S.U.B.N.E.T. ~牛乳AIロボと40代のおっさんが築く、ゾンビ禍の秩序~【全話挿絵付き!】

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日本編

第19話 一〇〇万の死体に二度目の死を〜灼熱の生姜湯と神域のフルバースト〜:地平線を耕す青白い閃光(プラズマ)と、ヴァリシオンの「隠し玉」

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喉の奥から立ち上る生姜の熱気が、脳の隅々にまで浸透していく。 普通なら、一〇〇万という数字を視界に入れただけで人間の精神は圧倒され、思考は停止するはずだ。
だが、今の折原は違った。 牛乳に含まれる高濃度のオレイン酸が、疲弊していた神経細胞を瞬時にコーティングし、生姜の成分が血流を爆発的に加速させている。
視界に映る「黒い津波」が、個々の熱源データとして分離され、折原の脳内で一〇〇万通りの「死の軌跡」へと変換されていく。
(……見える。いや、捉えきれる。これなら――)
ヴァリシオンが持参したあの一杯のホットミルク生姜湯が、折原の意識を「指揮官」から「戦場の神」へと変貌させていた。

「ケイジ、17km先の地点にプラズマ弾をお見舞いしてやれ。」

折原の静かな命令が響いた直後、地平線から一瞬早く、ケイジの野太い咆哮が通信を切り裂いた。

「ハッ! てめえらにくれてやるタマなんざ、腐るほどあるぜ!!」

ケイジがトリガーを引くと、 ドォォォォン!! という重低音と共に、砲口から目も眩むような青白い閃光が走り抜けた。弾丸が超音速で空気を引き裂き、その衝撃波だけで周囲の地面が円形状に爆ぜ飛ぶ。
弾頭が炸裂した瞬間、地平線の彼方に「第二の太陽」が出現した。 数十キロ先で発生した数百万度の熱源。その猛烈な熱放射が、真空に近い速度で防衛ラインへと叩きつけられる。
弾たれ放たれた弾丸は、フェンス手前ではなく――遥か後方、一七キロ先に蠢く「本隊(レギオン)」の密集陣形そのものに吸い込まれた。

その瞬間、世界が白銀に染まった。
炸裂と同時に放たれたのは、数百万度の熱源から生じる光速の熱放射(フラッシュオーバー)だ。
「……っ! 来るぞ、全機耐熱姿勢(ヒート・シールド)!!」
ケイジの咆哮と共に、防衛ラインの全ユニットが磁気膜を最大展開する。 数秒後、一七キロの距離を超えて届いた「熱の壁」がフェンスを直撃した。

一七キロという距離を無視し、展望デッキの強化ガラスを透過して猛烈な赤外線が折原を襲う。
「……っ! あちっ……!」
折原は反射的に腕で顔を覆った。露出した肌がジリジリと焼けるような熱。 エリシオンが瞬時にコンソールを叩き、展望デッキの偏光シールドを最大出力に引き上げる。
モニターには、プラズマの輻射熱で真っ赤に白熱し、溶解寸前で明滅する電磁フェンスの警告表示が乱舞していた。

「イエヤス、フェンスはどうだ!」
『……臨界点まで、あと〇・三度! 冷却系、緊急バイパス展開……ッ!』
イエヤスの声が、歪んだ電子音(ノイズ)となって響く。
『……ダメです! 負荷が相殺しきれません! シールド発生器が熱暴走(オーバーヒート)を開始。バイパスを含む全冷却系が物理的に焼き切れました……! 消失まで、あと七秒……!』
人間なら根性や火事場の馬鹿力で耐えられるかもしれない一瞬。だが、限界値を一ミリでも超えれば機能不全に陥る――それが、あまりに精密すぎるAIロボという種の、逃れられぬ脆弱性(欠点)だった。

――そして、不気味なほどの「静寂」が、折原の意識の中で数一〇秒にも感じられる密度で支配した。

遠方の空で青白い火柱がゆっくりと立ち上るのを、折原たちは息を呑んで見つめることしかできない。
直後。 大気を強引に圧縮しながら突き進んできた「音と爆風」が、一七キロの距離を走破して要塞を直撃した。
ドオォォォォォォォォン!!
地響きと共に、展望デッキが「ガガガッ!」と激しく震動する。強化ガラスが割れんばかりにしなり、凄まじい風圧が要塞の巨体を揺らした。折原は手すりにしがみつき、その圧倒的な「質の暴力」に身を硬くする。
爆光が収まった後、そこには……死体も、ドロドロの溶解液も残っていなかった。遠方の空が青白く焼き付く中、本隊の中心部は原子の霧へと分解され、そこには巨大な「空白のクレーター」が刻まれていた。


「……なるほどな。ただの掃除じゃねえわけだ、隊長ォ!」
モニター越しのケイジが、戦場だというのに獰猛な笑みを浮かべていた。その視線の先で、クレーターの縁に到達したゾンビたちが、足を取られて次々と深淵へと転がり落ちていく。進軍速度が目に見えて鈍化した。

