38 / 247
過去編・夜へ続く道
11 愛の欠如 2
しおりを挟む
石造りのめがね橋を早足で渡りながら、先頭をゆくダールがリードホルムの二人に念押しするように言った。
「はじめに言っておきますが、手に手を取り合って、生きていることを喜び合えるような状態ではございません。気持ちを強く持たれますよう」
「わかった。……心遣いに感謝する」
「それと、あの盗賊たちは……」
「貴官らは賊も捕まえたのか」
「散発的な戦闘がありましたが、当方に犠牲は出ませんでした。……後ほど詳しく説明いたします」
ダールが話題を切り上げた理由は、ノルドグレーン軍の陣幕が見えてきたためだった。橋全体を望める小高い丘の上に、篝火に照らされたいくつかの陣屋が姿をあらわした。警備に立っていた三名の衛兵がダールに敬礼する。
ノアたちは他のものよりも小ぶりで入り口がノルドグレーンの国旗で覆われた陣屋に案内された。縫い合わされた革の垂れ幕を通して、内部の明かりが薄っすらと見える。
「我らは軍の一部隊。上等な毛布など持ち合わせていない点はご容赦ください。……お二人で確認されますか?」
「いや、私だけでよい。ブリクスト、少し待っていてくれ」
「承知いたしました」
ブリクストは小さく頷き、ダールを促して陣屋から距離を取った。
外にいた兵たちの耳に届いたのは、若い女の悲愴な哀哭だけだった。ダールは眉根にしわを寄せた陰鬱な顔で微動だにせず、ブリクストはうつむいて首を横に振った。
ノアが陣幕の切れ間をゆっくり開けてくぐると、内部で何かがびくりと動いた。毛皮を敷いた椅子の上に、フェルト地の布に包まった誰かが座っている。
「……リースだね?」
そう呼びかけられた人物は再び身を震わせ、ゆっくりと顔を上げた。たしかにノアの知るリースベットだが、わずか数日前の面影さえ失われかけている。唇の端は切れて血が滲み、大小さまざまの傷や土汚れ、青あざや打撲による腫れなどが、まだあどけない顔を覆っていた。布の間からのばす腕は包帯が巻かれてすり傷だらけ、袖口は破れ手指の爪は先端が削れて、間に血や皮膚が挟まっている。ノアはグローブを脱ぎ、静かにその手を取った。
「リースベット……済まなかった」
「……兄さ……ん」
「帰ろう」
リースベットはうつろな目で兄の腕にすがりつく。涙が頬をつたい、雨だれのように顎先から滴り落ちる。小さな嗚咽は、すぐに慟哭に変わった。
二人はそれ以上言葉を交わすことなく、川の流れとともに時間だけが過ぎていった。
「はじめに言っておきますが、手に手を取り合って、生きていることを喜び合えるような状態ではございません。気持ちを強く持たれますよう」
「わかった。……心遣いに感謝する」
「それと、あの盗賊たちは……」
「貴官らは賊も捕まえたのか」
「散発的な戦闘がありましたが、当方に犠牲は出ませんでした。……後ほど詳しく説明いたします」
ダールが話題を切り上げた理由は、ノルドグレーン軍の陣幕が見えてきたためだった。橋全体を望める小高い丘の上に、篝火に照らされたいくつかの陣屋が姿をあらわした。警備に立っていた三名の衛兵がダールに敬礼する。
ノアたちは他のものよりも小ぶりで入り口がノルドグレーンの国旗で覆われた陣屋に案内された。縫い合わされた革の垂れ幕を通して、内部の明かりが薄っすらと見える。
「我らは軍の一部隊。上等な毛布など持ち合わせていない点はご容赦ください。……お二人で確認されますか?」
「いや、私だけでよい。ブリクスト、少し待っていてくれ」
「承知いたしました」
ブリクストは小さく頷き、ダールを促して陣屋から距離を取った。
外にいた兵たちの耳に届いたのは、若い女の悲愴な哀哭だけだった。ダールは眉根にしわを寄せた陰鬱な顔で微動だにせず、ブリクストはうつむいて首を横に振った。
ノアが陣幕の切れ間をゆっくり開けてくぐると、内部で何かがびくりと動いた。毛皮を敷いた椅子の上に、フェルト地の布に包まった誰かが座っている。
「……リースだね?」
