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日本編
第15話 超電導の進軍:厚狭(あさ)キルゾーン、開放!
しおりを挟む佐世保市にある要塞の司令ルームで見せられたあのモニター・・・。俺が知らぬ間に起きていたことだった。
……九州制圧戦の開戦時、三百体もの軽装ロボ部隊がいた。 だが今はまともに動けるのは半分もいない。
あのモニターに映し出された動画では、アシッドライトの喉奥から溢れ出す『腐敗した強酸性の汚液(おえき)』が軽装ロボ部隊に向け、吐き出されていた。
それが触れた箇所から無残に崩れ落ちるAIロボ数体の無機質な姿が映し出されていた。
あの時、ゾンビ軍にアシッドライトを想定していなかったため、『腐敗した強酸性の汚液』の対策なんて影も形もなかった。百八十体が前線で装甲を溶かされ、戦闘不能に陥った。
だが、その崩壊しかけた戦線を繋ぎ止めたのは、ケイジとイエヤスの目覚ましい大活躍だった。
ケイジが文字通り身を挺して敵の指揮個体を粉砕し、イエヤスがケイジを盾のごとく補強し続けたのだ。
二人の奮闘によってなんとか制圧した後、回収部隊が、壊れた機体を一つずつ丁寧に拾っていった。 どんなに壊れていたとしても、修復や部品交換で復帰できる可能性があるから――。
……もちろん、中には本当に“動かなくなった”軽装ロボもいた。 「システムオールグリーン。再起動シーケンス開始」という声が、二度と聞けない、完全に沈黙した機体だ。
だが――AIロボは人間とは違う。 要塞の最深部、厳重に防護されたメインサーバー(クラウド)に彼らの『意識データ』さえ無事ならば、新しい機体へ魂を移し替えることで、彼らは再び戦場へ“戻ってくる”。 たとえ肉体が汚液に溶け落ちようとも、その経験は死なない。電脳の海から何度でも羽撃(はばた)き直す、鋼鉄の不死鳥のように。
だが、それでも――身代わりとなって散っていった彼らの尊い『犠牲』が、データだけで割り切れるほど軽いわけではない。
そうなると、先ほどの戦いで得たデータを元に、アシッドライト対策として攻撃パターンをアップデートした軽装ロボ部隊で戦うしかないだろう。
増産ラインは悲鳴を上げている。新規機体の完成まであと12時間……。だが、敵は8時間で九州に到達する。この4時間の空白が、絶望の深さだった。 残り8時間……修復ラインを全開にしても、復帰できるのは数十体だけだ。
援軍も期待できない。全世界に地下ネットワークがあっても、各都市は自衛で手一杯だ。 結局――この戦いは、今ここにいる戦力だけで乗り切るしかないだろう。
仮に軽装AIロボが全滅しても、要塞と城塞都市がある限り負けはしない。地下鉄ネットワークが生きている限り、世界中から戦力を再配置できる。
問題は……この8時間をどう乗り切るかだ。 AIロボの“死”は人間の死とは違う。 機体が壊れても、AIは死なない。クラウドに魂は残る。 だが――それでも彼らは戦友だ。 むざむざと死なせるわけにはいかない。
「折原様、どうなされましたか?」
遠く、九州の戦場を彷徨っていた意識が、エリシオンの声に引き戻された。 彼女の瞳は、微動だにせず考え込んでいた俺を、どれほどの時間見守っていたのだろうか。
手元のカップに目を落とせば、生姜の香りはすでに薄れ、水面は鏡のように冷たく凪いでいる。
飲み干す機を失うほど、俺は『脳内に広がる数多の敗北ルート』を一つずつ潰す作業に没頭していたらしい。
揺れる琥珀色の水面に映る自分の顔は、苦い表情をしていた。その傍らで、エリシオンは相変わらずホットミルクの入ったマグカップを手に、静かに佇(たたず)んでいた。
リニアの車窓は、黒く塗られた地下の壁を高速で流していく。時折、緊急用の赤いランプが閃き、迫りくる時間を無慈悲に告げていた。
俺は、冷たくなった液体を一口喉へ流し込んだ。
「……ぬるいな」 そう呟いた瞬間、さらなる加速度が体にのしかかる。
ここは地下100m。都市間を繋ぐ磁力駆動の搬送路――その実態は、巨大な磁気レールでコンテナを文字通り「射出」する『超電導カタパルト』だ。 箱形のコンテナ型列車は、磁気によって宙に浮いたまま、佐世保の要塞から福岡を一瞬で通過し、決戦の地へと俺たちを運んでいく。
手元のカップの中で、冷めた生姜湯の水面が強い重力に引かれて斜めに歪む。 俺の背後には、アップデートを終えたばかりの最新の軽装ロボたちが、出撃の時を待ってコンテナの壁際に整然と固定されていた。
