簒奪女王と隔絶の果て

紺乃 安

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ノルドグレーン分断

冬の胎動 6

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「将軍が考えて。即興の演説は得意でしょう」
「……得意なのではない。将たる者の必須技能なればこそ、仕方なくやっているのだ」
 グスタフソンはわざとらしく格式ばった口調で、生真面目な顔を作った。わずかな沈黙のあと、ふたりは笑いをこらえきれず吹き出した。
 県令、すなわちノルドグレーンの法制上は地方行政の監督者でしかないエディットには、グスタフソン連隊の指揮権はない。グスタフソンが膝を屈するのはベアトリス・ローセンダールただひとりだ。そのエディットから、越権えっけんして部隊の行動を指示されている割に、グスタフソンには機嫌を損ねた様子など微塵みじんも見られない。その仲睦なかむつまじさは、一部の口さがない兵士たちに陰で揶揄やゆされるほどである。
 だが、最初に顔を合わせた頃のふたりの間には、今とはずいぶん違った空気が流れていた。

 エディットとグスタフソンは一年半前、それぞれにベアトリスの要請を受けてミットファレットに赴任してきた。
 その頃グスタフソンは、ベアトリスはエディットにだまされて県令代理の椅子を譲ったのだ、と考えていた。そればかりか、エディットの前職である内務省ベステルオース本部副総監という地位さえ、奸計かんけい賄賂わいろで盗み取ったのだろう、というグスタフソンの嘲罵ちょうばを耳にした部下も存在する。
 これは紛れもない偏見なのだが、グスタフソンだけが際立って偏狭へんきょうな価値観の持ち主だったわけではない。これは、家柄などの後ろ盾のない女が栄達する手段が奸計や賄賂以外にほぼ存在しない――という、ノルドグレーン社会の現状をそのまま反映した偏見だった。ベアトリスがそうした悪徳に手を染めずに済んでいるのは、母オリーヴィアの遺したグラディス・ローセンダール家の権勢によるところが大きい。
 エディットはグスタフソンの見立てに反して、政務の面ではベアトリス以上の辣腕らつわんを振るう。
 戦争被害者への一時金や食料の補償、反乱分子の迅速な取り締まり――これなどは、かつてノルドグレーン内務省で首都の治安維持を所管していたエディットにとってごくありふれた仕事である――などを矢継やつばやに行い、混迷のさなかにあったミットファレットを急速に立て直してみせた。その硬軟織り交ぜた施策は功を奏し、ミットファレットの住民感情も急速に改善してゆく。それを最も実感していたのは、治安維持の前線にいたグスタフソンにほかならない。
 ミットファレットの政情を短期間で安定させたエディットの手腕を、グスタフソンは素直に認めた。この点、彼は並の男よりは物わかりがいい。オリーヴィアとベアトリス――女の宗主に二代続けて仕えたという、この時代にしては稀有けうな経歴も影響してのことだろう。
 こうして、難治なんじの地と言われたミットファレットを、エディットとグスタフソンは一年足らずで掌握しょうあくした。

 ミットファレットは街の南側を城郭じょうかくで防備していた。カッセル領だった時代は南側がすぐノルドグレーン領であり、この防塁ぼうるいが対立の歴史を物語っている。城郭の外側はほりで囲われ、ノルドグレーンからの外敵の侵入を阻んでいる。
 グスタフソンは、高さ数メートルほどの赤みがかった黄土色の城郭の上に立った。眼下には千を超えるミットファレットの民衆が、一様に不安げな顔で集まっている。
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