だが、止まってはいない。

残体の数十万の質量がフェンスに押し寄せる圧力は、予想をはるかに超えていた。青白い光を放っていた電磁フェンスは、その輝度をさらに上げ、軋むような高周波音を発生させている。
「エリシオン! ヴァリシオンの『隠し玉』、座標指定完了か!?」
「いつでもどうぞ、折原様!」
エリシオンの返答と同時に、ふと、折原の隣でヴァリシオンがニヤリと笑った。 「デザート代は高くつきますよ、折原様? ……ほら、サービスしちゃいますよ~!さあ、お披露目です!ヴァリシオン特製、鮮度抜群の『MILK-WAY』、いっきま~す!」

ヴァリシオンの陽気な掛け声と共に射出されたのは、無数の白銀の円盤型ドローン群だった。竜王山展望台の屋根から、数百もの小型飛行ドローンが花火のように射出され続けている。 白いボディに赤いマーキングが施されたそれは、蜂の群れのようにうねりながら、電磁フェンスの手前、ケイジの作ったクレーターとクレーターの間に向かって、猛スピードで飛翔していく。
全長一メートルほどのその機体は、大気を滑るように「ミルク・クラウン機動」を描き、ゾンビの頭上を蹂躙していく。機体下部の多連装スロットから吐き出されたのは、粘着性のプラズマ地雷『生クリーム(CM)』だ。



「ただの地雷だと思ったら大間違い。これ、踏んだ瞬間にプラズマが『ホイップ』されて、熱源が数万度まで跳ね上がるんですよ?」

ヴァリシオンが楽しげに指を鳴らす。
地表に散布された「白い点」を踏んだゾンビたちが、次の瞬間、内側から膨れ上がる熱膨張によって「白い火柱」へと変貌していく。
一〇〇万の黒い津波に対し、ヴァリシオンの『MILK-WAY』は、純白の死という名のキャンバスを描き加えていった。



まるで餌をばらまくように、ドローンは空中で次々と小型の物体を投下していった。 それは、地表に落下すると同時に、金属質な音を立てて展開する『自律式誘導地雷』だ。 ケイジが作ったクレーターを避け、残されたゾンビの密集ルートへと正確にばらまかれていく。 ドローンは地雷を投下し終えると、そのままクレーター群の奥地へと突入し、さらなる地雷を散布していく。
「……全機、一斉射撃(フルバースト)開始。一発も無駄にするな、一〇〇万の死体に、二度目の死を与えてやれ」
折原の指先が、ホログラムのモニター上で舞った。 残像にも似た速度で、膨大な数のユニットアイコンが彼の指に誘導され、一〇〇万の絶望を撃ち抜く「死の弾道」が瞬時に計算されていく。 ケイジ、イエヤス、エリシオン、そしてヴァリシオン。 それぞれの能力が、折原の覚醒した演算能力によって、戦場のパズルピースとして完璧に嵌め込まれていく。 地平線を埋め尽くす黒い津波は、いま、折原の「神の指先」の上で踊り始めた。

夜空を真っ赤に染め上げる爆炎。 地平線を埋め尽くしていた「黒い波」は、いまや幾千もの炎の柱によって切り刻まれていた。

ヴァリシオンの地雷がクレーターの間で次々と花を咲かせ、宙に舞った肉塊が白い灰に変える。その凄まじい破壊の光景を、折原はどこか慈しむような、静かな光を宿した瞳で見つめていた。

「……第一波、殲滅率九八パーセント。残存個体はイエヤスの防衛ラインで処理可能」
エリシオンの報告が、静寂を取り戻しつつある展望台に響く。 折原は一度、深く息を吐き、指先に残るわずかな熱——さっきまで持っていたマグカップの感覚——を思い出した。

だが、安堵はない。 炎の向こう側、まだ熱源としてすら認識できない遥か彼方から、大地そのものが鳴動するような、不吉な地鳴りが近づいていた。

「……ヴァリシオン、今のうちにデザートを食べておけ」 「え? どうしたんですか、折原様。そんなに怖い顔して」

折原は答えず、再びモニターを見据えた。 100万という数字さえ、ただの前座に過ぎなかったのではないか。 闇の奥でうごめく「本物」が、いま、厚狭の防衛線にその巨大な影を落とし始めていた。

「全機、撃ち方止め! 弾薬を惜しめ、二波に備えろ!」

折原の鋭い制止とともに、竜王山を揺らし続けていた砲声がピタリと止んだ。 硝煙が風に流され、ヴァリシオンの地雷とケイジの砲撃によって耕された焦土が姿を現す。 そこには、当初の勢いを失い、足を引きずりながらも彷徨う二万体ほどの「生き残り」が、黒いシミのように地面を覆っていた。

「……九割方は削ったはず。だが、おかしいわね」

エリシオンが眉をひそめ、サーマル・モニターの倍率を上げた。 生き残ったゾンビたちが、防衛ラインへの進軍を止め、後方へ下がっている。
後方かなたをズームアップすると、なんと互いに隣り合う個体へ牙を剥き、文字通り「喰らい合い」を始めたのだ。
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