アホと魔女と変態と (異世界ニャンだフルlife)

影虎

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一章 出会いの季節

出会いの季節 4

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 沢から程近い大岩の影で、ナスカは今息を殺して沢の淵に来ている獣を眺めていた。
 体長二メートルは越す虎のような体躯に、全身には十センチ程の細長い棘を纏っている。
それはスパイクタイガーである。
 虎の俊敏性を持ちながら、その纏った棘を防衛のためではなく獲物を捕らえるために使うという、厄介なモンスターである。

 見ればスパイクタイガーがは水を飲みにきていたようだ。
 ナスカは音を立てないように大岩に張り付き、ゆっくりと這うように元の場所へと戻っていった。
「……」
 元いた大岩の隙間に戻ると、岩の下の影に子猫を隠し左手で剣を握った。
 剣を持つ手が震える。
―――何故一日に二度もこんな目に……。
 右腕が使えず骨折で熱に侵されている今の彼女は、精神的に参ってしまっていた。
 ハルカとウェンディの内どちらかが傍にいたら、また話しは違ったことだろう。
 だが今は彼女一人しかこの場にいない。
 この重圧とも取れる今の状況で、彼女は一種の錯乱状態へと陥っていた。
―――あの水を飲み終わったら、次は私だ。次は私の番なんだ。
 ふるふる震える手で剣の柄に手をかけると、鞘を左脇に挟み少しだけ剣を引き抜いた。
「身体強化・スピード特化……」
 スパイクタイガーに聞こえないよう、小さく呟く。
 仲間がいない今の状況で魔法を使う際に言葉を発する必要はないのだが、そこはいつも三人で行動していたためにクセがついてしまっていた。
 そして呼吸を整え一気にスパイクタイガーの傍へと躍り出た。
 ふいを付かれたスパイクタイガーはナスカの姿を確認するまでもなく後ろに跳躍する。
 そこへ彼女は剣を横凪ぎに払い、少しだけ外しておいた鞘を投げつけた。鞘は胴体に当たりスパイクタイガーの棘を数本巻き添えにして地面に落ちた。
「せりゃぁぁ―――!」
 そこへ左上段の一撃がスパイクタイガーの左前足を飛ばした。
「くっ、う……」
 無茶な動きが身体に響き、ナスカは片膝をつく。
 それを見逃す程、野生のモンスターは甘くない。その上相手は今、彼女の剣によって腕を切断されたのだ。怒らないハズがない。
「グオォォォ!」
 一気に跳躍するスパイクタイガー。
 全身の棘を飛ばし、彼女を串刺しにしようとする。
「くっ!!」
 彼女は咄嗟に右に跳躍し受け身も何もあったものじゃない着地をする。
「ぎゃぁ!」
 背中に鋭い痛みが走った。その衝撃で剣を落としてしまう。
 地面に突っ伏した所にスパイクタイガーの二射目の棘が突き刺さる。
 防具のお陰で内蔵まで到達していないようだが今はそれどころではない。
 ナスカは痛みで震えながら視線の端に見えた剣に手を伸ばした。
「くはっ!」
 スパイクタイガーは跳躍し彼女の背中へと全体重を載せて押し潰してきた。
 骨が軋み口から血反吐が流れる。
 人が死ぬときは走馬灯が見えると良く聞くが、ナスカはそんなモノは嘘だと思った。
 今死にそうになっている自分の目には一人の幼女の姿が映っていたのだから。

