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落日の序曲
24 閉じられた箱 2
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そしてノアに関する報告を最後に、以後のページはすべて白紙だった。リースベット自身に関する記述は一切ない。彼女がリーパーの兆候を見せたのは四年前だが、どうやらその時点で研究所は機能していなかったようだ。
リースベットがため息をつきながら顔を上げると、部屋中に机を強く叩く音が響いた。フェルディンが机に拳を突き立て、怒りの形相で震えている。
「ふざけるな……」
「おい、どうした」
「この世界で生きるために力を使ったのに、それが理由で戻れないだと……」
「……何を言ってんだ?」
フェルディンの肩越しに覗き込むと、机の上には〈異界転生仮説について〉と題された本が置かれている。リースベットはそれを手に取り、冒頭部分を拾い読みしてみた。
リーパーの力に代表的なものとして、まるで当人たちの体
内に流れる時間を周囲から切り離し、ぜんまいを早回しする
かのように敏捷な動作がある。これを仮に、彼ら彼女らに紐
付けられて特別に内在する「時間」という資源を消費するこ
とによって得られる力であるとする。ではその例外的に豊富
な資源は、いかにして形成されたものなのか。
私はこの点について、彼ら彼女らの多くに共通する、記憶
の混乱に着目したい。この原因を病中の意識混濁に求めるこ
とには一定の蓋然性があるが、同時に短絡でもある。彼ら彼
女らは異世界から流れ着いたがゆえに、その記憶を持ってい
るのではなかろうか。
それはカッセルやノルドグレーンといった距離的、平面的
差異ではなく、神々の住まう天上のような絶対的差異のうち
にある異世界だ。そうした異世界から我々の住むこちらに来
た者がリーパーであるならば、彼ら彼女らに固有の力もまた
差異によって生まれたものと考えるべきである。
そうであれば、彼ら彼女らがその力を使うということは、
その時間的差異の浪費である。此岸と彼岸を行き来した者が
存在しない理由付けとして、力(時間)を使ったことがこの
世界への同化を意味する、という仮説は成立しうる。
「……つまり何だ、この力を使って暴れず大人しくしてりゃ、元いた世界に帰れたかもね、って話か。これが真実なら、絵に描いたような不条理だな」
「いつか戻れると思えばこそ……僕は……」
「ま、仮説って書いてあるがな」
フェルディンは机に両手をついたまま、うつむいて震えている。
閉じた本の表紙を見ると、左下にカール=ヨーアン・ランデスコーグと記名されている。
「そうだ、お前に一つ聞きたかったんだけどよ」
「何だ」
「この世界で生きるために賞金首をさんざん殺して、それで家に帰って、帰ってきた男は消える前と同じ人間か?」
「……それに近いことを、前にも言っていたな。それで考えた……おそらく仕切り直しだろうとな」
「仕切り直し?」
「ああ。僕自身も家族も、連続性の中にいたいと思うだろう。だが断絶はあるのだ、特に僕の中にな。だから、もういちど関係を再構築しなければ、互いに息苦しいだけだろう」
「へえ、そうか」
リースベットは以前のように怒ることもなく、興味なさげにつぶやく。だがその内心では、関係の再構築、という言葉に強く惹かれていた。
――もう一度、関係を作り直せる……? たとえば山賊と王子様でも?
「……ま、それも仮定の話だな」
「これはランデスコーグ老人の著書か。もっと早くこの話を聞けていれば……」
「知り合いか?」
「少しだけな」
フェルディンがめげずに本の渉猟を続けていると、部屋の隅でガラスが割れる音がした。それに続けて、何かが破裂するような音が数度続く。
二人が音の発生場所に駆けつける間にも同じ音が二度三度と続き、やがて部屋の一角に強い明かりが見えた。
リースベットがため息をつきながら顔を上げると、部屋中に机を強く叩く音が響いた。フェルディンが机に拳を突き立て、怒りの形相で震えている。
「ふざけるな……」
「おい、どうした」
「この世界で生きるために力を使ったのに、それが理由で戻れないだと……」
「……何を言ってんだ?」
フェルディンの肩越しに覗き込むと、机の上には〈異界転生仮説について〉と題された本が置かれている。リースベットはそれを手に取り、冒頭部分を拾い読みしてみた。
リーパーの力に代表的なものとして、まるで当人たちの体
内に流れる時間を周囲から切り離し、ぜんまいを早回しする
かのように敏捷な動作がある。これを仮に、彼ら彼女らに紐
付けられて特別に内在する「時間」という資源を消費するこ
とによって得られる力であるとする。ではその例外的に豊富
な資源は、いかにして形成されたものなのか。
私はこの点について、彼ら彼女らの多くに共通する、記憶
の混乱に着目したい。この原因を病中の意識混濁に求めるこ
とには一定の蓋然性があるが、同時に短絡でもある。彼ら彼
女らは異世界から流れ着いたがゆえに、その記憶を持ってい
るのではなかろうか。
それはカッセルやノルドグレーンといった距離的、平面的
差異ではなく、神々の住まう天上のような絶対的差異のうち
にある異世界だ。そうした異世界から我々の住むこちらに来
た者がリーパーであるならば、彼ら彼女らに固有の力もまた
差異によって生まれたものと考えるべきである。
そうであれば、彼ら彼女らがその力を使うということは、
その時間的差異の浪費である。此岸と彼岸を行き来した者が
存在しない理由付けとして、力(時間)を使ったことがこの
世界への同化を意味する、という仮説は成立しうる。
「……つまり何だ、この力を使って暴れず大人しくしてりゃ、元いた世界に帰れたかもね、って話か。これが真実なら、絵に描いたような不条理だな」
「いつか戻れると思えばこそ……僕は……」
「ま、仮説って書いてあるがな」
フェルディンは机に両手をついたまま、うつむいて震えている。
閉じた本の表紙を見ると、左下にカール=ヨーアン・ランデスコーグと記名されている。
「そうだ、お前に一つ聞きたかったんだけどよ」
「何だ」
「この世界で生きるために賞金首をさんざん殺して、それで家に帰って、帰ってきた男は消える前と同じ人間か?」
「……それに近いことを、前にも言っていたな。それで考えた……おそらく仕切り直しだろうとな」
「仕切り直し?」
「ああ。僕自身も家族も、連続性の中にいたいと思うだろう。だが断絶はあるのだ、特に僕の中にな。だから、もういちど関係を再構築しなければ、互いに息苦しいだけだろう」
「へえ、そうか」
リースベットは以前のように怒ることもなく、興味なさげにつぶやく。だがその内心では、関係の再構築、という言葉に強く惹かれていた。
――もう一度、関係を作り直せる……? たとえば山賊と王子様でも?
「……ま、それも仮定の話だな」
「これはランデスコーグ老人の著書か。もっと早くこの話を聞けていれば……」
「知り合いか?」
「少しだけな」
フェルディンがめげずに本の渉猟を続けていると、部屋の隅でガラスが割れる音がした。それに続けて、何かが破裂するような音が数度続く。
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