簒奪女王と隔絶の果て

紺乃 安

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ノルドグレーン分断

冬の胎動 5

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 腰を据えて話す気になったか、グスタフソンは椅子を引いて斜めに腰掛けた。公邸の外から、かすかに馬のいななきが聞こえた。どうやら軍部官僚は、わき目もふらずにミットファレットを出て行く気のようだ。
「この侵攻にはまだ、不信な点があるわ。おかしいのよ。カッセル軍の数は多くても1500と言ったでしょう? ……いったいどんな愚か者なら、守る側の半数で攻めて来れるというの?」
「うむ……戦の常道としては、ざっと5000ほど足りん。拠点に籠城ろうじょうする敵に勝つには、攻める側は最低でも倍は必要だ」
「そうでしょう」
「まして俺に勝つ気ならば8000は……」
「はいはい」
「……あるいは増援が控えているのかとも思うが、戦力の逐次ちくじ投入など愚かさでは肩を並べているな」
「二年の時を経て、勝てるはずもない挙兵をする……カッセルのリングバリ公はそんな愚か者ではないわ。それどころか権謀けんぼうに長けた油断ならない人物よ」
「それで、ギルベルガにような真似をしたわけか」
「ええ。それに、ヴァルデマルの飼い犬たるギルベルガ県令が、犬猿の仲のベアトリスに3000もの増援を出すかしら? フレドロスから働き手の男がまるごといなくなるほどの数を」
「なるほどな……」
 フレドロスはギルベルガ県の中枢都市だ。ミットファレットから馬で二日、人の脚では四日ほどの距離にある。
「あの軍部官僚は、我々の意図に気づいてはいまいな?」
「おそらくね。こうして享楽的な県令かのように装った甲斐はあったかしらね」
 エディットはドレスのすそをつまんで揺すってみせた。
「そのために、今まで使ったこともない応接室を掃除させていたのか」
「軍事には暗いと思われていれば重畳ちょうじょうよ。カッセルの侵攻に直前になって気づく程度のね……私の敗北を確信してか、あの軍部官僚もそそくさとミットファレットを出ていったわ」
 グスタフソンは低くうめいて息を吐いた。
「では、つまり奴の言う増援というのは……」
「私たちではなく、カッセルへの助力と見るべきでしょう」
「それでは内乱ではないか!」
 テーブルに左手をつき、グスタフソンは立ち上がった。
「ええ。ようやく利害関係者への根回しが終わった、ということでしょうね」
「そこまで大それたことをやるというのか、あのヴァルデマルは……」
「いよいよベアトリス潰しに本腰を入れてきたわね」
「……よし、撤退しろという理由はわかった。この状況下では、我が部隊は主公しゅこう様の支えとならねばいかん」
「よい心がけね。来たるべき戦いに備え、力は温存しておきましょう」
「来たるべき……か。その相手はカッセル軍ではない、ということだな」
「そしてリードホルムでも。……どうなるかはベアトリス次第ね」
「うむ……」
 グスタフソンは椅子に座って脚を組み、腕組みをして気鬱きうつな顔をした。
「さしあたり、ミットファレット住民にはどう説明するのだ。最近はずいぶん融和も見られるようになったというのに」
「将軍が考えて。即興の演説は得意でしょう」
「……得意なのではない。将たる者の必須技能なればこそ、仕方なくやっているのだ」
 グスタフソンはわざとらしく格式ばった口調で、生真面目な顔を作った。わずかな沈黙のあと、ふたりは笑いをこらえきれず吹き出した。
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