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簒奪女王
後宮の使者 4
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「クソっ、次から次へと……」
忌々しげにぼやきながら、暴漢は左右を見回す。廊下の北側はエステルの声を聞いて駆けつけた衛兵に、南はベアトリスたちに封鎖されていた。
「お前ら、そ、そこを動くんじゃねえ!」
暴漢はアニタの首筋にナイフを突きつけ、捨て鉢な響きの声で叫んだ。
「な、なんだか分かりませんけど……」
「子どもを人質にとって周りを威嚇するような道義に悖る行為は、さすがに見過ごせないわね」
暴漢の男の味方となる者はこの場に誰一人いない――そのことは彼自身がもっとも実感しているようだ。
「その子を放しなさい!」
「うるせえ!」
暴漢は抗議の声を上げるエステルを怒鳴りつけた。そして周囲を見回しながら、廊下の手すり側に近づいていく。炊殿は城の一階にあるため、石積みの手すりを越えれば外庭に出ることができる――が、そこでもすでに、異変を察した衛兵が待ち構えていた。暴漢はいっそう狼狽し、ベアトリスたちのほうに向きなおった。
「そ……そこの女、道あけろ。さもねえとこのガキ殺すぞ!」
暴漢の男はどうやら、ベアトリスが何者かを知らないようだった。この無知そのものは無理からぬことであり、衛兵ではなくベアトリスたちに矛先を向けたその判断は、妥当なものではある。
ベアトリスに付き従っている者は、若いアリサとルーデルスのたった二人だけだ。暴漢を挟んで、その若い三人の反対側には、三人の屈強な衛兵が武器を片手に身構えていた。外見上、どちらが与しやすそうに見えるかは一目瞭然である。
ベアトリスは相変わらず華美な服装を嫌って、仕立ては最上だが装飾は質素な普段着のドレスに袖なしのコートを羽織っただけ、といういでたちだった。さらにベアトリスは、この時点ではまだ、公の場に王妃として姿を見せたことはなかったのだ。暴漢にはせいぜい、どこかの下級貴族の娘、という程度にしか見えていなかっただろう。
アリサとルーデルスが剣を抜こうとしたが、ベアトリスはそれを制して前に出た。
「王妃様……?」
「王妃だと? 王妃がなんでこんなとこにいんだ……?」
ルーデルスは腰に差した剣から手を離さないまま、声をひそめてベアトリスに話しかける。
「主公様、あの男はどう見ても素人です。アルバレス隊長を待つまでもなく、私で事足りるでしょう」
「でもルーデルス、あの子どもの命まで守りきれる?」
「それは……」
「この状況では、おそらくオラシオでも難しいわよ」
ルーデルスはこう反論したかった――人質に取られている少女よりも、あなたの命のほうが大事だ――と。だが、ベアトリスがそれを良しとしない気質の持ち主であることをルーデルスはよく理解しており、また、だからこそ彼はベアトリスだけを主と仰いでいるのだ。
「王妃でもなんでもいい、まずその下っ端に武器を捨てさせろ」
「……子どもを自由にするなら、考えなくもないわ」
「んな真似ができるか……いや、待てよ」
暴漢の顔に卑劣な笑みが浮かぶ。
「王妃様ご自身が身代わりになられるってなら、考えなくもねえぞ?」
「……いいでしょう」
「主公様!?」
忌々しげにぼやきながら、暴漢は左右を見回す。廊下の北側はエステルの声を聞いて駆けつけた衛兵に、南はベアトリスたちに封鎖されていた。
「お前ら、そ、そこを動くんじゃねえ!」
暴漢はアニタの首筋にナイフを突きつけ、捨て鉢な響きの声で叫んだ。
「な、なんだか分かりませんけど……」
「子どもを人質にとって周りを威嚇するような道義に悖る行為は、さすがに見過ごせないわね」
暴漢の男の味方となる者はこの場に誰一人いない――そのことは彼自身がもっとも実感しているようだ。
「その子を放しなさい!」
「うるせえ!」
暴漢は抗議の声を上げるエステルを怒鳴りつけた。そして周囲を見回しながら、廊下の手すり側に近づいていく。炊殿は城の一階にあるため、石積みの手すりを越えれば外庭に出ることができる――が、そこでもすでに、異変を察した衛兵が待ち構えていた。暴漢はいっそう狼狽し、ベアトリスたちのほうに向きなおった。
「そ……そこの女、道あけろ。さもねえとこのガキ殺すぞ!」
暴漢の男はどうやら、ベアトリスが何者かを知らないようだった。この無知そのものは無理からぬことであり、衛兵ではなくベアトリスたちに矛先を向けたその判断は、妥当なものではある。
ベアトリスに付き従っている者は、若いアリサとルーデルスのたった二人だけだ。暴漢を挟んで、その若い三人の反対側には、三人の屈強な衛兵が武器を片手に身構えていた。外見上、どちらが与しやすそうに見えるかは一目瞭然である。
ベアトリスは相変わらず華美な服装を嫌って、仕立ては最上だが装飾は質素な普段着のドレスに袖なしのコートを羽織っただけ、といういでたちだった。さらにベアトリスは、この時点ではまだ、公の場に王妃として姿を見せたことはなかったのだ。暴漢にはせいぜい、どこかの下級貴族の娘、という程度にしか見えていなかっただろう。
アリサとルーデルスが剣を抜こうとしたが、ベアトリスはそれを制して前に出た。
「王妃様……?」
「王妃だと? 王妃がなんでこんなとこにいんだ……?」
ルーデルスは腰に差した剣から手を離さないまま、声をひそめてベアトリスに話しかける。
「主公様、あの男はどう見ても素人です。アルバレス隊長を待つまでもなく、私で事足りるでしょう」
「でもルーデルス、あの子どもの命まで守りきれる?」
「それは……」
「この状況では、おそらくオラシオでも難しいわよ」
ルーデルスはこう反論したかった――人質に取られている少女よりも、あなたの命のほうが大事だ――と。だが、ベアトリスがそれを良しとしない気質の持ち主であることをルーデルスはよく理解しており、また、だからこそ彼はベアトリスだけを主と仰いでいるのだ。
「王妃でもなんでもいい、まずその下っ端に武器を捨てさせろ」
「……子どもを自由にするなら、考えなくもないわ」
「んな真似ができるか……いや、待てよ」
暴漢の顔に卑劣な笑みが浮かぶ。
「王妃様ご自身が身代わりになられるってなら、考えなくもねえぞ?」
「……いいでしょう」
「主公様!?」
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