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簒奪女王
後宮の使者 6
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ベアトリスは暴漢の腰部めがけて引き金を引いた。鉄と鋼がぶつかり合う冷たい音が響く。
「……なんだ?」
「まずい、不発だ」
「え……?」
その音の意味を、ベアトリスとルーデルスだけが理解していた。引き金は外れ、確かに撥条は動作していたはずが、弾丸は発射されなかった。
暴漢は状況を把握できていないが、少なくとも、ベアトリスが抵抗しようとしていたことだけは理解していた。
「この女、おかしな真似を……!」
「主公様!」
逆上した暴漢は力任せにベアトリスを振り回した。ベアトリスの悲鳴に、アリサが悲痛な声を上げる。
だが幸いなことに、暴漢は右手に持ったナイフをベアトリスに突き立てることはなかった。どうやら彼にはまだ、ベアトリスを人質として利用しようとするだけの分別は残っているようだ。
今は耐えて、次の機会を待つしかない――そう考えていたアリサとルーデルスは一瞬、日が翳ったような気がした。それは錯覚ではなかった。何かが廊下の手すりを越えて飛び込んできたのだ。
そして気がつくと、暴漢は腹部を押さえて床に倒れ、ベアトリスは片膝をついてうずくまっていた。
「間に合いましたか」
人影がもうひとつ。ひときわ背の高い、長い黒髪の男が、ベアトリスの側に立っていた。
「隊長……!」
ルーデルスが声を上げる。
その男は、王妃の警備責任者にしてアリサたちの上官たるオラシオ・アルバレスだった。彼は手すりを飛び越えて逆上する暴漢とベアトリスの間に割って入り、暴漢のみぞおちに肘を叩き込んでベアトリスから引きはがしたのだ。革手袋をはめたアルバレスの右手には、暴漢の持っていたナイフの刀身が握られている。
アリサとルーデルスがすぐさま暴漢に飛びかかり、うつ伏せにさせて左腕を肩甲骨のあたりまで曲げて締め上げた。
「相変わらず、ご無理が過ぎます」
「仕方ないでしょう。私は王妃なのだから」
「だからこそ、御身を大事になさらないと」
「……王妃は国民に範を示すべき立場にあるわ。私のせいでリードホルムじゅうが自己保身に専心する者ばかりになった……などと言われては、グラディス・ローセンダールの名折れよ」
「そこまでお考えでしたか」
「……その右手は?」
涼しい顔をしてこともなさげに話すアルバレスだったが、ベアトリスは彼の右手から血が滴っていることに気づいた。
「大した傷ではありません」
「大丈夫なの?」
「お心遣い痛み入ります。……ああも咄嗟のことだと、万全を期するにはこうするしかなかったもので」
アルバレスはナイフの刀身を掴んでいた右手から左手に持ち替えた。柄のほうは暴漢が握っていたのだから、ほかにやりようはなかったのだろう。これもベアトリスの身の安全を第一に考えてのことだ。
床についた血痕はごく小さなもので、アルバレスの言うとおり傷は浅いのだろう。
「ここで主公様を守れなければ、親衛隊長の名折れですから」
「親衛隊長……ね」
「まだ任は解かれていないのでしょう?」
「そうだったわね」
ベアトリスがリードホルム王妃の座に就くにともない、アルバレスは内務省によって王妃の警備責任者に任命されていた。だがそれ以前までベアトリスが任じていた「親衛隊長」という――これも実は、アルバレスが勝手にそう自称していた役職をベアトリスが追認したに過ぎないのだが――役職は解かれていない。
これはアルバレスが、ベアトリス個人との関係性のみを判断基準としていることの証明でもあった。
「……なんだ?」
「まずい、不発だ」
「え……?」
その音の意味を、ベアトリスとルーデルスだけが理解していた。引き金は外れ、確かに撥条は動作していたはずが、弾丸は発射されなかった。
暴漢は状況を把握できていないが、少なくとも、ベアトリスが抵抗しようとしていたことだけは理解していた。
「この女、おかしな真似を……!」
「主公様!」
逆上した暴漢は力任せにベアトリスを振り回した。ベアトリスの悲鳴に、アリサが悲痛な声を上げる。
だが幸いなことに、暴漢は右手に持ったナイフをベアトリスに突き立てることはなかった。どうやら彼にはまだ、ベアトリスを人質として利用しようとするだけの分別は残っているようだ。
今は耐えて、次の機会を待つしかない――そう考えていたアリサとルーデルスは一瞬、日が翳ったような気がした。それは錯覚ではなかった。何かが廊下の手すりを越えて飛び込んできたのだ。
そして気がつくと、暴漢は腹部を押さえて床に倒れ、ベアトリスは片膝をついてうずくまっていた。
「間に合いましたか」
人影がもうひとつ。ひときわ背の高い、長い黒髪の男が、ベアトリスの側に立っていた。
「隊長……!」
ルーデルスが声を上げる。
その男は、王妃の警備責任者にしてアリサたちの上官たるオラシオ・アルバレスだった。彼は手すりを飛び越えて逆上する暴漢とベアトリスの間に割って入り、暴漢のみぞおちに肘を叩き込んでベアトリスから引きはがしたのだ。革手袋をはめたアルバレスの右手には、暴漢の持っていたナイフの刀身が握られている。
アリサとルーデルスがすぐさま暴漢に飛びかかり、うつ伏せにさせて左腕を肩甲骨のあたりまで曲げて締め上げた。
「相変わらず、ご無理が過ぎます」
「仕方ないでしょう。私は王妃なのだから」
「だからこそ、御身を大事になさらないと」
「……王妃は国民に範を示すべき立場にあるわ。私のせいでリードホルムじゅうが自己保身に専心する者ばかりになった……などと言われては、グラディス・ローセンダールの名折れよ」
「そこまでお考えでしたか」
「……その右手は?」
涼しい顔をしてこともなさげに話すアルバレスだったが、ベアトリスは彼の右手から血が滴っていることに気づいた。
「大した傷ではありません」
「大丈夫なの?」
「お心遣い痛み入ります。……ああも咄嗟のことだと、万全を期するにはこうするしかなかったもので」
アルバレスはナイフの刀身を掴んでいた右手から左手に持ち替えた。柄のほうは暴漢が握っていたのだから、ほかにやりようはなかったのだろう。これもベアトリスの身の安全を第一に考えてのことだ。
床についた血痕はごく小さなもので、アルバレスの言うとおり傷は浅いのだろう。
「ここで主公様を守れなければ、親衛隊長の名折れですから」
「親衛隊長……ね」
「まだ任は解かれていないのでしょう?」
「そうだったわね」
ベアトリスがリードホルム王妃の座に就くにともない、アルバレスは内務省によって王妃の警備責任者に任命されていた。だがそれ以前までベアトリスが任じていた「親衛隊長」という――これも実は、アルバレスが勝手にそう自称していた役職をベアトリスが追認したに過ぎないのだが――役職は解かれていない。
これはアルバレスが、ベアトリス個人との関係性のみを判断基準としていることの証明でもあった。
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