そう呼びかけられた人物は再び身を震わせ、ゆっくりと顔を上げた。たしかにノアの知るリースベットだが、わずか数日前の面影さえ失われかけている。唇の端は切れて血が滲み、大小さまざまの傷や土汚れ、青あざや打撲による腫れなどが、まだあどけない顔を覆っていた。布の間からのばす腕は包帯が巻かれてすり傷だらけ、袖口は破れ手指の爪は先端が削れて、間に血や皮膚が挟まっている。ノアはグローブを脱ぎ、静かにその手を取った。
「リースベット……済まなかった」
「……兄さ……ん」
「帰ろう」
リースベットはうつろな目で兄の腕にすがりつく。涙が頬をつたい、雨だれのように顎先から滴り落ちる。小さな嗚咽は、すぐに慟哭に変わった。
二人はそれ以上言葉を交わすことなく、川の流れとともに時間だけが過ぎていった。
0
あなたにおすすめの小説
とある虐げられた侯爵令嬢の華麗なる後ろ楯~拾い人したら溺愛された件
紅位碧子 kurenaiaoko
恋愛
侯爵令嬢リリアーヌは、10歳で母が他界し、その後義母と義妹に虐げられ、
屋敷ではメイド仕事をして過ごす日々。
そんな中で、このままでは一生虐げられたままだと思い、一念発起。
母の遺言を受け、自分で自分を幸せにするために行動を起こすことに。
そんな中、偶然訳ありの男性を拾ってしまう。
しかし、その男性がリリアーヌの未来を作る救世主でーーーー。
メイド仕事の傍らで隠れて淑女教育を完璧に終了させ、語学、経営、経済を学び、
財産を築くために屋敷のメイド姿で見聞きした貴族社会のことを小説に書いて出版し、それが大ヒット御礼!
学んだことを生かし、商会を設立。
孤児院から人材を引き取り育成もスタート。
出版部門、観劇部門、版権部門、商品部門など次々と商いを展開。
そこに隣国の王子も参戦してきて?!
本作品は虐げられた環境の中でも懸命に前を向いて頑張る
とある侯爵令嬢が幸せを掴むまでの溺愛×サクセスストーリーです♡
*誤字脱字多数あるかと思います。
*初心者につき表現稚拙ですので温かく見守ってくださいませ
*ゆるふわ設定です
【大賞・完結】地味スキル《お片付け》は最強です!社畜OL、異世界でうっかり国を改革しちゃったら、騎士団長と皇帝陛下に溺愛されてるんですが!?
旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞で大賞をいただきました】→【規約変更で書籍化&コミカライズ「確約」は取り消しになりました。】
佐藤美佳子(サトウ・ミカコ)、享年28歳。死因は、過労。連日の徹夜と休日出勤の果てに、ブラック企業のオフィスで静かに息を引き取った彼女が次に目覚めたのは、剣と魔法のファンタジー世界だった。
新たな生を受けたのは、田舎のしがない貧乏貴族の娘、ミカ・アシュフィールド、16歳。神様がくれた転生特典は、なんと《完璧なる整理整頓》という、とんでもなく地味なスキルだった。
「せめて回復魔法とかが良かった……」
戦闘にも生産にも役立たないスキルに落胆し、今度こそは静かに、穏やかに生きたいと願うミカ。しかし、そんな彼女のささやかな望みは、王家からの突然の徴収命令によって打ち砕かれる。
「特殊技能持ちは、王宮へ出仕せよ」
家族を守るため、どうせ役立たずと追い返されるだろうと高をくくって王都へ向かったミカに与えられた任務は、あまりにも無謀なものだった。
「この『開かずの倉庫』を、整理せよ」
そこは、数百年分の備品や資材が山と積まれ、あまりの混沌ぶりに探検隊が遭難したとまで噂される、王家最大の禁足地。
絶望的な光景を前に、ミカが覚悟を決めてスキルを発動した瞬間――世界は、彼女の「お片付け」が持つ真の力に震撼することになる。
これは、地味スキルでうっかり国のすべてを最適化してしまった元社畜令嬢が、カタブツな騎士団長や有能すぎる皇帝陛下にその価値を見出され、なぜか過保護に甘やかされてしまう、お仕事改革ファンタジー。
騎士団長様、クビだけは勘弁してくださいっ!
