簒奪女王と隔絶の果て

紺乃 安

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ノア王の心裏

欺瞞の空音 2

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「つまりノルドグレーン内の誰かが、ノルデンフェルト侯爵の手の者がダニエラさんを救い出しやすいように、手引きをして……」
「そこに運良く居合わせた私が、ダニエラを連れ出す漁夫の利を得た、と」
「よくできた話だねえ」
「まあ、想像の域は出ないがね」
「苦労の末に助け出した、ってことにしとけば良かったのに」
「違いない」
 ダニエラとフランシスは顔を合わせて笑う。
 二人の救出劇が演じられた数年前の時点でも、ベアトリスは情報収集に重きを置いていた。そんな彼女もついに知り得なかった事実がある。
 当時、ソレンスタム教団と微妙な関係を維持していた、ある哲学者がいた。ソレンスタムはその哲学者の名声を利用しようとしたが、哲学者は明確に拒否するでもなく応じるでもなく、のらりくらりと誘いを受け流していた。
 新興宗派ソレンスタム教の源流であるファンナ教の教えは人々の行動規範として根付いており、ひとや社会の営為を言語化してあきらかにする哲学と、神学とは不可分の間柄である。伝統のあるファンナ教と差別化し、新進性を印象づけるため、ソレンスタムは学術的な権威付けを欲していたのだ。むろん社会の進化のためでなく、ただ新たな信徒の開拓のために。
 あるとき、その高名な哲学者はソレンスタムの聖堂にふらりと訪れ、棄教ききょうした反乱分子が近隣に潜伏している、という情報を顔見知りの司教にもたらした。それを聞いた司教は血相を変えて手勢をかき集め、哲学者に指示された地域を数日に渡って捜索して回ったという。
「まあ誰でもいいさ。ただ、開けた人間の数が多いってあたりに、その国の良し悪しは出るもんなんだろうけどね」
「仮に、ノルドグレーン内の誰かが気を回してくれた結果として、ダニエラやノアの幽閉生活がいくらかまともになったのだとしたら、それは皮肉なものだな。ヴィルヘルム王の治世ちせいでは緩やかに衰退していたリードホルムが、いま繁栄を取り戻しつつあるのは、ノアがそのとき受けた教育によるところが大きかろう」
「その誰か、ってのは、ノルドグレーンの理念が守られるならノルドグレーンが滅びてもいい、って感じだね」
「そんな人がいるとしたら、なかなか過激な自由原理主義者ですわね」
 ベアトリスの脳裏に、以前フィスカルボで会った老哲学者ノルシュトレムの顔が浮かんだ。彼ならば、そんなことも言うかもしれない。
「それは言い得て妙だな。ノアの国家意識の薄さも、そうした教育の成果という一面もあろう」
「ノア様に、そんな傾向が……?」
「気づかなかったかな? ノアは昔から、国家を軸にものを考えるようなやつではない。王家の一員だというのにな。だからこそ私は、友誼ゆうぎ足蹴あしげにするような、間諜スピオネラなどという真似が気軽にできたのだ」
「今はともかく、ジュニエスの前までは王位につく可能性も薄い人だったからねえ」
「とはいえノア様は、リードホルムのために激務を続けていらっしゃいますが……」
「生真面目なやつだからね。責務を放り出して酒色しゅしょくに溺れるような性格でもなし」
 ベアトリスは唇に手をあて、しばし考え込んだ。フランシスの語るノアの実像はたしかにうなずけるものだ。国王としての責務に精励せいれいしつつも、時折それとは違ったこだわりの片鱗へんりんを見せる点も含めて、さしあたり異論はない。
「そうだ。酒・色といえば……」
「おや、ノア様にもそんな浮いた話があるのかい?」
「え?」
 ベアトリスはどきりとして顔を上げた。
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