簒奪女王と隔絶の果て

紺乃 安

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ノルドグレーン分断

雪の牢獄 1

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 ベアトリス・ローセンダールが滞在する交易都市ランバンデッドに、ミットファレットからの伝令使が到着した。ニーダールがグスタフソン連隊を奇襲する前日の夜のことだった。まだ雪は降っておらず、冷たく乾いた夜の空には降るような星々が輝いている。
 グスタフソン連隊が撤退を決めた当日に出発した伝令使は、軍隊が統制を保ちつつ七日で移動する距離を半分以下の時間で駆けてきた。そうしてベアトリスのもとに届けられたのは、エディットが予定どおりの行動を取った、という情報だけだった。その報告に安心したベアトリスは、引き続きランバンデッド行政の組織改編に精励せいれいした。

 山あいに位置するランバンデッドでは、翌日の明け方から雪が降り出した。
 ベアトリスは気鬱きうつな瞳で、窓際の揺り椅子に座っていた。この部屋は、三ヶ月前にリードホルムの王ノアが泊まっていた部屋だ。いまも長椅子やテーブルには客室としての面影が残っているが、運び込まれた広幅の執務机がつよく事務的な空気を作り出していた。
 窓外には豊富な雪解け水をたたえたランバンデッド湖が広がっている。晩秋の湖水はまだそれほど冷えておらず、湖面は風に波打ち落ちた雪はすぐに溶けて姿をなくす。その向こうに見えるはずのノーラントの山稜さんりょうは白くけぶり、空との境目がわからない。
「いつまで降るのかしらね……」
 ベアトリスは憂鬱ゆううつそうにつぶやいた。
「四日は降り続く、ってルーデルスが言ってましたよ。あいつ山育ちだから天気の予言よく当たるんです」
「……山間部出身者をバカにするのはやめなさい」
「えー、バカにしてないですよ?」
 アリサが能天気にもたらした情報は、ベアトリスをいっそう憂鬱にさせた。
 もともと活動的だったベアトリスにとって、ノーラントの長い冬はあまり好ましい時間ではなかった。とは言っても毎年かならず到来する季節であり、その時間を無為むいのうちに過ごすベアトリスではない。
 冬季は主として、所領の管理者たちから提出された帳簿の写しや、その監査報告書などに目を通す時間に当てていた。こうした報告書類は土地土地の弁護士に依頼して作成されたものだ。また以前は、学者、研究者などを呼んで冬のあいだ集中的に教えを請う、といったこともやっていたが、ランバンデッドの開発を始めて以降はそんな時間も取れなくなっていた。
 とはいえこの憂鬱は、予定外に幽囚ゆうしゅうの身となったことに起因している。例年であれば、せいぜい初雪がちらつく程度で終わる時期のはずだったのだ。
 ミットファレット撤退の報が届いてから三日間は、ベアトリスは――グスタフソン連隊がおかれた危機と相反して――静かな時間を過ごさざるを得なかった。四日目になって雪はようやく止んだが、その頃にはランバンデッドはベアトリスの脚が埋まるほどの雪にうずもれていた。こうなるとランバンデッドの住民はみな仕事を中断し、除雪作業員となることを余儀なくされる。建物の出入口とそれに続く街路が雪に埋もれてしまえば、仕事どころか命さえ危ういのだ。

「主公様、グラディスからの報せです」
「グラディスから……?」
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