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逆賊討伐
19 鉄壁 2
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ブランソンは剣の柄を取り落とした。分厚い鎧を破壊できずに剣を通じて跳ね返ってきた衝撃は、彼の手の骨に無数のひび割れを刻んでいたのだ。
呆然と立ち尽くすブランソンの左頬にカールソンの右拳がめり込み、その体を入口まで吹き飛ばした。
「ありゃ。まいったね」
リンドはそれほど動じた様子もなく、苦笑しながらつぶやいた。ブランソンは這いつくばり、口から血と折れた歯をこぼしている。
寝起きのようにうめきながら長い髪をかきむしったリンドが、よしわかった、とつぶやき近衛兵たちに向き直った。
「どうやら、あんたらじゃ無理みたいだねー」
「ま、まだ我らは負けては……」
「そうはいかない。だってさ、仮にアムレアン隊長とあんたら全員が死んだら、残ったオレはおそらくフリークルンド隊でハセリウス副隊長の下だよ。嫌だよあんな堅物の下で働くのは」
「副隊長、一体何を言って……」
「だからさ、少数でもリンド隊を作って気軽に暮らすために、あんたらには生き残ってもらわなきゃいけないの」
右手をひらひらさせながら、リンドは口調だけは穏やかに話している。
だが、子供を説得するようなその言葉には、一片の優しさや責任感も込められていない。ただ「数」として、お前たちが必要だ――リンドは平然と、そう言い放っているのだ。
「オレがやる。下がれ」
剣の柄に手を置き、リンドが険しい顔で前に進み出た。その柄は流麗な意匠をほどこされた、手を守る覆いが付いている。
近衛兵たちはその殺気と内面の冷酷さに戦慄し、道を開けた。
通路の登り坂の上では、カールソンが右肩の調子を確かめるように、左手でがちゃがちゃとマッサージしていた。
「さて……やるとは言ったけど、こんなの相性最悪じゃん。オレの細剣でどうやってプレートアーマーを相手にするってのさ」
「おう。そんな細っこい剣じゃ、鎧を突いてもひん曲がっちまうぜ。優男」
「そうなんだよ。困ったね、顔がいいのは」
リンドは苦笑したような表情のまま、かき消えるようにカールソンとの距離を詰め、腰のレイピアを抜いて一瞬で数度斬りつける。そのすべてが恐るべき早さと重さを兼ね備えた斬撃だったが、それでも戦闘馬車を着込んだようなカールソンの鎧は貫けなかった。
だがブランソンと違い、リンドの武器は靭性に重きを置いて鍛えられたしなやかなレイピアであったため、破損は免れている。
「ほらこれだ。無理無理」
「……なんか調子狂うな」
カールソンは兜の上から掻けない頭を掻いている。
「近衛兵ってのは、兄貴と同じ力を持ってるらしいが……なんか人によって違うのな」
「へえ、君のお兄さんもリーパーなの。近衛兵に入ってる?」
「いいや、賞金稼ぎだ。世界一のな!」
「あ、そう。じゃあ後腐れないね。君を殺しても」
リンドはふたたび距離を詰め、自身に満ち満ちて仁王立ちするカールソンに対し、今度は連続で突きを繰り出す。
分厚いプレートアーマーが剣を弾く金属音は鳴らず、カールソンが低くうめきながら片膝をついた。
「そりゃ、そんな鎧を貫くのは無理とは言ったけどね。オレの腕なら鎧の隙間だって突けるの」
「ちくしょう……痛え……」
カールソンは左腕を押さえてうずくまった。
鎧の腕や肩の関節部分の内側は、可動域を確保するため鎖帷子で防護されている。カールソンは関節部を縮めるように腕を構えていたのだが、その僅かな隙間をリンドの剣は的確に貫いていた。
銀色の鎧の表面を赤い血が流れ落ちる。
「さあ、次はどこがいい? 鎧の後ろ側はもっと隙間が多いね。それともひと思いに、兜の隙間にねじ込んでやろうか?」
「ふざけ……んなぁ!」
カールソンが立ち上がり、血しぶきを撒き散らしながら殴りかかる。リンドは涼しい顔で体をかわし、上体が伸びて隙間の空いた鎧の腰部分に剣を突き刺した。
「危ないな。顔を殴るのだけはやめてくれない?」
「……ぜってえそのツラぶん殴ってやる!」
リンドの機敏さに翻弄されながらも奮闘するカールソンの姿を、駆けつけたバックマンたちが通路の奥から眺めている。眼帯をした長身の男が、不機嫌そうに声を漏らした。
「どうにも旗色悪ぃなあ」
「あのデカイのが抜かれたら、いよいよ泥沼の斬り合いだ。覚悟しといてくれ」
「頭領に拾われなきゃ、二年前の冬とっくに死んでた身だ。近衛兵とだって戦ってやるさ」