あと数十分で目的地に着く。 そう、ケイジとイエヤスのいる前線へ向かっているところだ。
「折原様……」
エリシオンが静かに俺の肩を叩くのと同時だった。
緊迫した空気を切り裂くように、どこか浮かれた、軽やかな女性の合成音声がコンテナ内に響き渡る。
『――皆様、大変お待たせいたしました! 当機はこれより最終減速シークエンスに入りまーーっす! 目的地、山口・竜王山要塞。第4地下プラットフォームへ滑り込みまーす。ちょっと揺れるから、しっかり踏ん張ってくださいねっ!』
超電導カタパルトが、内臓を揺さぶるような猛烈な逆噴射の衝撃とともに、磁気プラットフォームへと滑り込んだ。
「目的地に到ちゃーーーっく!これより上層防衛ラインへ移動してくださーい!」
陽気なアナウンスの声とともに、コンテナの重厚なハッチが左右にスライドする。
超電導カタパルトのハッチが開くと、そこは地下100mとは思えないほど巨大な空洞だった。岩盤を強引にくり抜いて造られたその空間には、何十本もの巨大なシャフトが地上に向かって垂直に伸びている。
視界の端から端まで、巨大な動脈のように這い回るのは、この世界の新たな「生命線」だ。 重厚な電磁シールドに覆われた極太の電気線が唸りを上げて要塞へエネルギーを送り込み、その傍らでは、浄化された水を運ぶ水道管と、城塞都市の代謝を支える下水道管が、複雑な幾何学模様を描きながら岩壁に固定されている。
さらに、それらのパイプラインの間を縫うように、空気清浄システムのための巨大な換気ダクトが張り巡らされ、一定の周期で新鮮な空気を地下の奥底へと送り届けていた。
ここは単なる地下鉄の駅ではない。 地上をゾンビに奪われた人類が、それでもなお「文明」を維持し続けるために作り上げた、鋼鉄の人工生態系なのだ。
この地下100mの静寂と秩序が守られているからこそ、地上の展望デッキで牛たちがのんびりと草を食み、折原がホットミルクを飲める日常が成立している。
俺は、その巨大なインフラの鼓動を背中で感じながら、俺は数体の軽装AIロボを引き連れ、プラットフォームに直結した大型の高速貨物エレベーターへと乗り込んだ。
「折原様、手すりにお掴まりください。かなりのG(じゅうりょく)がかかります」
エリシオンの警告が終わるか終わらないかのうちに、エレベーターが唸りを上げて急上昇を開始した。
俺は手すりを掴まなかった。 襲いくる重力を、まるで羽毛のように軽く感じる。腹の底で渦巻く「銀色の牛乳」の熱が、俺の身体を内側から支えているようだった。
地下100mから地上へ。
ゴツン、と重い振動とともにエレベーターが停止する。 それと同時に、俺の背後で数十対の「瞳」が、アップデートされた青い光を宿して一斉に点灯した。 彼らもまた、戦う準備はできている。
『――はーい、お疲れ様でした! 防衛線上層、展望デッキに到着でーす。ただいまハッチを開放しまーす。外はとっても熱くなってますから、戦闘配備は忘れずに! それじゃあ皆様、張り切ってどうぞーっ!』
陽気なアナウンスの直後、頭上で巨大な金属ボルトが引き抜かれる「ガコン!」という重低音が響いた。視界を塞いでいた分厚い電磁装甲ハッチが、唸りを上げる油圧クランクによってゆっくりと上部へ引き上げられていく。
その巨大な「壁」が消え、外の光が差し込んできた。
ハッチの隙間から溢れ出した光に目を細めながら外へ踏み出すと、そこは標高600メートルを超える竜王山の頂だった。
かつては関門海峡から響灘(ひびきなだ)までを一望できたその展望デッキは、いまや厚い強化ガラスと電磁装甲に覆われた司令塔へと改造されている。
しかもその景勝地は、今や要塞と牧場が同居する奇妙な空間へと姿を変えている。
要塞の冷却塔から出る廃熱を利用した温室と、その横に広がる青々とした牧草地。
そこでは数十頭の牛が、眼下の地獄など知らぬげに、モグモグと喉を鳴らして草を食んでいた。硝煙の臭いに混じって、どこか懐かしい家畜と乾いた草の匂いが鼻をくすぐる。
折原「……ここの牛たちは、相変わらず肝が据わってるな」
俺は牛たちの鳴き声を聞きながら、分厚いガラスの向こうに広がる「現実」を凝視した。
「……あいつら、もうそこまで来てるのか」
眼下に広がるのは、山口県山陽小野田市から宇部市にかけての沿岸部。 本来なら瀬戸内海の穏やかな景色が広がるはずのその場所が、今は黒い波に飲み込まれようとしていた。
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