楠ノ木雫
恋愛
朝目が覚めたら、自分の隣に知らない男が寝ていた。
テレシアは、男爵令嬢でありつつも騎士団員の道を選び日々精進していた。
「お前との婚約は破棄だ」
ある日王城で開かれたガーデンパーティーの警備中婚約者に婚約破棄を言い出された。テレシアは承諾したが、それを目撃していた先輩方が見かねて城下町に連れていきお酒を奢った。そのせいでテレシアはべろんべろんに酔っ払い、次の日ベッドに一糸まとわぬ姿の自分と知らない男性が横たわっていた。朝の鍛錬の時間が迫っていたため眠っていた男性を放置して鍛錬場に向かったのだが、ちらりと見えた男性の服の一枚。それ、もしかして超エリート騎士団である近衛騎士団の制服では……!?
※3連休中は一日5話投稿。その後は毎日20時に一話投稿となります。
※他の投稿サイトにも掲載しています。
※この作品は短編を新たに作り直しました。設定などが変わっている部分があります。(旧題:無慈悲な悪魔の騎士団長に迫られて困ってます!〜下っ端騎士団員(男爵令嬢)クビの危機!〜)
縁の下の能力持ち英雄譚
瀬戸星都
ファンタジー
何もわからないまま異世界に転移した主人公ヤマト(自称)は運良く能力持ちになる。腐敗したギルドのメンバーから一人の少女を助け、共に行動するうちにやがて自分の能力が世界を変える可能性があることを知る。様々な思惑や厄介事に巻きこまれながらも自分を貫いてく異世界ファンタジー英雄譚、第一部堂々完結!!
双翼の魔女は異世界で…!?
桧山 紗綺
恋愛
同じ王子に仕える騎士に意図せず魔法をかけてしまい主の怒りを買った少女マリナは、魔力を奪われ異世界へ追放されてしまう。
追放された異世界の国<日本>で暮らしていたある日、バイト先へ向かう途中で見つけたのは自分が魔法で犬に姿を変えた元の世界の同僚で……!?
素直じゃない魔女と朴念仁騎士。一人と一匹の異世界生活が始まる。
全7章。
以前とある賞に応募した作品に追記・改稿を加えたものになります。
※「小説を読もう」にも投稿しています。
2017.5.20完結しました!!
見てくださった方々のおかげです! ありがとうございました!
氷雨と猫と君〖完結〗
カシューナッツ
恋愛
彼とは長年付き合っていた。もうすぐ薬指に指輪をはめると思っていたけれど、久しぶりに呼び出された寒い日、思いもしないことを言われ、季節外れの寒波の中、帰途につく。
黄金の魔族姫
風和ふわ
恋愛
「エレナ・フィンスターニス! お前との婚約を今ここで破棄する! そして今から僕の婚約者はこの現聖女のレイナ・リュミエミルだ!」
「エレナ様、婚約者と神の寵愛をもらっちゃってごめんね? 譲ってくれて本当にありがとう!」
とある出来事をきっかけに聖女の恩恵を受けれなくなったエレナは「罪人の元聖女」として婚約者の王太子にも婚約破棄され、処刑された──はずだった!
──え!? どうして魔王が私を助けてくれるの!? しかも娘になれだって!?
これは、婚約破棄された元聖女が人外魔王(※実はとっても優しい)の娘になって、チートな治癒魔法を極めたり、地味で落ちこぼれと馬鹿にされていたはずの王太子(※実は超絶美形)と恋に落ちたりして、周りに愛されながら幸せになっていくお話です。
──え? 婚約破棄を取り消したい? もう一度やり直そう? もう想い人がいるので無理です!
※拙作「皆さん、紹介します。こちら私を溺愛するパパの“魔王”です!」のリメイク版。
※表紙は自作ではありません。
【完結】奇跡のおくすり~追放された薬師、実は王家の隠し子でした~
いっぺいちゃん
ファンタジー
薬草と静かな生活をこよなく愛する少女、レイナ=リーフィア。
地味で目立たぬ薬師だった彼女は、ある日貴族の陰謀で“冤罪”を着せられ、王都の冒険者ギルドを追放されてしまう。
「――もう、草とだけ暮らせればいい」
絶望の果てにたどり着いた辺境の村で、レイナはひっそりと薬を作り始める。だが、彼女の薬はどんな難病さえ癒す“奇跡の薬”だった。
やがて重病の王子を治したことで、彼女の正体が王家の“隠し子”だと判明し、王都からの使者が訪れる――
「あなたの薬に、国を救ってほしい」
導かれるように再び王都へと向かうレイナ。
医療改革を志し、“薬師局”を創設して仲間たちと共に奔走する日々が始まる。
薬草にしか心を開けなかった少女が、やがて王国の未来を変える――
これは、一人の“草オタク”薬師が紡ぐ、やさしくてまっすぐな奇跡の物語。
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる