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絶望の檻
21 過去からの呼び声
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リードホルムの王都ヘルストランドは城塞都市であり、東、西、南にある城郭の門を警護する衛兵の許可を得なければ出入りすることはできない。
ティーサンリード山賊団のような裏社会の住人は多くの場合、商隊や旅芸人に偽装して侵入する。あるいは、関門以外の出入り口を独自に確保していたり、北側の山岳地帯から夜陰に紛れて侵入したりしていた。
リースベットたち三人は町の北東部を流れる水路に降り、内外を隔てる鉄格子の一部を外し、さしたる苦もなく所定の場所にたどり着いた。用意されていた二頭立ての幌馬車の側では、バックマンとユーホルトが待っている。城塞内部は騒がしくなりつつあるようだ。
「首尾よく……とは行かなかったようだな」
バックマンはヘルストランドの喧騒を気にしていた。カッセルまでの道のりは険しい道が多く、追っ手がかかった場合に振り切るのは難しい。
「とりあえず目くらましに、監獄の連中を開放してきた。しばらくは混乱が続くだろうけどな……」
「急場凌ぎとしちゃ妥当なとこだろう。この際だ、俺らの仕業だってバレてなきゃいいが」
「万が一のためにアウロラに戻ってもらうんだしな。アウロラ、帰り道は分かるか?」
「……だいたいは。この城壁に沿っていけば、西門に出るでしょう?」
「上出来だ。おそらく二十日は留守にすることになる。その間、家を頼むぜ」
「分かった。任せて」
アウロラは足早に走り去り、小さな姿は夜の闇へと消えていった。いつの間にか雲は晴れ、青白い月が煌々と輝いている。
「さて、あんたがエーベルゴード家の次男だな?」
「……フランシス・エーベルゴードだ」
「俺はバックマン。で、この姐さんが俺らの首領だ。よろしくな」
「騒ぎが大きくなってきたようだ。まず出発してしまってはどうかな」
「話せるじゃねえか。ユーホルト、御者を頼むせ」
「郷愁のパルムグレンへ、か」
カッセル出身の吟遊詩人が歌う曲名をつぶやきながら老弓師が御者の席につき、他の三人は馬車の座席に腰を下ろした。
「……改めて聞くが、君たちは一体何者だ? 何を目的に私を助けた?」
「いっぺんに聞こうとするんじゃねえよ。言ったろ、山賊だって」
「並の山賊よりは、規模はでかい方かも知れねえがな」
「まあ、目的から教えてやるよ。あたしらはカッセルに足がかりが欲しい。でかいといっても所詮は山賊だ。一国の軍隊がまともに襲いかかってきたらひとたまりもねえ」
「そのために、あんたの家柄と立場を利用させてもらう」
「なるほど、恩を売ろうという魂胆か」
「ご明答だ。だが誰にとっても、悪い話じゃないと思うぜ」
揺れる馬車の中でエーベルゴードは小さく頷き、リースベットたち三人の山賊を見渡した。
「……言っていたな。リードホルムと戦っていると」
「そうだ」
「なぜだ? 山賊ならば、もっと弱い者を襲って金品をせしめたほうが稼ぎやすいだろう」
「そいつはリードホルム、さらに言やあノルドグレーンが現にやってることだ。あたしらはその猿真似をする気はねえ」
「ほう、このご時世に義賊とは」
「そんな大層な身分じゃねえよ。必要がありゃ殺しだってやってる」
「夜な夜な貧民街に金をばら撒いたりもしてねえしな」
エーベルゴードは顎に拳を当ててしばし考え込んだのち、リースベットに向き直った。
「……分かった。受けた恩には相応に報いよう。だが私一人の力でできることなど限られている、ということも理解してくれ。エーベルゴード家の当主は父上なのだ」
「一度の恩で、カッセルじゅう大手を振って歩けるようになるなんて思ってねえよ。言ったろ、足がかりになりゃいい」
「リードホルム内に裏工作で協力できる連中がいる、って話が伝わりゃ十分だ」
「それくらいならば任せておけ。……いや、いっそ早速、私の代役を頼もうか」
「あんたがやってたのは情報集めか? 話に乗るぜ」
「細かい話は任せたぜ。あたしは少し疲れた」
