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 父の私室の前にやって来ると、この家の家紋が描かれた両開きの扉が私の前に立ちはだかる。
 普段もあまり父の元へ来る事が無いからここを開ける時は緊張するのだが、今回は理由が理由なだけに緊張で胸が張り裂けそうだ。
 落ち着くために深呼吸をしていると、先に話を通しておいてくれたルドルフが私の横に立ちながら。

「それほど怒っている様子はありませんでしたからご安心下さい……多分」

「最後にボソッと何か言ったよね」

「いえ、何も言っておりません」

 きっぱりとそう言い切ったが一瞬だけルドルフは目を逸らし、やはり何か言ったのだと察する。
 しかし、そんな事を気にしている暇がない私は彼の言葉を信じることにして、もう一度深呼吸してから扉をノックする。

「イルメラか? 入っておいで」

 中から聞こえた父の声に返事をしながら入ると、何かの書類にペンを走らせる父の姿があった。
 その表情が全く読めない顔を見て不安を覚えていると、父は私の方をちらと見て。

「取りあえずそこ座りなさい」

「は、はい」

 父が指差した先、仕事机の前に置かれた椅子に腰かけると、一層緊張でお腹が痛くなって来る。
 大丈夫だと自分に言い聞かせていると父は羽ペンを置き、私に目を合わせて。

「さて、一応お前の口からも話を聞いておこう。話してごらん」

「実は――」

 私はルドルフも説明したのであろうことに加えて、より細かくフロイデンが話していた内容や、最近冷たくて挨拶もしてくれない事を話した。
 黙って頷きながら聞いていた父は全て聞き終えると、さっきまで何かを書いていた書類を私に差し出して。

「あの男が本当にお前を愛していないと分かったら、これにサインをしなさい。そうしたら、私がこれを提出してあげよう」

「えっ」

 その紙は貴族間で使われる婚約破棄の書類で、既に父の名前と判は押されていて、後は私が名前を書くだけで提出出来る状態になっている。
 てっきり止められるのだと思っていただけに驚きが隠せず、困惑しながらも受け取ると、父はおかしそうに笑う。

「父さんがダメだって言うと思ったのか?」

「はい、てっきり殿下の子どもを授かれと言われるのではないかと思っていました」

 実際、王族の婚約者に選ばれた貴族令嬢は別れることなんて許されず、例えどれだけ嫌がっても子どもを授かるように言われた娘があの学園にいる。
 だからこそ、私もそう言われるのだと思っていたのだが……本当に婚約破棄してしまって良いのだろうか。
 すると父は最近ハマっているという味付けされた干し肉を引き出しから取り出しながら。

「確かに父さんとしては殿下と仲良くして欲しいものだが、ムリなものはムリだからな。判断はお前に任せる」

「分かりました。ありがとうございます」

 まさかこんなとんでもないわがままを許してくれるなんて、父はなんて優しいのだろうか。
 心からの礼を言って立ち上がると、父は頑張ってなとだけ言って仕事に戻り、もう一度礼を言った私はルドルフと共に部屋を後にした。
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