簒奪女王と隔絶の果て

紺乃 安

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ノア王の心裏

Lの円環 8

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 バックマンの知見が集団の運営にあずかる度合いは、おそらく極めて大きなものだろう。
 どんな世においても裏社会の住民、はぐれ者の集団はかならず生まれる。そんな者たちが表の社会とうまく折り合いをつけて生きてゆくにあたり、バックマンのように仲介者となれる存在は必要不可欠なのだ。
 以前のベアトリスならば、彼のような境遇を無邪気に憐れみ、富める者として手を差し伸べていたことだろう。だが今のバックマンが、公共性と権謀術数けんぼうじゅっすうがないまぜになったノルドグレーンの省庁で栄達するのか、それとも、より直接的に彼を必要としているエル・シールケルに在るほうがよいのか、ベアトリスには明確な答えが出せなかった。
 こうした、複雑さを前にして単純明快な解答をためらう態度は、現在のベアトリスの権勢を停滞させている一因である。だが一方、ノアが人格の陶冶とうやと評価したのも、このためらう態度にほかならない。
 無論ベアトリスはノアに気に入られるために自分を変えたわけではないが、この静かな変化がのちに、リードホルムとノルドグレーンの関係を大きく変えることになる。

 ベアトリスは暮れ方すぎにマンスタ村に戻った。すぐに二百人の守備部隊に解散を命じ、夜が明け次第ランバンデッドに戻るよう指示した。また村人たちには、エル・シールケルは鉱山技術者の集団であり、危険はないとの布告を出した。ベアトリス自身は一度グラディスのローセンダール家に戻り、父エーリクへの顔見せがてら、いくつかの政務を片付けなければならない。

「何にせよ、争いが起こることなく済んだのは重畳ちょうじょうでございました」
「……ちょっと焦りましたけど」
 グラディスへ向かう馬車の中、アルバレスの述懐じゅっかいにアリサが苦笑する。
「あら。にしうオラシオ・アルバレスの言葉とも思えないわね」
「私は平和主義者ですから」
「はー?」
「……というのは冗談半分、あの首領だという少女とは、あまり戦いたくはありませんでしたからね」
「うわ……隊長の好みってこと?」
「そんなわけないでしょう」
「……それほどの実力だったというのね?」
「間違いなく」
 アルバレスは真剣な顔でうなずく。ベアトリスは顎先に人差し指を当て、ひとつ呼吸を置いた。
 エル・シールケルの首領だという少女アウロラは、全く動じずにオラシオ・アルバレスの殺気を受け止めていた。数十人はいたはずのヴァルデマルの手勢を彼女が追い払った、というバックマンの言葉も、多少の誇張はあってもまったくの嘘ではなさそうだ。
「どう考えても、ただの山賊ではないようね。ヴァルデマルの手下を退けた力、鉱山開発の技術、バックマンという男の知見、ノア様との関係……」
「たいした疑惑の宝庫ですね」
「そして……彼らははぐらかし続けていたけど、エル・シールケルにはもうひとり重要な人物がいるわ」
「ほう」
「近衛兵の隊長を倒し、フランシス・エーベルゴードに同行して、ノア様と話していたという先代の首領……その人物は、今どこにいるのかしらね」
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