バックマンが立ち上がり、エーベルゴードの隣に席を移す。そうして空いた長椅子に、リースベットは身を横たえた。
東の空が白んできている。リードホルムの夏は夜が極端に短い。
ティーサンリード山賊団のような裏社会の住人は多くの場合、商隊や旅芸人に偽装して侵入する。あるいは、関門以外の出入り口を独自に確保していたり、北側の山岳地帯から夜陰に紛れて侵入したりしていた。
リースベットたち三人は町の北東部を流れる水路に降り、内外を隔てる鉄格子の一部を外し、さしたる苦もなく所定の場所にたどり着いた。用意されていた二頭立ての幌馬車の側では、バックマンとユーホルトが待っている。城塞内部は騒がしくなりつつあるようだ。
「首尾よく……とは行かなかったようだな」
バックマンはヘルストランドの喧騒を気にしていた。カッセルまでの道のりは険しい道が多く、追っ手がかかった場合に振り切るのは難しい。
「とりあえず目くらましに、監獄の連中を開放してきた。しばらくは混乱が続くだろうけどな……」
「急場凌ぎとしちゃ妥当なとこだろう。この際だ、俺らの仕業だってバレてなきゃいいが」
「万が一のためにアウロラに戻ってもらうんだしな。アウロラ、帰り道は分かるか?」
「……だいたいは。この城壁に沿っていけば、西門に出るでしょう?」
「上出来だ。おそらく二十日は留守にすることになる。その間、家を頼むぜ」
「分かった。任せて」
アウロラは足早に走り去り、小さな姿は夜の闇へと消えていった。いつの間にか雲は晴れ、青白い月が煌々と輝いている。
「さて、あんたがエーベルゴード家の次男だな?」
「……フランシス・エーベルゴードだ」
「俺はバックマン。で、この姐さんが俺らの首領だ。よろしくな」
「騒ぎが大きくなってきたようだ。まず出発してしまってはどうかな」
「話せるじゃねえか。ユーホルト、御者を頼むせ」
「郷愁のパルムグレンへ、か」
カッセル出身の吟遊詩人が歌う曲名をつぶやきながら老弓師が御者の席につき、他の三人は馬車の座席に腰を下ろした。
「……改めて聞くが、君たちは一体何者だ? 何を目的に私を助けた?」
「いっぺんに聞こうとするんじゃねえよ。言ったろ、山賊だって」
「並の山賊よりは、規模はでかい方かも知れねえがな」
「まあ、目的から教えてやるよ。あたしらはカッセルに足がかりが欲しい。でかいといっても所詮は山賊だ。一国の軍隊がまともに襲いかかってきたらひとたまりもねえ」
「そのために、あんたの家柄と立場を利用させてもらう」
「なるほど、恩を売ろうという魂胆か」
「ご明答だ。だが誰にとっても、悪い話じゃないと思うぜ」
揺れる馬車の中でエーベルゴードは小さく頷き、リースベットたち三人の山賊を見渡した。
「……言っていたな。リードホルムと戦っていると」
「そうだ」
「なぜだ? 山賊ならば、もっと弱い者を襲って金品をせしめたほうが稼ぎやすいだろう」
「そいつはリードホルム、さらに言やあノルドグレーンが現にやってることだ。あたしらはその猿真似をする気はねえ」
「ほう、このご時世に義賊とは」
「そんな大層な身分じゃねえよ。必要がありゃ殺しだってやってる」
「夜な夜な貧民街に金をばら撒いたりもしてねえしな」
エーベルゴードは顎に拳を当ててしばし考え込んだのち、リースベットに向き直った。
「……分かった。受けた恩には相応に報いよう。だが私一人の力でできることなど限られている、ということも理解してくれ。エーベルゴード家の当主は父上なのだ」
「一度の恩で、カッセルじゅう大手を振って歩けるようになるなんて思ってねえよ。言ったろ、足がかりになりゃいい」
「リードホルム内に裏工作で協力できる連中がいる、って話が伝わりゃ十分だ」
「それくらいならば任せておけ。……いや、いっそ早速、私の代役を頼もうか」
「あんたがやってたのは情報集めか? 話に乗るぜ」
「細かい話は任せたぜ。あたしは少し疲れた」
バックマンが立ち上がり、エーベルゴードの隣に席を移す。そうして空いた長椅子に、リースベットは身を横たえた。
東の空が白んできている。リードホルムの夏は夜が極端に短い。
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