山賊王女と楽園の涯(はて)

紺乃 安

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ジュニエスの戦い

52 明日へ翔ぶ鳥 3

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「じゃあ……負けたら逃げようか、あたしと一緒に」
「なんだって?」
「今はまだ、あんたはリードホルム王じゃない。てことは、敗戦であれこれ責任取らされんのは、王座にいるヴィルヘルムだ。それなら逃げちまってもいいだろ」
「それは……そうかもしれないが……」
 ノアは絶句してしまった。
 戦いに敗北したあとのことを考えていなかったわけではない。講和の条件としてノルドグレーンから不平等な属国的地位を強制されるか、国土と国民は保障される替わりに王家の廃絶を迫られるか、そのいずれかだろう。現在のノルドグレーンに限って、リードホルム国民の虐殺ぎゃくさつを行うとは考えがたい。
 いずれの場合にも、自分は状況に従うしかない――そう覚悟はしていた。逃げるなどという選択肢は、初めから存在しなかったのだ。
「しかし、リースの仲間たちはどうするんだ?」
「言ったろ、他の連中に黙って出てきたって。あたしはもう、あそこには戻らない。だから……」
「言いたくないことかも知れないが……なにか問題があったのか?」
「問題なのは、あたし自身の存在さ。アウグスティンを殺した逆賊ぎゃくぞくがリーダーやってる限り、どこかで必ず矛先ほこさきが山賊団に向く。だからこの戦争が終わったら、あたしはそのままこの国を去る。そのつもりで出てきたんだ」
「リース……それでいいのか」
「……若い奴は育ってきてるし、鉱山技術者から商人、料理人まで優秀なのが揃ってるんだ。もうあの連中は、山賊をやらなくても生きていける。近衛兵にまた狙われるような事態さえ避けられりゃあな」
 ノアはリースベット自身の気持ちについていたのだが、リースベットはそれを察しつつ、あえて答えをはぐらかした。
「……王族殺しの罪を、自分ひとりで引き受けるというのか」
「もともとあたし一人の罪だ。行く先々で、ティーサンリードの首領が出奔しゅっぽんした、って触れて回りゃ、注意もこっちに向くだろうよ」
 ノアはため息をつき、リースベットと同じように夜空を見上げた。――自分にはここまで、誰かの人生を背負い込む生き方ができるだろうか?
「リードホルム王家そのものが無くなれば、そんなことをしなくてもいいんじゃないか?」
「そうなったら、兄さんも一蓮托生いちれんたくしょうでしょ? ……あたしは、それは嫌だ」
「リース……」
「それに王宮を出たら、家来もいない兄さんは顔がいいだけの役立たず! けど、今のあたしなら、一人や二人養う力はあるよ」
「ひどいな、私だって……」
 ノアは苦笑しつつも、そこから言葉を続けられなかった。日常生活に必要な仕事で、自分にできそうなことの見当がつかなかったのだ。
「ノルドグレーンを越えてテーレに行くか、船を手に入れて今度は海賊でもやるかな。海賊王女だ」
「海か……。古代、今よりも気候が温暖だった時代には、船でノーラント世界の外へ出た者たちも多数いたと聞くが……」
「外の世界でなら、リードホルム王家のくびきからだって自由だからね……ああそうだ、兄さんに会わせたい奴がいたんだった。聞いて驚け、そいつは……」
 リースベットはいたずらっぽい笑顔で言いかけたところで、屈強な体躯たいくの男が砦の階段を上がってくる姿に気付いた。その男はノアの姿を見定めると、まっすぐに歩み寄ってくる。
「ノア王子、こちらにおいででしたか」
 近衛兵のフリークルンド隊長はノアの前に立ち、折り目正しく敬礼した。
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