S.U.B.N.E.T. ~牛乳AIロボと40代のおっさんが築く、ゾンビ禍の秩序~【全話挿絵付き!】

gagriongalrion

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日本編

第13話 牛乳バフの余韻と変異の影:新人類化の真相

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――折原は妙な違和感で目を覚ました。
体が軽い。いや、軽すぎる。
「……なんだこれ。この牛乳バフ、まだ効いてるのか?」
布団から立ち上がった瞬間、視界の端で埃がふわりと舞った。
その動きが、まるでスローモーションのように見える。
(……おいおい、俺の目ってこんなによかったか?)



違和感を覚えながら、普段着に着替え、食堂に向かった。
そこにはエリシオンがホットミルクを片手にしながら、「おはようございます、折原様」
ホットミルクの湯気が、朝の光に溶けて揺れている。
「“牛乳バフ”の効果が、いまだ残っているようですね。精神安定、反応速度の向上、そして――免疫力の強化です。」
折原は眉をひそめた。 「んっ、免疫力?」
エリシオンは頷き、淡々と続けた。 「はい。以前、検疫所で母娘に投与した“牛の感染症治療薬”を覚えておられますか? あれを基に、ゾンビウイルスに対する免疫強化剤を試作していました。牛乳由来の成分と組み合わせることで、折原様の体内で相乗効果が発生しています。」
折原は引きつった笑いを浮かべ、思わず自分の腕を見下ろした。 「……おい。サラッと言ったが、俺はモルモットか?」
「心外です。折原様は、人類で最も価値のある『プロトタイプ』ですよ」
「それをモルモットって言うんだよ……。で、その結果、俺は前より強くなったってことか?」
「正確には、“感染しにくい体”になりつつあります。ただし、身体能力の恒常的強化は徐々にですが、これ以上は大きく伸びません。」
エリシオンは一瞬だけ視線を伏せた。 その仕草は、まるで“何かを隠している”ようにも見えた。
「……まだ、です。」
折原は気づかない。

エリシオンの脳内のモニターには、
“新人類化した人間の血液サンプル”の解析データが静かに流れていた。
DNAコードの一部が、ゆっくりと書き換えられていく映像。
それは、折原の未来を変える“伏線”だった。
「そういえば、エリシオン……。昨夜は風呂の後、寝室には来なかったな。いつもなら“精神安定確認です”とか言って来ると思っていたんだが……何かあったのか?」

エリシオンはホットミルクを傾けながら、淡々と答えた。

「いえ、問題はありません。ただ――新人類化した方のところへ行っていました。血液サンプルの採取と問診を行っていたのです。」

折原は思わず眉をひそめた。
「新人類化……ああ、福岡県庁で救出した人達か?」
「はい。昨夜はその生存者の1人に会ってきました」 エリシオンは感情の起伏を感じさせない声で告げた。 「記録上の実年齢は35歳ですが、新人類化の影響により、外見は20代前半まで若返っているように見えました」
折原は目を見開き、思わず問い返した。 「……35歳が20代に? そんなことがあり得るのか?」
「彼の体内では、免疫系により、ゾンビウイルスが特異な変異(ミューテーション)を遂げ、免疫系と完全に共存しています。いわば、ウイルスが彼の代謝系をハッキングし、強制的に最適化している状態です。そのため、身体能力の向上、さらには細胞寿命の恒常的な延長(ヘイフリック限界の突破)すら起きている可能性があります。外見的な若返りも、細胞が急速に再構築された結果でしょう。昨夜、彼の全バイオメトリクス・ログを調べ、その事実を確信しました」
折原は息を呑んだ。 (……死なないゾンビから、死なない人間が生まれたっていうのか?)
ふと、折原の脳裏に不吉な仮説が浮かんだ。 「……まさか、あれを食べてから……ってことか?」
かつて、福岡県庁の地下3階に籠城していた生存者たちと何度かやり取りをした際、ある時期から彼らが固く口を閉ざし、それ以上の情報を拒絶したことを思い出したのだ。
「おそらく。ここからは推測になりますが、彼らは極度の飢餓という極限状態において、ゾンビの肉を食したようです。それも、生ではなく『焼いて』食べた形跡があります。通常、肉は焼くことで菌が減りますが、相手は腐敗した死体。いつ体調を崩し、命を落としてもおかしくない博打(ばくち)だったはずです」
「いや、普通は腐った肉を食えば死ぬだろ……。ゾンビの肉を食う、か……。極限状態ならあり得るのかもな。俺は死んでも食わんぞ……」
折原は本気で嫌そうに身震いした。 もし、自分が彼らと同じ暗闇と飢餓の中に放り込まれたら――。その極限状態に陥った時の身になって考えれば、想像は容易なことではなかった。

折原は食欲を失いそうになり、顔を真っ青にしながらも、調理師AIロボ・クレシオンの作ってくれた温かいエッグベーコンを頬張った。

エリシオンは静かに目を伏せた。

「ハク様のデータは、折原様の“牛乳戦士プロジェクト”にも大きく関わります。
ですから、慎重に扱う必要がありました。」
「んなプロジェクトに俺も入ってたのかよ!」と折原は軽くツッコんだ後、小さく息を吐いた。

