴代のリードホルム王以外には存在しない。
「そなたがグラディスの宝石か。噂にたがわぬ美しさよ」
 ひし形のステッチがほどこされた豪華な上着を着た中年男――ノルデンフェルト侯爵が、椅子から立ち上がって言った。アリサとルーデルスを扉のそばに控えさせ、ベアトリスは優雅にゆっくりと進み出る。ノルデンフェルトの前で歩みを止めると、ドレスの端を両手で持ち、膝を折って辞儀をした。
「過分な厚遇こうぐう、恐縮にございます」
「そう、かしこまることもあるまい。ローセンダール家といえば、ノルドグレーンにおいて飛ぶ鳥を落とす勢いの名家と聞いておる」
「裏を返せば、新参の旧子爵ししゃく家に過ぎません。歴史あるノルデンフェルト侯爵家とは比較になりませんわ」
「そうであったか。ではノルデンフェルト家のほうが、家格かかくは上というわけか」
「はい……」
「ノルドグレーンは爵位を廃止しているのであったな。面倒なことよ」
「……それも形式だけのものでございます」
 ベアトリスは静かにうなずきながら、内心で違和感を覚えていた。ノアやリードホルム高官の言葉によれば、ノルデンフェルト侯爵は穏やかで寛容な人物であるという話だった。ベアトリスが覚えたのは、それよりもずいぶん権威主義的という印象だった。あるいは、国王であるノアや国家の要職にあり何らかの爵位をもつ高官たちと、ベアトリスに対するのとでは態度を変える人物なのだろう。
「オーモットの町は?」
「いえ、侯爵へのお目通りを先にしようかと」
「わが美しき水の都だ。あとで見て回るとよい。必要とあらば案内もお付けしよう」
「その際は、ぜひお願いいたしますわ」
 ノルデンフェルトの尊大そんだいさは鼻につくが、彼の機嫌をそこねるわけにはいかない。さいわい、ベアトリスが使った心にもないおべっかは、ノルデンフェルトの自尊心を満足させたようだった。
「例の件は下々に指示しておる。名簿がまとまり次第ヘルストランドに届けさせよう」
「ご助力感謝いたします。これでローセンダール家の未来が開けますわ」
「長旅で疲れているだろう。最上級の部屋を用意したゆえ、今日はゆっくり休むがよい」
「ありがたきお心遣い、重ねて感謝申し上げます」
 ベアトリスは型通りの、鄭重ていちょうな礼を述べ、そのまま流れるように応接間を辞した。アリサとルーデルスが閉める扉を、ノルデンフェルトが名残なごりしそうな目で見送っている。

 廊下に出て扉が閉まると、ベアトリスはようやく息をついた。権威主義的な男に対するのは気力を要する。ノルデンフェルト侯爵のそれは、ノルドグレーンの上層に巣食う連中よりは程度が軽かったとはいえ、それでも疲れた身にはこたえる。
「……ベアトリス・ローセンダールだね?」
 ふいに左側から、女の声がした。ベアトリスとアリサ、ルーデルスが同時に振り向く。扉の横には若い女が一人、腕組みをして壁に背をもたせかけ、床の巾木はばきにかかとを乗せて立っていた。
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