簒奪女王と隔絶の果て

紺乃 安

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簒奪女王

憎悪の向こう 1

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 リードホルム城の炊殿かしきどのを騒然とさせたノア王暗殺未遂事件の翌日、ベアトリスはノアから夕食に誘われた。
 ふたりが結婚してから三か月が過ぎようとしているが、とくにノアが政務に忙しく、またベアトリスもノアの健康面を気遣って、互いを伴侶としていながらも食事を共にする機会は少なかった。ノアとしては、ベアトリスの危地きちに駆けつけることさえできなかったことにやましさを感じており、不面目ふめんぼくを一新する場を設けたかったのだ。
 他方ベアトリスは、そもそも自身が炊殿に出向いたことなどアリサやアルバレスといった側近そっきんにしかしらせずに行動していた。ノアが騒動の場に姿を現さなかったことに――いくばくかの寂しさを覚えてはいても――腹を立ててはいなかった。
 また、ノアの夕食にはおそらくエステルが同席する。これはベアトリスにとって一挙両得と言えた。三ヶ月の間にグラディスのエディット・フォーゲルクロウを経由して知り得た情報がいくつかあり、それをもとにエステルに聞きたいこと、またノアに直接伝えたいこともあったのだ。

 ベアトリスは婚嫁後も、定期的にグラディスの生家せいかとは連絡を取り合っていた。対ノルドグレーンの最前線となったグラディスの町の状況と、ノルドグレーン中央政府の――特に怨敵おんてきたるヴァルデマル・ローセンダールの――政治動向についての情報が必要だったのだ。
 グラディスの状況は、ベアトリスが想定していたよりも安定していた。そしてノルドグレーンの政治状況は、ベアトリスが想定したよりも混乱していた。
 すなわちヴァルデマルを中心とした「正統ローセンダールの密約」に加担した反ベアトリスの勢力はまとまりを欠き、連合してグラディスを攻め落とすような動きは見られなかった。
 その主たる要因は、ベアトリスの婚嫁そのものだった。――付け加えるならば、ステファン・ラーゲルフェルトの世論工作が、その傾向をより増強したのだが。
 ベアトリス・ローセンダールはリードホルム王妃となることによって、――ヴァルデマルの主導したノルドグレーン最高議会により――ノルドグレーン国民としての権利を剝奪はくだつされた。だが、行政手続き上はベアトリスが所有権を失ったグラディスの町を、ノルドグレーンの主流派が強制的に、実際に占領するには、ベアトリスが保有していた強大な軍事力が障壁となっていた。
 とはいえ、グラディスを守るグスタフソン連隊の数は三千程度であり、さらに民兵をかき集めても、一万に満たない烏合うごうしゅうが出来上がるに過ぎない。「正統ローセンダールの密約」の連合軍が結成されれば数万の軍勢を集めることも可能で、その圧倒的な戦力差の前には歴戦の勇士たるグスタフソンといえど敗北は必至ひっし――そのはずだった。

 ベアトリスがリードホルム城での生活に慣れてきた頃、ラーゲルフェルトはひそかにノルドグレーンの首都ベステルオースに潜入していた。そこで彼は行商人のふりをして各地の酒場や取引所に顔を出しては、益体やくたいもない酒場政談をよそおって、ある理論を吹聴して回った。
「知ってるかい? 飛ぶ鳥を落とす勢いだったベアトリス・ローセンダールが、突然リードホルム王に嫁いだって」
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