簒奪女王と隔絶の果て

紺乃 安

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簒奪女王

簒奪女王 2

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 こうしてベアトリス・ローセンダールの名は、リードホルム王国に冠絶かんぜつする簒奪さんだつ女王として知られることとなった。

 それから半年の時が過ぎた。

 また春宵しゅんしょうの火祭りの季節がやってくる。服喪の期間は過ぎたとはいえ、ノア王の死からまだ一年も過ぎていない。そのため、今年は祭器奉納の行列は行われないこととなった。だがベアトリス女王は民衆の心情をかんがみ、歳時の祝いごととしての火祭りは禁止しなかった。
 そうした初春の夜、春宵はるよいの闇に包まれたヘルストランドの城下は、前王の死をいたむ送り火のように無数の篝火が灯されていた。またベアトリス自身もこのとき、ひときわ盛大な送り火をリードホルム国民に届けている。
「この火を、せめてもの手向たむけの灯明に。道半ばで倒れたノア様に、あなたの遺志の火がまだ燃えていることをしらせる灯船とうせんとなりますよう」
 ベアトリス女王の命によって、ヘルストランド城の西門近くにある一軒の邸宅が巨大な炎となった。かつてリードホルムの国政を壟断ろうだんした奸臣かんしん、シーグムンド・エイデシュテットが住んでいた屋敷だ。

 そして春の訪れとともに、女王ベアトリスは王都ヘルストランドを離れた。即位前の彼女がしばしばそうしていたような少人数での身軽な旅ではなく、万を超える数の戦士を従えての軍事侵攻――のちに「女王の大親征しんせい」と呼称される戦争である。
 向かう先は、彼女の故郷グラディスの南西に広がる、ノルドグレーン公国のエヴァンスタッド平原だ。

 リードホルム軍エヴァンスタッド野営地の一角に、スレートきの板塀で囲われた、戦場の陣屋としては豪華な営舎バラックが建てられていた。ここが、女王ベアトリスの居所としては極めて粗末な、戦場の玉座である。
 営舎の会議室の扉を若い男が開け、折り目正しく一礼する。男は半分のあざけりを込めて「ただ比類ない忠臣」と呼ばれる剣士、ルーデルスだ。
 ノルドグレーンの地図が貼り付けられた衝立ついたての陰から、扇を広げたベアトリスが姿を現す。扇には戦いの女神アティーネの姿が描かれ、銀製の骨には薔薇模様が刻まれている。
「女王様、フィスカルボのイェルケル・オットソンから書状が届きました」
「彼はなんと?」
「……極めて修辞しゅうじ的な長文だったため、要点のみ抄訳しょうやくします。……中立都市フィスカルボの独立案に賛意を示すため、ノルドグレーン軍には二十発の砲弾による返事をしておいた。城塞の門を閉じてリードホルム軍の到着を待つ……とのことです」
「危機に臨むと途端に、向こう見ずな行動に出るのは相変わらずね……いいでしょう。これでノルドグレーンの海上輸送は半減するわ。独立したミットファレットは民兵に任せ、グスタフソンの連帯をフィスカルボに向かわせなさい」
 ベアトリスは扇を閉じた。玉砂利たまじゃりの庭を踏んだような音が響く。
「それと、ヘルストランドからの伝書鳩が」
 ルーデルスは小さく巻かれた紙片をベアトリスに向けて捧げ持った。
「……異常なし、ね。まあトマス・ブリクストが睨みを利かせているかぎり、門閥貴族の残党たちも滅多なことはできないわ」
「はい。……あの軍務次官殿が、ここまで女王様に協調的な立場を取るとは意外でしたが」
「私が、ノア様と同じ方向を見ている……とあの男が思っているかぎり、裏切りはしないでしょう。今は背中を任せて問題ないわ」
 ふとベアトリスの指先から、ひらひらと紙片が舞い落ちた。ルーデルスは足元に落ちた紙片を拾い上げる。ベアトリスの手にも紙片は残っている。どうやら二枚重ねになっていたようだ。
「これはアリサからのようです……あっ、申し訳ありません!」
「いいわ。アリサなら、おそらくマリウスのことね」
「大事な太子様のお世話、本当にあいつで大丈夫だったのでしょうか……」
乳母うばはつけてあるし、エステルたちもいるわ。少なくとも、戦場にいるよりは良い育ち方をするでしょう。……それとルーデルス、マリウスは私の子であっても、王位を継ぐべき太子様などではないわ。塔に幽閉されていた私が誰とも知らぬ男との間に設けた、ローセンダール家の私生児よ」
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