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ジュニエスの戦い
91 鎮魂 3
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バックマンは軽く手を振り、ヘルストランドの城門から歩き去った。親しげな握手などはしない。リースベットの死について、ノアに対するわだかまりは未だに残っている。それで構わない、とバックマンは思った。
――誰がどう見たって俺とあの王子様は、単純に好悪を割り切れる関係じゃない。今後あいつが、リースベットが憎んだような下衆な権力者になるなら、その時は暗殺のひとつも企てるかも知れない。そうでなければ、そのうち握手くらいはしてもいいかもな。
「これが……この世界の姿か……」
帰途の道すがら、ヘルストランドの街中で、フェルディンが街路の一角を眺めてつぶやく。その視線の先には、ぼろぼろの服を何重にも体に巻き付け、うつろな瞳で道端に座り込む少年の姿があった。
「……僕は今まで、元の世界に帰ることだけを考えて行動してきたが……間違いだったかな」
「まるっきりそれだけだったようにも見えねえが……まあ、好きにしたらいい。あんたほど自由な身の上の奴は滅多にいねえぜ、大将」
「今置かれた場所で何ができるか、ということを考えるべきなのかも知れないな。リースベットを見ていて、そう思った」
「リースベットは、そうするべき、なんて強制はしてないわ。あ、でも、仕事頼みに来るんだったら、お金は貯めてから来るべきね」
「最近だと、ノルドグレーンの南部は治安が悪いらしぜ。そっちに賞金首が多いんじゃねえのか?」
「そ、そうか」
ジュニエス河谷の戦いは、雪の帳に閉ざされたまま終幕を迎えた。
休戦後も雪は三日に渡って降り続き、ジュニエス河谷は大人の背丈を超えるほどの雪に閉ざされた。寒さも一転して例年を凌ぐ厳しさとなり、その中を行軍してくるとすれば、それ自体が自殺行為とさえ言える。
ソルモーサン砦には少数の守備兵が残っているが、ノルドグレーン軍の侵攻に備えるというより、たんに砦の維持管理のためといった様子だ。
ベアトリス・ローセンダールはランバンデット湖畔の軍事拠点に退却し、そこで拠点のさらなる開発を進めながら、残兵の半数ほどが冬営することになった。
後日、その軍事拠点は町として機能するようになり、創始者の名から薔薇の谷、ローセンダールの町と通称されるようになる。
ノアはリースベットの密葬を終えると、すぐにソルモーサン砦に戻った。リードホルムを代表し、ベアトリスとの講和交渉に臨むためだ。本来ならば意思決定者であるはずの国王ヴィルヘルム三世は、時の黎明館で酒浸りの生活を送っていた。ノアと一部の高官は、国王の醜態を無視するように交渉に臨んだが、その独断に苦言を呈する者はごく少数だった。
雪と寒さが緩んだ頃合いに、ノアはごく少数の随伴者とともにランバンデットに出向いた。それも護衛の兵などはほとんどなく、外交担当の文官の姿ばかりだ。
謀殺を恐れず少数で来訪したノアたち一行を、ベアトリスが私邸の応接室で、礼節をもって出迎える。
「お初お目にかかります、ノア・リードホルム様」
「国王の全権代理として、貴女との交渉に当たらせていただく。ベアトリス・ローセンダール」
「あいにくここはまだ軍事拠点、宮殿も豪華な料理もございません。高貴なお方をお迎えする用意のない不調法、どうかお許しくださいまし」
「構わない。交渉には不要だろう」
眉一つ動かさないノアの白皙の顔を、ベアトリスは菫青石の瞳を輝かせ、不敵な笑みとともに見つめていた。
――誰がどう見たって俺とあの王子様は、単純に好悪を割り切れる関係じゃない。今後あいつが、リースベットが憎んだような下衆な権力者になるなら、その時は暗殺のひとつも企てるかも知れない。そうでなければ、そのうち握手くらいはしてもいいかもな。
「これが……この世界の姿か……」
帰途の道すがら、ヘルストランドの街中で、フェルディンが街路の一角を眺めてつぶやく。その視線の先には、ぼろぼろの服を何重にも体に巻き付け、うつろな瞳で道端に座り込む少年の姿があった。
「……僕は今まで、元の世界に帰ることだけを考えて行動してきたが……間違いだったかな」
「まるっきりそれだけだったようにも見えねえが……まあ、好きにしたらいい。あんたほど自由な身の上の奴は滅多にいねえぜ、大将」
「今置かれた場所で何ができるか、ということを考えるべきなのかも知れないな。リースベットを見ていて、そう思った」
「リースベットは、そうするべき、なんて強制はしてないわ。あ、でも、仕事頼みに来るんだったら、お金は貯めてから来るべきね」
「最近だと、ノルドグレーンの南部は治安が悪いらしぜ。そっちに賞金首が多いんじゃねえのか?」
「そ、そうか」
ジュニエス河谷の戦いは、雪の帳に閉ざされたまま終幕を迎えた。
休戦後も雪は三日に渡って降り続き、ジュニエス河谷は大人の背丈を超えるほどの雪に閉ざされた。寒さも一転して例年を凌ぐ厳しさとなり、その中を行軍してくるとすれば、それ自体が自殺行為とさえ言える。
ソルモーサン砦には少数の守備兵が残っているが、ノルドグレーン軍の侵攻に備えるというより、たんに砦の維持管理のためといった様子だ。
ベアトリス・ローセンダールはランバンデット湖畔の軍事拠点に退却し、そこで拠点のさらなる開発を進めながら、残兵の半数ほどが冬営することになった。
後日、その軍事拠点は町として機能するようになり、創始者の名から薔薇の谷、ローセンダールの町と通称されるようになる。
ノアはリースベットの密葬を終えると、すぐにソルモーサン砦に戻った。リードホルムを代表し、ベアトリスとの講和交渉に臨むためだ。本来ならば意思決定者であるはずの国王ヴィルヘルム三世は、時の黎明館で酒浸りの生活を送っていた。ノアと一部の高官は、国王の醜態を無視するように交渉に臨んだが、その独断に苦言を呈する者はごく少数だった。
雪と寒さが緩んだ頃合いに、ノアはごく少数の随伴者とともにランバンデットに出向いた。それも護衛の兵などはほとんどなく、外交担当の文官の姿ばかりだ。
謀殺を恐れず少数で来訪したノアたち一行を、ベアトリスが私邸の応接室で、礼節をもって出迎える。
「お初お目にかかります、ノア・リードホルム様」
「国王の全権代理として、貴女との交渉に当たらせていただく。ベアトリス・ローセンダール」
「あいにくここはまだ軍事拠点、宮殿も豪華な料理もございません。高貴なお方をお迎えする用意のない不調法、どうかお許しくださいまし」
「構わない。交渉には不要だろう」
眉一つ動かさないノアの白皙の顔を、ベアトリスは菫青石の瞳を輝かせ、不敵な笑みとともに見つめていた。
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