簒奪女王と隔絶の果て

紺乃 安

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簒奪女王

簒奪女王 1

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 リードホルムの冬の終わりを祝う催事、春宵しゅんしょうの火祭りが盛大に執り行われた。
 ベアトリスとノアは飾り馬車に乗って国民の前に姿を現し、熱狂的な歓声を浴びた。王の結婚を祝すため特別に作られた飾り馬車は、主神セーフスとその妻で結婚を司る女神ヒエラの姿が車体に描かれた、豪華で荘厳そうごんなものである。
 春宵の火祭りの式次しきじならい、ノアたちは三つの祭器を持って歌劇の舞台のように開けた飾り馬車の座席に立っていた。ノアは英雄の槍と盾を持ち、その後ろにはファンナ教の主神パラヤの像を胸に抱いた姉フリーダが控えている。
 ノアの隣に立つベアトリスは、“王女の祭器”と呼ばれる乳白色の皿のような浮き彫り細工を捧げ持っていた。これには、民のために冥界から知恵を持ち帰った、半神半死の英雄の姿が描かれている。本来は王家の血を引く女性が持つべき祭器なのだが、他に適任者がおらずベアトリスが持つことになった。彼女の前に王女の祭器を持っていたのは、ノアの妹リースベットだった。
 これらの祭器をヘルストランド郊外にあるファンナ教の神殿に収め、儀式としての春宵の火祭りは終わった。

 そして春の訪れとともに、ベアトリスの生活は一変した。
 春宵の火祭りに前後してベアトリスとの不仲を幾度か演じてみせたノア王は、蜜月みつげつの時は終わったとでもいうように、王妃の幽閉を命じる。ベアトリスはヘルストランド城南西の塔に閉じ込められた。無論これはふたりが申し合わせていた共同演劇であり、だからこそベアトリスは隠然いんぜんとして、むしろ以前にも増して権力を保ち続けた。リードホルムの門閥貴族たちはその様子をあざけり、塔の通称になぞらえて「千年塔の女王」とあだ名した。
 半年前、ノルドグレーンの新鋭ベアトリス・ローセンダールとノア王が手を結んだことは門閥貴族たちにとって多大な脅威となったが、そのふたりが仲違いした――ように見えた――ことに彼らは喝采を送った。ベアトリスとノアの演技に、観客となった門閥貴族たちはまんまと騙され拍手を惜しまなかった。
 以後、ふたりは表向きは没交渉でも、それぞれが受け持つ政務において暗黙の連携を取りあった。演劇に満足して気が緩んだ門閥貴族とノルドグレーンの間隙かんげきを縫うように、勢力をますます強化してゆく。だが権勢の拡大に反比例するように、ノアの体調は悪化の一途を辿った。疲労、発熱の訴えが日を追うごとに増え、どんな薬も休養も功を奏さなかった。
 そして、ベアトリスの幽閉から一年半後の初冬、ノア王は崩御した。
 ノア王の遺言により、ベアトリスは幽閉生活から解き放たれた。また、同じ遺言により、リードホルム女王となった。
 この突然の即位を、門閥貴族たちは陰謀による簒奪さんだつであると騒ぎ立てた。生前から不仲と周知されていた王妃への唐突な権力委譲であり、懐疑の声としては当然かつ正鵠せいこくを得たものである。
 だが、この声はすぐに収束することになる。ノア王の後継者となったベアトリスが、リードホルムに存在する軍事力の大半を掌握していたからだ。ノアが生前から増強に余念がなかった王国中央軍と、ベアトリスに忠誠を誓う四つの連隊が、リードホルム新女王のもとに連携した。その勢力はもはや、門閥貴族が束になっても太刀打ちできない規模になっていた。
 こうしてベアトリス・ローセンダールの名は、リードホルム王国に冠絶かんぜつする簒奪女王として知られることとなった。

 それから半年の時が過ぎた。
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