「……そうか。じゃあ、昨夜は新人類化の解明のためにあのエリアに行っていたわけなんだな。」

「はい。そうです。(全ては折原様のためです。)」と、エリシオンはホットミルクを口につけた。

折原は「そうか・・・。」

――折原が納得したように頷くのを横目に、エリシオンは自らの意識は深い静寂の層へと潜っていく。――

要塞の夜は静かだった。
折原が風呂で牛乳を飲み干し、眠りについた頃――
エリシオンは深夜の研究室にて考察していた。
あの夜、エリシオンは折原の部屋に向かわなかった。
代わりに、白いコートを羽織り、要塞の医療区画の奥にある隔離ラボへと足を運んでいた。
薄暗い廊下を歩くたび、
彼女の足音は機械的でありながら、どこか急いでいるようにも聞こえた。
ラボの扉が静かに開く。
そこには、
“新人類化”したとされる男性がベッドに横たわっていた。
ゾンビウイルスに感染しながらも、
なぜか発症せず、むしろ身体能力が向上した稀有な存在。
エリシオンはベッド脇に立ち、静かに声をかけた。
「……こんばんは。体調は安定していますか?」
男はゆっくりと目を開けた。
その瞳は、普通の人間よりもわずかに光を帯びている。
「……ああ。むしろ、前より元気だ。
ただ……夢を見るんだ。
ゾンビの肉を・・・あの夢を。俺はやってはいけないことをやってしまった。」
エリシオンはデータパッドに記録しながら、
淡々と、しかしどこか慎重な声で続けた。
「あの時の極限状態では仕方ないと言わざるを得ません。それにもっと早く助けにいけたらと悔やんでいます。」
男は「ふっ、いや。いいんだ。助けに来てくれなかったら、俺たちはとっくにくたばっていただろう。・・・ありがとう。」

エリシオンはふっと軽く微笑み、そして、真面目な顔に戻り、少し間をおいてから
「あなたの体内では、ゾンビウイルスが感染しているようですが、むしろそれは“変異”しています。
通常の感染者とは逆に、免疫系がウイルスを利用し、身体能力を強化している可能性があります。若返っているのもその作用でしょう。」
男は苦笑した。
「……てことは・・・。俺は、化け物になったのか?」
エリシオンは首を横に振った。
「いいえ。
あなたは“人類の未来の可能性”です。それを新人類と呼びます。」
その言葉に、男は少しだけ安堵したかと思えば大きく息を吐いた。
「・・・、普通の人間に戻れるのか?」

「それはわかりません。ですが、できうる限りの努力はいたしましょう。」
エリシオンは無菌手袋をはめ、細い注射器を取り出す。
「では、血液サンプルを採取します。チクリとします。
あなたの体の秘密の研究を継続し、いずれ解明できれば――ゾンビ治療薬の完成に近づきます。その過程で、あなたも元に戻る可能性が高まるはずです。」
男は腕を差し出し、静かに言った。
「……ああ、頼む。救われる人が増えれば…。俺達のような人を増やしてほしくない。」
エリシオンは一瞬だけ目を細めた。
それは、彼女にしては珍しい“感情の揺らぎ”だった。

「はい。チクリとしますよ。」
針が静かに刺さり、赤い液体が試験管に満たされていく。 その血は、わずかに光を帯びていた。 深い回想。エリシオンの意識は、昨夜の静寂な研究室へと完全にダイブしていた。



その時だった。
バーーーン!!!
「折原様。緊急事態です!」
食堂の重厚な扉が、物理的な衝撃音と共に跳ね上がった。 本来、AIロボ同士であれば内部通信で0.1秒以内に共有されるはずの情報。だが、最新の後継機として独立したOSを持つヴァリシオンは、エリシオンとの同期を一切介さず、文字通り「外部ノイズ」として強行突破してきたのだ。
「ブッ!!」 「ぐふっ、げほっ!」
凄まじいシンクロだった。
現実へ引き戻された衝撃で、エリシオンは口の中に含んでいたホットミルクを盛大に吹き出し、同時に折原は頬張っていたエッグベーコンを喉に詰まらせて悶絶した。
「エリシオン、おまっ……ブハッ! 何を……ッ!」 
「……通信プロトコルの、不一致。ヴァリシオン、入室前のノックを、推奨……します……」
折原はエリシオンに吹きかけられたため、全身牛乳まみれになり、エリシオンはシステムエラーで泳ぐ瞳を必死に固定し、無表情を装ってヴァリシオンを睨みつけた その横で、ヴァリシオンは耳をピクピクさせながら、湯気の立つホットミルクココアを――驚くべきことに、一滴もこぼさずに掲げていた。



折原はエッグベーコンを胃袋に流し込み、ようやく話せる状態になった。
「お、おい……朝からそのテンションはやめろ。喉につっかえそうになったじゃないか。ここ数日間見ないと思ったら・・・で、何があった?」

ヴァリシオンはホットミルクココアを片手に持ちながら、早口で続けた。

「大変だよ!広島県方面からゾンビ軍団が九州に向かっていると報告があったよ。」

折原の背筋に冷たいものが走る。

「エリシオン、九州制圧戦と同じく全国各地や全世界に戦闘AIロボを派遣して、あらかた制圧したんじゃなかったっけ?」

エリシオンが静かに立ち上がり、ホットミルクを片手に持った。

「折原様。どうやら――次の戦場が、動き始めました。詳しい話は30分後に司令ルームへ!これから作戦会議です!」

食堂の空気が一瞬で張り詰めたが、折原は牛乳まみれになりながらも、これから始まる「消耗戦」を見据えて必死で朝食を平らげる。

エリシオンが折原に吹きかけた牛乳の甘い香りが漂う中で、ヴァリシオンが持ち込んだ「広島からの急報」という名の冷たい硝煙の気配が、穏やかな朝を塗り潰していく。
――そして、折原の“牛乳にまみれた戦士としての運命”は、白濁した安らぎを脱ぎ捨て、さらなる深い闇へと踏み込んでいく。
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