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エピソード16 式神
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〈エピソード16 式神〉
二十八歳の会社員の男性が「やっぱ、水月堂の饅頭は美味しそうだよな。これで値段が安ければ俺も買いに行く気になるのに」と自分の町にもある水月堂の支店を思い浮かべる。
十九歳の男子大学生が「試食の饅頭を食べてるイリアは本当に幸せそうだな。やっぱり、イリアも女の子らしく甘いものには弱いのか」と帰りの電車に揺られながら零す。
秋葉原の町をこよなく愛するオタクの男性が「見た目が外国人のイリアちゃんが、お饅頭を食べてるのはちょっと変わった感覚っすね」と言ってニカッと笑う。
高校中退の虐められニートの少年が「水月堂の饅頭はクソ高いんだろ。なら、俺の口には一生、入る気がしねぇな」と悔しそうに鼻を鳴らす。
小学生の少年が「僕もお饅頭が食べたーい」と夕食の準備ができた食卓に着きながら叫ぶ。
ファミレスで働いているアルバイターの男性が「つーか、イリアちゃんに饅頭はミスマッチだろ。食べるならケーキでないと」といちゃもんをつける。
アイドルの追っかけフリーターの男性が「俺の町には水月堂がないから、味は確かめられないな。ちょっと悔しいぜ」と苦笑する。
メイド喫茶で店長を務めている男性が「今度、実家に帰る時は水月堂の饅頭を買って行ってやるかな。そうすれば、親父とお袋も喜ぶだろ」と郷愁のような感情を持つ。
いつもは普通の女子中学生でたまにコスプレイヤーに変身する少女が「イリアちゃんが食べる物は何でも美味しく見えちゃうな。さすがご当地アイドル」と眩しいものでも見たような顔をする。
☆★☆
水月堂のPRを終えると、勇也は自宅に戻って来る。
元々、足が棒になるほど疲れていたのに、気を張らなければならないPR活動までやったのは心身に堪えた。
イリアが勇也の心を煩わせることなく率先してスムーズなPR活動をしてくれたのは助かったが。
水月堂の店員も気前よく試食のお饅頭やお菓子を振舞ってくれたし。
まあ、動画の視聴回数は一時間も経たない内に三十万回を超えたし、今日が終わるころには百万回に届いてくれることだろう。
そうすればまた十万円以上のお金が雪崩れ込んでくる。なればこそ、疲労困憊の体を押してPR活動に励んだ甲斐もあったというものだ。
もっとも、勇也が水月堂に足を運んだのはお金ではなく、ネコマタのためだ。
ネコマタが水月堂の饅頭を欲しがらなければ、幾らお金が稼げても今日はPR活動をやる気はなかったし。
勇也は水月堂の饅頭をテーブルの上に置くと、徐にネコマタがいる護封箱を開け放った。
すると、ふんわりとした光の玉が護封箱から出てきて、それはくるくると回転した後、テーブルの下で猫の形を取る。
いつ見ても幻想的な光景だ。
そんな風に現れた猫は人間のような豊かな表情でしかめっ面をしている。それがまた滑稽に見えたし、勇也も猫に対しては半畳を打ちたくなった。
「何か、おいらに用があるのかよ。言っておくけど、今のおいらは相当機嫌が悪いからな」
ネコマタは昼間のやり取りをまだ根に持っていたのか不貞腐れたように言った。
「そんな生意気な口を利いて良いのか。せっかく水月堂の饅頭を買ってきてやったって言うのに」
勇也はニヤリと口の端を吊り上げた。
「なぬっ!」
ネコマタは雷鳴が轟くのを近くで聞いたかのような反応を見せた。
「一箱、二千五百円もしたんだから、感謝して食ってもらわなきゃ困るぞ。ま、お前のこれからの活躍しだいでは、もっと値の張る饅頭を買ってやるのも吝かではない」
たかが饅頭に二千五百円も出すなんて、昔の勇也だったら正気の沙汰ではないと思っていただろう。
でも、今はお金で片が付くのなら、安いものだとも思い始めていた。
「さすが、ソフィアが選んだ新たなご主人様だけのことはあるな。何だかんだ言って、心が広いや」
ネコマタは色づきの良い肉球で鼻の頭を擦りながら笑った。
「そうだぞ。とにかく、全部、食って良いから機嫌を直せ。ついでに玉露の茶葉も買ってきたからお前もお茶を飲むか?」
玉露の茶葉も水月堂で買ったものだ。
