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簒奪女王
王の隣人たち 9
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「彼女も、その顔立ちからしておそらく異国の出だろうと……郷愁に訴えて親近感を得よう、という作戦だったんですが……」
「恰好悪い」
アルバレスらしからぬ体たらくを、アリサは愉快そうに笑う。ベアトリスは正直なところどうでもよかった。
「どうせ何か、いやらしい目で見たりしたんでしょう?」
「失礼な。それどころか、極力そういう目で見ないようにしていたほどですよ。近くで見ると、遠巻きに見ていた以上に豊満な女性でしたから、そうした視線に敏感であろうことは想像に難くない」
「うわ見てたんじゃん。最悪……」
「……揚げ足をとるのはやめましょうね」
「言い訳がましいのって最低ですよ」
「まあいいわ。今のところ彼女は、腕のよい料理人という以上でも以下でもないのだから」
アルバレスは、得意分野で後れを取った――と当人は考えている――ことで気落ちしているようだが、それでベアトリスになにか損失があるわけでもないのだ。
ベアトリスは暇を見つけては、ヘルストランド城内の視察を行っていた。これはアルバレスが勝手にやっていたエステルの調査とは無関係に、リードホルムの機構や生活様式を学ぶ一環として行っていたことだ。
これに行き当たったヘルストランド城の使用人たちは、みな一様に驚愕する。そんなことをした王妃はリードホルムの歴史上存在しなかったし、何よりその来訪があまりに唐突だからだ。視察は事前通告もなく、ベアトリスはごく少数の従者だけを伴って、城の台所や兵士の詰め所などに立ち入ってくる。
さらにその時ベアトリスの服装は、動きやすさを重視した普段着用ドレスにコートを羽織っただけ、といった程度の簡素なものだった。彼女の顔を知らない者からすれば、その装いからは、せいぜいどこかの高官の娘、といった様子にしか見えようがない。もちろん王妃らしいティアラなども着けてはいない。リードホルム最高位の女性、あるいは元ノルドグレーンの権力者だとは誰も思わないほど、ベアトリスのいでたちは簡素なものだった。
ベアトリスはアリサたちと共に、王族や王宮に務める高官たちの食事を準備する炊殿を見て回っていた。
ふと、廊下に置かれた木のベンチに、姿勢よく座って本を読んでいる子どもの姿を見つけた。その少年の歳の頃は――ちょうど後宮からの使者ラーシュと同年輩の――十五、六といったところだろう。彼の膝の上で開かれた本は革張りのしっかりした装丁で、そろえた両膝よりもずっと幅が広い。近年開発されたばかりの新技術である活版印刷によって作られた、真新しく重々しい書籍だった。
青年と少年の境にある読書家の前をアリサが怪訝な顔をしながら通り過ぎようとすると、ふいに声をかけられた。
「ねえお姉さん、これ、どう読むんです?」
「……え?」
少年は大人びた口調でそう言って、アリサに本の一節を指し示した。聞かれたアリサは一度ベアトリスに視線を送り、ベアトリスは無言でうなずく。主人の許可を得て本を覗き込んだアリサだったが、いっそう顔をしかめて首をひねっている。
「んんん……」
「どうしたの?」
文字がびっしりと詰め込まれたページを見て呻吟するアリサに、ベアトリスが声をかける。
「なんか分かるような分からないような単語が多いし、あと、文節ひとつひとつがやたらと長くて……」
アリサはベアトリスの従者になってから読み書きを学び、書類仕事も大過なくこなせる程度の識字能力は備えている。大抵の本に書かれている文章は読めるはずだ。どうやら少年が読んでいるのは、一般的な生活の言葉からはかけ離れた世界観で書かれた書物らしい。
「恰好悪い」
アルバレスらしからぬ体たらくを、アリサは愉快そうに笑う。ベアトリスは正直なところどうでもよかった。
「どうせ何か、いやらしい目で見たりしたんでしょう?」
「失礼な。それどころか、極力そういう目で見ないようにしていたほどですよ。近くで見ると、遠巻きに見ていた以上に豊満な女性でしたから、そうした視線に敏感であろうことは想像に難くない」
「うわ見てたんじゃん。最悪……」
「……揚げ足をとるのはやめましょうね」
「言い訳がましいのって最低ですよ」
「まあいいわ。今のところ彼女は、腕のよい料理人という以上でも以下でもないのだから」
アルバレスは、得意分野で後れを取った――と当人は考えている――ことで気落ちしているようだが、それでベアトリスになにか損失があるわけでもないのだ。
ベアトリスは暇を見つけては、ヘルストランド城内の視察を行っていた。これはアルバレスが勝手にやっていたエステルの調査とは無関係に、リードホルムの機構や生活様式を学ぶ一環として行っていたことだ。
これに行き当たったヘルストランド城の使用人たちは、みな一様に驚愕する。そんなことをした王妃はリードホルムの歴史上存在しなかったし、何よりその来訪があまりに唐突だからだ。視察は事前通告もなく、ベアトリスはごく少数の従者だけを伴って、城の台所や兵士の詰め所などに立ち入ってくる。
さらにその時ベアトリスの服装は、動きやすさを重視した普段着用ドレスにコートを羽織っただけ、といった程度の簡素なものだった。彼女の顔を知らない者からすれば、その装いからは、せいぜいどこかの高官の娘、といった様子にしか見えようがない。もちろん王妃らしいティアラなども着けてはいない。リードホルム最高位の女性、あるいは元ノルドグレーンの権力者だとは誰も思わないほど、ベアトリスのいでたちは簡素なものだった。
ベアトリスはアリサたちと共に、王族や王宮に務める高官たちの食事を準備する炊殿を見て回っていた。
ふと、廊下に置かれた木のベンチに、姿勢よく座って本を読んでいる子どもの姿を見つけた。その少年の歳の頃は――ちょうど後宮からの使者ラーシュと同年輩の――十五、六といったところだろう。彼の膝の上で開かれた本は革張りのしっかりした装丁で、そろえた両膝よりもずっと幅が広い。近年開発されたばかりの新技術である活版印刷によって作られた、真新しく重々しい書籍だった。
青年と少年の境にある読書家の前をアリサが怪訝な顔をしながら通り過ぎようとすると、ふいに声をかけられた。
「ねえお姉さん、これ、どう読むんです?」
「……え?」
少年は大人びた口調でそう言って、アリサに本の一節を指し示した。聞かれたアリサは一度ベアトリスに視線を送り、ベアトリスは無言でうなずく。主人の許可を得て本を覗き込んだアリサだったが、いっそう顔をしかめて首をひねっている。
「んんん……」
「どうしたの?」
文字がびっしりと詰め込まれたページを見て呻吟するアリサに、ベアトリスが声をかける。
「なんか分かるような分からないような単語が多いし、あと、文節ひとつひとつがやたらと長くて……」
アリサはベアトリスの従者になってから読み書きを学び、書類仕事も大過なくこなせる程度の識字能力は備えている。大抵の本に書かれている文章は読めるはずだ。どうやら少年が読んでいるのは、一般的な生活の言葉からはかけ離れた世界観で書かれた書物らしい。
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