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簒奪女王
王城の炎 5
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油まみれの衛兵に松明が投げつけられた。
燃え移った火が瞬く間に衛兵の身体を包み込む。二人の衛兵は悲鳴と呼ぶのも生やさしいほどの叫び声を上げて、しばらく床を転げまわっていた。人が生きたまま焼かれるあまりにも無惨な様子に、顔を覆って震えていた女が二人、嘔吐した。
「チッ、これだから……」
ラーシュは見下すように一瞥して舌打ちする。やがて二人の衛兵は動かなくなった。
「まあいい。お前たちはここを見張っていろ。わたしはノアを片付けてくる」
「ど、どうかお気をつけて……」
「わたしとて剣の素人ではない。なにより今のノアはやせ衰えた病人、後れを取ることなどあろうはずがない」
腰に下げていた鍵束の中から一本を抜き出したラーシュは、黒褐色に塗られた分厚い扉の鍵穴にゆっくりと差し込んだ。重苦しい音を立て、王の座所への入口が開く。
「なんでもいい! お前の毛布もお前の上着でも、水に濡らして火にかぶせろ! ここで焦げついて襤褸になっても来週には絹になって戻ってくるぞ!」
王宮警備副主任のオデアンは、部下をそんなふうに煽り立てながら消火にあたっていた。その威勢のいい声を受けて、兵装を脱ぎ捨てた衛兵たちが木桶から水を含んだ麻布や衣類を運び、燃え上がる床に次々とかぶせてゆく。王宮の廊下を侵略していた炎は、こうして着実に勢いを失いつつあった。
騒然としてはいるが混乱には整然と抵抗を続けている王宮に、警備の統括者たるトマス・ブリクストが姿を現した。
「オデアン、首尾はどうだ?」
「これは、隊長!」
「その呼び方はよしてくれ、私はもう軍人ではない」
「失礼しました」
「経緯は聞いている。侵入者はいないか?」
「この火事の中で……とは思いますが、念のため二名を捜索に当たらせました。ノア様の居室の番には、何があっても扉の前を離れるなと厳命してあります」
「二人か……心許ないが、かといって消火活動に人手は必要だな」
ブリクストはそう言いながら、廊下の隅に打ち捨てられたままの武具に目をやった。
「私も行こう。いざとなったら、私でもまだ虚仮威しの盾くらいにはなれる」
「隊……ブリクスト補佐官、それならば私が」
「お前はこの持ち場の指揮に全力を尽くせ。この騒動、責任の一端は私にもあるのだ」
誰のものかわからぬ長剣を拾い上げながら、ブリクストは毅然として言った。その言葉に込められた自責の念は、自分の能力の限界を見誤ったことへの悔恨も込められていた。
そこにまた二人、ブリクストと意を同じくする者が駆けつけた。王妃ベアトリスと護衛のオラシオ・アルバレスだ。ベアトリスは濡れそぼった厚手のガウンを羽織り、その右手には短銃を携えている。
「もう来ていたのね、トマス・ブリクスト」
「これは……王妃様!」
「あなたもどうせ奥に行くのでしょう?」
「はい。そのために参じたところです」
「こんな火で石の王宮が燃え落ちるわけがないわ。この火は目くらまし……陽動に過ぎないはずよ」
「王妃様もそうお考えでしたか」
「賊が何者かは知らないけれど、その狙いは言うまでもないわ」
「では、後ろの男を一時、私に同行させていただければ……」
「嫌よ」
ブリクストと目があったアルバレスは、無駄な抵抗だとでも言いたげに首を横に振った。
燃え移った火が瞬く間に衛兵の身体を包み込む。二人の衛兵は悲鳴と呼ぶのも生やさしいほどの叫び声を上げて、しばらく床を転げまわっていた。人が生きたまま焼かれるあまりにも無惨な様子に、顔を覆って震えていた女が二人、嘔吐した。
「チッ、これだから……」
ラーシュは見下すように一瞥して舌打ちする。やがて二人の衛兵は動かなくなった。
「まあいい。お前たちはここを見張っていろ。わたしはノアを片付けてくる」
「ど、どうかお気をつけて……」
「わたしとて剣の素人ではない。なにより今のノアはやせ衰えた病人、後れを取ることなどあろうはずがない」
腰に下げていた鍵束の中から一本を抜き出したラーシュは、黒褐色に塗られた分厚い扉の鍵穴にゆっくりと差し込んだ。重苦しい音を立て、王の座所への入口が開く。
「なんでもいい! お前の毛布もお前の上着でも、水に濡らして火にかぶせろ! ここで焦げついて襤褸になっても来週には絹になって戻ってくるぞ!」
王宮警備副主任のオデアンは、部下をそんなふうに煽り立てながら消火にあたっていた。その威勢のいい声を受けて、兵装を脱ぎ捨てた衛兵たちが木桶から水を含んだ麻布や衣類を運び、燃え上がる床に次々とかぶせてゆく。王宮の廊下を侵略していた炎は、こうして着実に勢いを失いつつあった。
騒然としてはいるが混乱には整然と抵抗を続けている王宮に、警備の統括者たるトマス・ブリクストが姿を現した。
「オデアン、首尾はどうだ?」
「これは、隊長!」
「その呼び方はよしてくれ、私はもう軍人ではない」
「失礼しました」
「経緯は聞いている。侵入者はいないか?」
「この火事の中で……とは思いますが、念のため二名を捜索に当たらせました。ノア様の居室の番には、何があっても扉の前を離れるなと厳命してあります」
「二人か……心許ないが、かといって消火活動に人手は必要だな」
ブリクストはそう言いながら、廊下の隅に打ち捨てられたままの武具に目をやった。
「私も行こう。いざとなったら、私でもまだ虚仮威しの盾くらいにはなれる」
「隊……ブリクスト補佐官、それならば私が」
「お前はこの持ち場の指揮に全力を尽くせ。この騒動、責任の一端は私にもあるのだ」
誰のものかわからぬ長剣を拾い上げながら、ブリクストは毅然として言った。その言葉に込められた自責の念は、自分の能力の限界を見誤ったことへの悔恨も込められていた。
そこにまた二人、ブリクストと意を同じくする者が駆けつけた。王妃ベアトリスと護衛のオラシオ・アルバレスだ。ベアトリスは濡れそぼった厚手のガウンを羽織り、その右手には短銃を携えている。
「もう来ていたのね、トマス・ブリクスト」
「これは……王妃様!」
「あなたもどうせ奥に行くのでしょう?」
「はい。そのために参じたところです」
「こんな火で石の王宮が燃え落ちるわけがないわ。この火は目くらまし……陽動に過ぎないはずよ」
「王妃様もそうお考えでしたか」
「賊が何者かは知らないけれど、その狙いは言うまでもないわ」
「では、後ろの男を一時、私に同行させていただければ……」
「嫌よ」
ブリクストと目があったアルバレスは、無駄な抵抗だとでも言いたげに首を横に振った。
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