簒奪女王と隔絶の果て

紺乃 安

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ノア王の心裏

Lの円環 4

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「手紙……? では誰か、ノア様とあなたたちの間を行き来する人物はいるわけね?」
「そうよ」
「さすがに名前は言えねえぜ。極秘事項だからな」
「ただまあ……そうね、実直な人だから、配達途中で手紙の内容を盗み見たりはしてないと思う。つまりその人も、この件に関しては知らないはずよ」
 ベアトリスはその人物のことを知っている気がした。いつもノア王の側に立っていた、あのトマス・ブリクストではないだろうか。もし彼がエル・シールケルについて知っていたならば、覚え書きの紙片でも密かに手渡してベアトリスに知らせていただろう。そのほうが争いの火種を起こさずに済み――ベアトリスもあれこれ気をむことがなかったのだ。
 ひとりで一喜一憂していた自分に疲れたように、ベアトリスはひとつため息をついた。
「……ノア王の意図はわかりました」
「理にはかなってるでしょ。真意はあたしたちも知らないけど」
「それで、あなたがたのしたい交渉とは? 何を欲するの?」
「ひとことで言うなら、あたしたちを認めて」
「……例えば、俺たちがあんたの配下になって鉱山開発に従事すれば、話は早いんだろう。だが、悪いが俺たちははぐれ者の集団でね、あんたの風下に立つのを良しとしない仲間もいる」
「けれど、対等の立場で取引するところまでなら、彼らも譲歩できるわ」
「それで交渉を?」
「そう。まずは、あたしたちがここで採掘した鉄鉱石を買って。それと、グラディス一帯の通行許可証が欲しいわ」
「もちろん街中で悪さをしないことは約束するぜ。俺たちも生きてく上で、あれこれ売り買いする必要はあるんでね。まあ許可証は……偽造したものを使っていいなら、それで済ますけどな」
「……考えておくわ」
 いかにも山賊らしいバックマンの提案に閉口へいこうしつつも、ベアトリスの心は平静を取り戻しつつあった。今となれば、スタインフィエレット鉱山を不法占拠していたヴァルデマルの手勢を、犠牲を払わず排除できたことになる。さらには技術者不在で滞っていた鉱山の開発にも目処めどがついたのだ。
 バックマンが銀のグラスにワインをつぎ足し、テーブルに両手をついて身を乗り出した。
「さて、重要なのは鉱石の価格! そうだろう?」
「そうね、これこそ交渉ね」
「鉄鉱石キロあたり二十クローナ。妥当な数字だと思うぜ」
「……相場観はあるようね。とはいえ、需要拡大している今でもそれは高すぎるわ。十二でどうかしら」
「需要はまだ増えるぜ。十五と、三ヶ月ごとに取引額を更新するって条件をつける。それでどうだ?」
「いいでしょう。それで手を打つわ」
「よし」
「交渉成立ね」
 三人は献杯けんぱいして成立を祝した。バックマンはいそいそと席を立つと、小屋の奥に置かれた木箱から麻紙ましと羽ペンを取り出してきた。シャツの袖口をまくり、すらすらと何事か書き付けはじめる。
「別にあんたを信用してないわけじゃないが、これからはこういう時代だ」
 バックマンは二枚の麻紙それぞれに、たったいま話した交渉内容をまとめて書き記していた。契約書だ。バックマンが契約の概念がいねんを知るばかりか識字能力も高いことに、ベアトリスは声を上げずに驚いていた。
 契約書には、まずアウロラがサインした。ベアトリスも羽ペンを受け取りそれにならう。
「……必要であれば、ローセンダール家の印章をして届けさせるけれど」
「いや、サインで充分だ。契約した事実が重要なんであって、形式は二の次だからな」
「良い考えかたね」
「だろ」
 契約書をバックマンに返しながら、ベアトリスは思いつめた目でアウロラを見やった。怪訝けげんな顔をするアウロラに対し、ためらいがちに口を開く。
「……あなた、ノア王とはどういう関係?」
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