「だから気星占術は嫌いなんじゃ!」
 その幼女は怒ったようにガリガリと頭を掻いていた。
「そこのスパイクタイガー。去ね。さっさと去ね」
 彼女はシッシッと片手を振ると、スパイクタイガーはナスカの背中から一歩退き、歯茎を剥き出しにして威嚇してきた。
「鬱陶しいのぉ。そんなに冥府へ行きたいのじゃな? 片道だけなら案内してしんぜよう」
 幼女は面倒くさそうに右手を上げると、人差し指だけをスパイクタイガーに向けた。
 その瞬間にスパイクタイガーは何か感じ取ったのか、一際大きく咆哮すると、一気に幼女へと跳躍した。
「去ね! アイスニードル!」
 彼女の指先に冷気が集中すると、あっという間に一本の氷の棘ができあがった。ただその棘は一般的なアイスニードルのそれではない。平均のアイスニードルの太さは人の手首ほど、長さは肘から手首までほどだ。しかし彼女の作り出したアイスニードルの太さは人の小指ほど、長さは彼女の身長と同じくらいのものであった。
 そして、決着は一瞬だった。
 彼女の作り出した氷の棘は音速を越えて飛んでいき、跳躍して回避のできないスパイクタイガーの口に突き刺さり、そのまま体を貫いた。
 勢いを殺されたスパイクタイガーの死体はドサリと音を立てて崩れ落ち、遅れて傷口から赤黒い液体をとろとろと吐き出した。
「まったく。釣りはいらぬぞ」
 幼女はその死体には目も暮れず、棘だらけで虫の息になっているナスカのと元へと歩み寄った。
「生きておるか? 生きておるなら返事をせぇ」
 そう呟きなが幼女はおもむろにナスカの身体に刺さった棘に手をかけ、一本一本抜いていった。
「うぅぅ……。あぁぁ……」
 棘を抜く度に呻き声と血が迸る。
「生きておるな。重畳重畳」
 生き生きと棘を抜く幼女の姿は、スプラッター映画の猟奇殺人鬼さながらであった。
 そして全ての棘を抜き取ると返り血で赤く染まった自身のことなど気にした様子もなく、ナスカの横に両膝を付き彼女の身体に両手を添えた。
「パーフェクトヒール」
 緑色の優しい光がナスカの全身を包み込んだ。その光は1分ほど続き、一際大きく光ると瞬く間に光は消え去った。
「これでもう大丈夫じゃ。起きんかい」
 今まで瀕死の状態に陥っていた者にする態度では決してないが、幼女はペシリとナスカの頭を叩いた。
「う、うぅ……」
 ナスカはゆっくりと目を開け呻くように肺から空気を押し出すと、ビクりと起き跳ね「わ、私は!?」と右肩に手を当てた。
「先に言うことがあるじゃろうに!」
「いたっ!」
 キョロキョロと周りを見渡すと、左横に先程の幼女が肩を怒らせてナスカを睨んでいた。
「ここは……、てんごく?」
「んな訳あるか!」
「いたっ!」
 ペシリと幼女はまたナスカの頭を叩いた。
「痛みが、ある」
 キョトンとした目でナスカは幼女を見つめ頭を擦った。
「当たり前じゃ! お主は生きておるんじゃからな」
「いたっ! いたいったら!」
「先に言うことがあるじゃろうが! 礼はどうした、礼は! このシュナ・プロバンスが助けてやったんじゃぞ!」
 幼女シュナはナスカの頭を何度も叩く。
「す、すいませんでした! そうとは知らずに、有り難うございました!」
 叫ぶようにナスカは平伏すると、シュナはそれで満足したのか叩くのを止め、無い胸を張って鼻息を荒くした。
「分かれば良いのじゃ。分かれば」
 うんうん、と頷くシュナを見て、ナスカは『こんな人だったんだ』と少し呆けた調子で考えていた。
 レトラバの町で私塾を開いていた時のシュナをナスカは知らなかった。正確に言うならば、ハルカや他の門下生に魔法を教えている際のことは企業秘密とやらで、町で門下生と共に歩いている所やハルカと談笑しているのは見たことはあるが、実際にこうして話すのは初めてだった。ほぼ面識が無いにも等しいため、その幼女がシュナ・プロバンスだと思い出すのに時間がかかった上、彼女がこんなちょっとアレな性格をしているとは思ってもいなかったのだ。
「お主、よからぬことを考えておるじゃろう!」
「い、いえ! そんなことは!」
 ハッとして我に返ったナスカは慌てて彼女を手で制した。
「まったく……」
 シュナは口をへの字に曲げて腕を組み「はぁ」と息を吐き出した。
「名は?」
「へ?」
「名はどうしたと聞いておろうに! 我は名乗ったのじゃぞ! 名乗りはどうした!」
「な、ナスカ・オーランドです!」
 振りかざされるシュナの手に、ナスカは頭を手で庇い縮こまった。
「まったく……」
 振りかざされた手は落ちることはなかったが、代わりに彼女の口から溜め息が漏れ出した。 
「それで? まだ何かあるのじゃないか?」
「え?」
 ナスカは暫く逡巡し「猫ちゃん!」と立ち上がったかと思うと、脱兎の如く大岩の影の方へと駆けていった。
「猫、じゃと……?」
 彼女の後を追ってシュナは歩いて行くと、ナスカは小さな猫を抱き上げ、泣きそうな顔をして振り向いた。
「弱いモノ虐めとは、感心せんぞ」
「ち、違うから!」
「冗談じゃ。どれ」
 シュナはそっと猫に触れると、「む! マジか!?」と驚きの声を上げた。
「え? まさか……」
「気にするな……。何でもないのじゃ」
 青い顔で心配そうにシュナの顔を見るナスカに「まったく」と小さく呟くと、猫の毛並みを探るように優しく撫でた。
「パーフェクトヒール」
 小さく唱えられたその言葉と共に、猫の身体は緑色の球体に包まれ、やがて一際輝いたかと思うと見る間に光は消えていった。
「すー……」
「これでもう大丈夫じゃろ」
 猫は先程までの弱々しい呼吸からうって変わって、安らかな寝息をたてながら添えられたシュナの手を甘噛みした。
「これこれ。そうがっつくでない。これはお乳ではないぞ」
 ナスカを相手にするような横柄な態度とはまるで違い、声までも優しく響かせていた。
「シュナさん。実は、他にも仲間が来ているんです」
「じゃろうなぁ……」
 ナスカの話したことは状況から見れば当たり前のことであったため、シュナは軽く肩を竦めて答えた。
「で、その仲間とやらは、どっちへ行ったのじゃ?」
「ここの沢を真っ直ぐ、上流の方へと行きました」
「また厄介な」
 猫を撫でていた手を止めて、彼女はバリバリと自身の頭を掻いた。
 何故なら上流の方にはタイラントスパイダーの巣があり、そして黄昏の森に棲む三強の一体でもあるからだ。タイラントスパイダーは一体一体が巨大で凡そ三メートル程の体躯を持ち、牙には獲物を麻痺させる毒線があり噛まれると人間ほどのサイズなら肺の機能を停止させ呼吸困難に陥らせることができる。そして一番厄介なのがこのモンスターはコロニーを持ち、一つの巣に親元の女王が一体に雄の個体が十匹ほど、そこに運悪く子育てシーズンが重なれば子供の個体を数百匹相手にしなければいけないのだ。
 シュナからタイラントスパイダーの巣があることを知らされたナスカは顔を真っ青にして「は、早く助けに行かなきゃ!」と叫んだ。
「それは勿論じゃが、その猫は我が預かろう。お主は剣士じゃろう」
「あ、はい。ありがとうございます」
 そう言ってシュナは彼女から猫を受けとると、おもむろに上着の中に猫を入れ、器用に顔だけを出す形で猫を固定した。
「急ぐぞ」
「はい!」
 大岩の元を後にした二人は、沢に沿って駆け出して行った。

 
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