当然、高価格帯の水月堂の茶葉は目が飛び出るほど値段が高かったし、こんな買い物が続くと金銭感覚が狂いそうだ。
「飲むに決まってるよ! おいらはミルクなんかより、お茶の方が大好きなんだ。水月堂のお饅頭を食べながらお茶が飲めるなんておいらは幸せだな」
ネコマタはまるで天にでも昇りそうなホワーンとした笑みを浮かべた。
「現金な奴め。まあ、そういうところは俺のイメージしていた通りだし、何だかほっとしたよ」
勇也はほのぼのとした気持ちになりながら零す。
「おいらって、そんなに分かりやすい奴かな? ソフィアにも似たようなことを言われたけど自覚は全然ないよ」
ネコマタはムゥと唸りながら言った。
「でも、そういうのは悪くないぞ。腹の底で何を考えているのか分からない奴よりは何倍もマシだからな」
「ソフィアも全く同じセリフを言ったし、やっぱり、お前はただ物じゃないな。……まあ、今朝はお前を侮るようなことを言って悪かったよ」
ネコマタは悪びれたようなシュンとした顔で言ったので、勇也もその湿っぽさを吹き飛ばすように笑う。
「別に良いって。とにかく、お前の要求は呑んでやったんだから、これからは俺のことを主人と認めて役に立ってくれよ」
ソフィアの代わりが務まるとは思えないが、主人としての威厳は損なうことなくネコマタとは接していきたい。
「任せて置けって。おいらもお前のことをご主人様と認めてやるし、おいらにできることなら何でもやってやるさ!」
ネコマタは胸を反り返らすと、勇也の期待に応えるような態度で豪語して見せる。その様子は見栄や虚勢にも感じられたが、それでも勇也にとっては頼もしかった。
「じゃあ、これからよろしく頼むぞ、ネコマタ!」
勇也はネコマタとの絆を強めるように手を差し出した。
その手は握手のつもりで出したものだったがネコマタはまるで犬のようにお手をした。それが、勇也の笑いのツボを突く。
何だか、このアパートでの暮らしも賑やかなものになりそうだな。
でも、こういう団欒のようなものは悪くない。まだ、家族が一つだった頃の温かさが蘇ったようだし。
「おうよ! こちらこそ、よろしくな、勇也!」
ネコマタは威勢の良い声を上げると愛嬌たっぷりに、にんまりと笑った。
二十八歳の会社員の男性が「やっぱ、水月堂の饅頭は美味しそうだよな。これで値段が安ければ俺も買いに行く気になるのに」と自分の町にもある水月堂の支店を思い浮かべる。
十九歳の男子大学生が「試食の饅頭を食べてるイリアは本当に幸せそうだな。やっぱり、イリアも女の子らしく甘いものには弱いのか」と帰りの電車に揺られながら零す。
秋葉原の町をこよなく愛するオタクの男性が「見た目が外国人のイリアちゃんが、お饅頭を食べてるのはちょっと変わった感覚っすね」と言ってニカッと笑う。
高校中退の虐められニートの少年が「水月堂の饅頭はクソ高いんだろ。なら、俺の口には一生、入る気がしねぇな」と悔しそうに鼻を鳴らす。
小学生の少年が「僕もお饅頭が食べたーい」と夕食の準備ができた食卓に着きながら叫ぶ。
ファミレスで働いているアルバイターの男性が「つーか、イリアちゃんに饅頭はミスマッチだろ。食べるならケーキでないと」といちゃもんをつける。
アイドルの追っかけフリーターの男性が「俺の町には水月堂がないから、味は確かめられないな。ちょっと悔しいぜ」と苦笑する。
メイド喫茶で店長を務めている男性が「今度、実家に帰る時は水月堂の饅頭を買って行ってやるかな。そうすれば、親父とお袋も喜ぶだろ」と郷愁のような感情を持つ。
いつもは普通の女子中学生でたまにコスプレイヤーに変身する少女が「イリアちゃんが食べる物は何でも美味しく見えちゃうな。さすがご当地アイドル」と眩しいものでも見たような顔をする。
☆★☆
水月堂のPRを終えると、勇也は自宅に戻って来る。
元々、足が棒になるほど疲れていたのに、気を張らなければならないPR活動までやったのは心身に堪えた。
イリアが勇也の心を煩わせることなく率先してスムーズなPR活動をしてくれたのは助かったが。
水月堂の店員も気前よく試食のお饅頭やお菓子を振舞ってくれたし。
まあ、動画の視聴回数は一時間も経たない内に三十万回を超えたし、今日が終わるころには百万回に届いてくれることだろう。
