山賊王女と楽園の涯(はて)

紺乃 安

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ジュニエスの戦い

54 分水嶺

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 ジュニエス河谷かこく北側の急峻きゅうしゅんな丘の上に、大人と子供のような二つの人影があった。
 この場所は監視のためにわざわざ登る必要もなければ、戦場までの距離が大きすぎるため、よほどの強弓を用いない限り射撃も届かない。そんな場所に、わざわざ北側の緩やかな斜面へ迂回して登ってきた二人の男は、リードホルム、ノルドグレーンいずれの兵士でもなかった。
 先をゆく青年はマントを空風からかぜにたなびかせ、白く染め抜いたグローブを額に掲げて日差しをさえぎる。その背後には、熊の毛皮を着込んだような防寒具に身を包んだ、熊のような体躯たいくの大男が続く。人影が大人と子供のように見えたのは、一方が大きすぎるからだ。
「ああ、ここからなら、安全に戦場を見渡せそうだ」
「ずいぶん登ったぜ兄貴。少し休もうや……」
 岩肌がむき出しの崖の上に立ち、ラルフ・フェルディンは周囲を見渡した。リードホルムとノルドグレーンの両軍が、穀粒こくつぶのような大きさで一望できる。
 クリスティアン・カールソンは背負っていた荷物を下ろし、岩肌の上に身を横たえていた。
「さてこの戦い、どう転ぶか……」
「ノルドグレーンのが強えんだろ?」
「数の上では圧倒的だ。加えて、ノルドグレーンは社会制度や男女の平等性という点で先進的な国でもある」
「ダンジョノビョウドウ……?」
「リードホルム軍に女性の姿は皆無だが、ノルドグレーンは総指揮官を始めとして女性士官が幾人いくにんかいるだろう? 戦場だけに、数は多くはないが……」
「いるだろう? っつわれても、人が麦粒ぐれえにしか見えねえよ」
 カールソンは小さな目を細め、ノルドグレーン軍の陣を凝視ぎょうしする。
「まあつまり、ノルドグレーンのほうが正しいのか?」
「いや、道義的に理があるかどうかは、また別の話ではある。とくに今回の戦争はな」
「そうなのか」
「例えば僕らが追っていた、賞金首、というのはわかりやすい。ほとんどの場合、人々の生活をおびやかす者たちだった」
「んで、結局どっちに付くんだ?」
「さて……どちらが正しいのか、どちらが僕の力を必要としているのか……。こういうときは」
「こういうときは?」
「わからない、と言う」
「わからない」
 カールソンはしばらくのあいだ、口を半開きにして呆然としていた。
「兄貴でも分からねえことがあんのか」
「そうだ。わからないのだ。決して拙速せっそくに答えを出さず、わからないままでいる。それに……」
「それに?」
「ヒーローはいつだって、弱者の危機に颯爽さっそうと登場するものだ。今はまだその時ではない」
「そうなのか」
 カールソンはふたたび、先程よりも長い時間、口を半開きにして呆然としていた。
「おや……? 対岸の丘がなんだか騒がしいようだが……」
 フェルディンは目を細めて南の丘を見やった。
 リードホルム軍の弓兵が陣取っている高台が騒然としている。
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