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ノルドグレーン分断
戦端 2
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「……こんなはずではなかった……」
歯噛みしてつぶやくニーダールの顔を、副官は怪訝な顔で覗き込んだ。
「なにか仰しゃられましたか……?」
「余計な口を叩くな」
「も、申し訳ありません……」
副官は縮み上がって引き下がった。
ヴァルデマルからの指令も、ニーダールが思い描いていた戦場も、“こんなはずではなかった”のだ。
「正統ローセンダールの密約」の遂行にあたり、ヴァルデマル・ローセンダールはまずカッセルのリングバリ公と通謀した。謀略に加担しそうな国外勢力としてリングバリ公を見出したことは、ヴァルデマルの慧眼だったと言えるだろう。
現在のカッセル王コンラードは、視野の広さと柔軟さに裏打ちされた強い求心力で諸侯をまとめ上げている。その国王派の名簿にリングバリ公の名は含まれておらず、いま彼は傍流のいち勢力に甘んじている。リングバリ公はしかし復権を目論んでおり、その野望が彼に密約への参加を決意させたのだった。
密約では、ヴァルデマル派のニーダール軍とリングバリ公の軍が共同でグスタフソン連隊を包囲殲滅し、戦後のミットファレットはリングバリ公の領地とすることが約束されていた。これによってリングバリ公は失地と名誉の回復を図り、ヴァルデマルは主戦力を失ったベアトリスに領土の割譲を――宗家による保護というかたちで――迫る。これが成功すればヴァルデマルは、自身は国全体の六割近い領土を、派閥を含めれば八割以上の領土を有する最大勢力となり、事実上の支配者としてノルドグレーン公国に君臨することになる。
――これこそが「正統ローセンダールの密約」の向こうにヴァルデマルが見ていた新世界だった。
この密約の最初の懸念は、精強を謳われるグスタフソン連隊を思惑どおりに撃破できるか、という点にあった。
だが、ごく早い段階でエディットが増援要請を出したことにより、ヴァルデマルを中心とした「正統ローセンダール」派の間には楽観論が広がった。グスタフソン連隊はリングバリ公の軍と戦う意思があり、かつ想定していたより兵力が少ないからこそ増援を要請してきたのだ――と。
グスタフソン連隊がミットファレットに立て籠もって戦うなら、それを包囲して補給を絶ってしまえばよい。どんな強兵でも補給なしでは戦えない。ニーダールは伝令兵や脱走兵などを監視しつつ一ヶ月ほど待ったあと、飢餓に耐えかねて城塞の小さな門から打って出てきた部隊を、順番に撃破していけばいいのだ。
老いさらばえたという自覚のあるニーダールでも、安易で一方的な殺戮ならば確然たる勝算がある。彼は予定どおり二日前、意気軒昂にギルベルガを出発した。その際、行軍の真意を知っていたのはニーダール本人と、一部の側近のみである。一般兵には、カッセル軍に占領されたミットファレットを奪還する、という偽の目標が宣布されていた。
はたしてニーダールが目にしたものは、ミットファレットから撤退してゆく途上にあるグスタフソン連隊だった。
彼は大いに狼狽した。目標を達せられなかった場合、ヴァルデマル派にニーダールの席はない。あぶれ者として惨めに過ごす余生を想像し、彼は身震いした。そして――すでに戦略的には敗北していることを知りつつも――ヴァルデマルに対する自己弁護の種をつくるため、なかば捨て鉢になってグスタフソン連隊の後尾に食らいついたのだった。
歯噛みしてつぶやくニーダールの顔を、副官は怪訝な顔で覗き込んだ。
「なにか仰しゃられましたか……?」
「余計な口を叩くな」
「も、申し訳ありません……」
副官は縮み上がって引き下がった。
ヴァルデマルからの指令も、ニーダールが思い描いていた戦場も、“こんなはずではなかった”のだ。
「正統ローセンダールの密約」の遂行にあたり、ヴァルデマル・ローセンダールはまずカッセルのリングバリ公と通謀した。謀略に加担しそうな国外勢力としてリングバリ公を見出したことは、ヴァルデマルの慧眼だったと言えるだろう。
現在のカッセル王コンラードは、視野の広さと柔軟さに裏打ちされた強い求心力で諸侯をまとめ上げている。その国王派の名簿にリングバリ公の名は含まれておらず、いま彼は傍流のいち勢力に甘んじている。リングバリ公はしかし復権を目論んでおり、その野望が彼に密約への参加を決意させたのだった。
密約では、ヴァルデマル派のニーダール軍とリングバリ公の軍が共同でグスタフソン連隊を包囲殲滅し、戦後のミットファレットはリングバリ公の領地とすることが約束されていた。これによってリングバリ公は失地と名誉の回復を図り、ヴァルデマルは主戦力を失ったベアトリスに領土の割譲を――宗家による保護というかたちで――迫る。これが成功すればヴァルデマルは、自身は国全体の六割近い領土を、派閥を含めれば八割以上の領土を有する最大勢力となり、事実上の支配者としてノルドグレーン公国に君臨することになる。
――これこそが「正統ローセンダールの密約」の向こうにヴァルデマルが見ていた新世界だった。
この密約の最初の懸念は、精強を謳われるグスタフソン連隊を思惑どおりに撃破できるか、という点にあった。
だが、ごく早い段階でエディットが増援要請を出したことにより、ヴァルデマルを中心とした「正統ローセンダール」派の間には楽観論が広がった。グスタフソン連隊はリングバリ公の軍と戦う意思があり、かつ想定していたより兵力が少ないからこそ増援を要請してきたのだ――と。
グスタフソン連隊がミットファレットに立て籠もって戦うなら、それを包囲して補給を絶ってしまえばよい。どんな強兵でも補給なしでは戦えない。ニーダールは伝令兵や脱走兵などを監視しつつ一ヶ月ほど待ったあと、飢餓に耐えかねて城塞の小さな門から打って出てきた部隊を、順番に撃破していけばいいのだ。
老いさらばえたという自覚のあるニーダールでも、安易で一方的な殺戮ならば確然たる勝算がある。彼は予定どおり二日前、意気軒昂にギルベルガを出発した。その際、行軍の真意を知っていたのはニーダール本人と、一部の側近のみである。一般兵には、カッセル軍に占領されたミットファレットを奪還する、という偽の目標が宣布されていた。
はたしてニーダールが目にしたものは、ミットファレットから撤退してゆく途上にあるグスタフソン連隊だった。
彼は大いに狼狽した。目標を達せられなかった場合、ヴァルデマル派にニーダールの席はない。あぶれ者として惨めに過ごす余生を想像し、彼は身震いした。そして――すでに戦略的には敗北していることを知りつつも――ヴァルデマルに対する自己弁護の種をつくるため、なかば捨て鉢になってグスタフソン連隊の後尾に食らいついたのだった。
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