そうすればまた十万円以上のお金が雪崩れ込んでくる。なればこそ、疲労困憊の体を押してPR活動に励んだ甲斐もあったというものだ。
もっとも、勇也が水月堂に足を運んだのはお金ではなく、ネコマタのためだ。
ネコマタが水月堂の饅頭を欲しがらなければ、幾らお金が稼げても今日はPR活動をやる気はなかったし。
勇也は水月堂の饅頭をテーブルの上に置くと、徐にネコマタがいる護封箱を開け放った。
すると、ふんわりとした光の玉が護封箱から出てきて、それはくるくると回転した後、テーブルの下で猫の形を取る。
いつ見ても幻想的な光景だ。
そんな風に現れた猫は人間のような豊かな表情でしかめっ面をしている。それがまた滑稽に見えたし、勇也も猫に対しては半畳を打ちたくなった。
「何か、おいらに用があるのかよ。言っておくけど、今のおいらは相当機嫌が悪いからな」
ネコマタは昼間のやり取りをまだ根に持っていたのか不貞腐れたように言った。
「そんな生意気な口を利いて良いのか。せっかく水月堂の饅頭を買ってきてやったって言うのに」
勇也はニヤリと口の端を吊り上げた。
「なぬっ!」
ネコマタは雷鳴が轟くのを近くで聞いたかのような反応を見せた。
「一箱、二千五百円もしたんだから、感謝して食ってもらわなきゃ困るぞ。ま、お前のこれからの活躍しだいでは、もっと値の張る饅頭を買ってやるのも吝かではない」
たかが饅頭に二千五百円も出すなんて、昔の勇也だったら正気の沙汰ではないと思っていただろう。
でも、今はお金で片が付くのなら、安いものだとも思い始めていた。
「さすが、ソフィアが選んだ新たなご主人様だけのことはあるな。何だかんだ言って、心が広いや」
ネコマタは色づきの良い肉球で鼻の頭を擦りながら笑った。
「そうだぞ。とにかく、全部、食って良いから機嫌を直せ。ついでに玉露の茶葉も買ってきたからお前もお茶を飲むか?」
玉露の茶葉も水月堂で買ったものだ。
当然、高価格帯の水月堂の茶葉は目が飛び出るほど値段が高かったし、こんな買い物が続くと金銭感覚が狂いそうだ。
「飲むに決まってるよ! おいらはミルクなんかより、お茶の方が大好きなんだ。水月堂のお饅頭を食べながらお茶が飲めるなんておいらは幸せだな」
ネコマタはまるで天にでも昇りそうなホワーンとした笑みを浮かべた。
「現金な奴め。まあ、そういうところは俺のイメージしていた通りだし、何だかほっとしたよ」
勇也はほのぼのとした気持ちになりながら零す。
「おいらって、そんなに分かりやすい奴かな? ソフィアにも似たようなことを言われたけど自覚は全然ないよ」
ネコマタはムゥと唸りながら言った。
「でも、そういうのは悪くないぞ。腹の底で何を考えているのか分からない奴よりは何倍もマシだからな」
「ソフィアも全く同じセリフを言ったし、やっぱり、お前はただ物じゃないな。……まあ、今朝はお前を侮るようなことを言って悪かったよ」
ネコマタは悪びれたようなシュンとした顔で言ったので、勇也もその湿っぽさを吹き飛ばすように笑う。
「別に良いって。とにかく、お前の要求は呑んでやったんだから、これからは俺のことを主人と認めて役に立ってくれよ」
ソフィアの代わりが務まるとは思えないが、主人としての威厳は損なうことなくネコマタとは接していきたい。
「任せて置けって。おいらもお前のことをご主人様と認めてやるし、おいらにできることなら何でもやってやるさ!」
ネコマタは胸を反り返らすと、勇也の期待に応えるような態度で豪語して見せる。その様子は見栄や虚勢にも感じられたが、それでも勇也にとっては頼もしかった。
「じゃあ、これからよろしく頼むぞ、ネコマタ!」
勇也はネコマタとの絆を強めるように手を差し出した。
その手は握手のつもりで出したものだったがネコマタはまるで犬のようにお手をした。それが、勇也の笑いのツボを突く。
何だか、このアパートでの暮らしも賑やかなものになりそうだな。
でも、こういう団欒のようなものは悪くない。まだ、家族が一つだった頃の温かさが蘇ったようだし。
「おうよ! こちらこそ、よろしくな、勇也!」
ネコマタは威勢の良い声を上げると愛嬌たっぷりに、にんまりと笑った。
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