「よし。とりあえず、奴が後ろを取られねえよう加勢する。剣の腕はあんたのが上だ。頼むぜヨンソン」
バックマンは直近の方針を時間稼ぎに定めていた。北側出入口から出発した弓兵部隊がリンドたちを狙撃できる位置に回るまでの時間と、そして――
呆然と立ち尽くすブランソンの左頬にカールソンの右拳がめり込み、その体を入口まで吹き飛ばした。
「ありゃ。まいったね」
リンドはそれほど動じた様子もなく、苦笑しながらつぶやいた。ブランソンは這いつくばり、口から血と折れた歯をこぼしている。
寝起きのようにうめきながら長い髪をかきむしったリンドが、よしわかった、とつぶやき近衛兵たちに向き直った。
「どうやら、あんたらじゃ無理みたいだねー」
「ま、まだ我らは負けては……」
「そうはいかない。だってさ、仮にアムレアン隊長とあんたら全員が死んだら、残ったオレはおそらくフリークルンド隊でハセリウス副隊長の下だよ。嫌だよあんな堅物の下で働くのは」
「副隊長、一体何を言って……」
「だからさ、少数でもリンド隊を作って気軽に暮らすために、あんたらには生き残ってもらわなきゃいけないの」
右手をひらひらさせながら、リンドは口調だけは穏やかに話している。
だが、子供を説得するようなその言葉には、一片の優しさや責任感も込められていない。ただ「数」として、お前たちが必要だ――リンドは平然と、そう言い放っているのだ。
「オレがやる。下がれ」
剣の柄に手を置き、リンドが険しい顔で前に進み出た。その柄は流麗な意匠をほどこされた、手を守る覆いが付いている。
近衛兵たちはその殺気と内面の冷酷さに戦慄し、道を開けた。
通路の登り坂の上では、カールソンが右肩の調子を確かめるように、左手でがちゃがちゃとマッサージしていた。
「さて……やるとは言ったけど、こんなの相性最悪じゃん。オレの細剣でどうやってプレートアーマーを相手にするってのさ」
「おう。そんな細っこい剣じゃ、鎧を突いてもひん曲がっちまうぜ。優男」
「そうなんだよ。困ったね、顔がいいのは」
リンドは苦笑したような表情のまま、かき消えるようにカールソンとの距離を詰め、腰のレイピアを抜いて一瞬で数度斬りつける。そのすべてが恐るべき早さと重さを兼ね備えた斬撃だったが、それでも戦闘馬車を着込んだようなカールソンの鎧は貫けなかった。
だがブランソンと違い、リンドの武器は靭性に重きを置いて鍛えられたしなやかなレイピアであったため、破損は免れている。
「ほらこれだ。無理無理」
「……なんか調子狂うな」
カールソンは兜の上から掻けない頭を掻いている。
「近衛兵ってのは、兄貴と同じ力を持ってるらしいが……なんか人によって違うのな」
「へえ、君のお兄さんもリーパーなの。近衛兵に入ってる?」
「いいや、賞金稼ぎだ。世界一のな!」
「あ、そう。じゃあ後腐れないね。君を殺しても」
リンドはふたたび距離を詰め、自身に満ち満ちて仁王立ちするカールソンに対し、今度は連続で突きを繰り出す。
分厚いプレートアーマーが剣を弾く金属音は鳴らず、カールソンが低くうめきながら片膝をついた。
「そりゃ、そんな鎧を貫くのは無理とは言ったけどね。オレの腕なら鎧の隙間だって突けるの」
「ちくしょう……痛え……」
カールソンは左腕を押さえてうずくまった。
鎧の腕や肩の関節部分の内側は、可動域を確保するため鎖帷子で防護されている。カールソンは関節部を縮めるように腕を構えていたのだが、その僅かな隙間をリンドの剣は的確に貫いていた。
銀色の鎧の表面を赤い血が流れ落ちる。
「さあ、次はどこがいい? 鎧の後ろ側はもっと隙間が多いね。それともひと思いに、兜の隙間にねじ込んでやろうか?」
「ふざけ……んなぁ!」
カールソンが立ち上がり、血しぶきを撒き散らしながら殴りかかる。リンドは涼しい顔で体をかわし、上体が伸びて隙間の空いた鎧の腰部分に剣を突き刺した。
「危ないな。顔を殴るのだけはやめてくれない?」
「……ぜってえそのツラぶん殴ってやる!」
リンドの機敏さに翻弄されながらも奮闘するカールソンの姿を、駆けつけたバックマンたちが通路の奥から眺めている。眼帯をした長身の男が、不機嫌そうに声を漏らした。
「どうにも旗色悪ぃなあ」
「あのデカイのが抜かれたら、いよいよ泥沼の斬り合いだ。覚悟しといてくれ」
「頭領に拾われなきゃ、二年前の冬とっくに死んでた身だ。近衛兵とだって戦ってやるさ」
「よし。とりあえず、奴が後ろを取られねえよう加勢する。剣の腕はあんたのが上だ。頼むぜヨンソン」
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