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一章 出会いの季節
出会いの季節 5
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目の前に群がるタイラントスパイダーをぐるりと見回しながら、ウェンディは今の気持ちを言の葉にのせる。
「ハルカさん、ありがとう……」
「まぁ、言いたくなる気持ちは分かるけど……」
悲壮感しかない今の現状でお互いに死を意識するのは自明の理であった。
「死ぬんじゃないわよ……」
「できうる限りは……」
ハルカが片手を掲げて魔力を高めていくのを横目に、ウェンディは三本の矢を弓につがえる。
「ウィンドカッター・バースト!」
「剛射・火炎!」
風の刃と炎の矢がタイラントスパイダーの群れへと突き刺さっていく。
今彼女たちの目の前にいるタイラントスパイダーは子供である。とはいえ、成体が三メートルを越す巨体であるため子供といえどその大きさは成人男性と変わらない。唯一の救いは、子供のタイラントスパイダーの甲殻が其ほど堅くないということであろう。そのため二人の攻撃は面白いようにタイラントスパイダーを屠っていく。
「ウェンディ。傷の具合は?」
「今は大丈夫です……。それよりも」
二人は呼吸を整え背中合わせに互いの無事を喜ぶが、手持ちの矢の数と魔力残量を感覚で感じとり、額から冷や汗を流した。
「蜘蛛に食われて死ぬなんて、絶対に嫌よ」
ハルかは鞄からポーションを取り出し、一息に飲み干すと空になった瓶をタイラントスパイダーに投げ付けた。
「それは同意ですけれど、この状況では……」
矢をひっきりなしにつがえながら、時折死骸に突き立った矢をつがえ、折れている矢は弓につがえずに直接鏃を突き立てていく。
それでもこの数だ。
遭遇してから既に百体以上子供のタイラントスパイダーを屠っているが、一向に数が減っている気がしない。それでも今まで二人が無事でいられるのは成体が現れていないからだ。
もしも今、成体が現れたら……。
ゾクりと肩を震わせてハルカは頭を髪をかき上げると「ウェンディ下がって!」と叫んで両手をタイラントスパイダーの群れへと向けた。
―――魔力がごっそり持っていかれるけど、そんなこと言ってられない!
「ウインドブラスター!!」
ハルカの両腕から風の塊が発射された。
それは風であるため目で大きさを確認することはできないが、唸りを上げて流れていく空気の塊が目の前にいるタイラントスパイダーの群れを大地ごと抉っていく。
やがて音が止み糸を引くように風の塊が過ぎ去っていく。
「これは……!」
ハルカの放った風は、タイラントスパイダーの群れをほぼ持っていってしまった。
残っていた個体も足が取れていたり、巻き込まれた個体とぶつかって潰れていたりと上々の結果であった。
「はぁ、はぁ……」
ハルカにとって切り札と言うべきウインドブラスターを使った結果ではあるが、彼女はもう立っているのがやっとであった。急激な魔力の欠乏によって軽く眩暈もする。
「ハルカさん!」
倒れそうになるハルカの肩を咄嗟に抱き止めると「い、今の、内に」と荒い息を吐き出しながら彼女はウェンディに目配せしてきた。
縦に首を振りウェンディはハルカに肩を貸すと、二人は足早にこの場を後にしようと踵をかえすと、背中にゾクりとしたもの感じ取った。
「――!」
咄嗟にウェンディはハルカの身体を横に投げ飛ばし自信も反対にジャンプすると、二人のいた場所に小山のような影が降り立った。
「お、遅かった……」
その姿に目を向けると、どちらともなくそう呟いてしまった。
頭部に光る八つの赤い目からははっきと自分たちを睨んでいることが感じ取られ、黒く蠢く牙からはしとしとと毒液が滴り黄色い水溜まりが作られいた。
「くっ!?」
ハルカは直ぐ様鞄に手を突っ込みポーションを探ったが、中は濡れて瓶の欠片が出てくるだけだった。
―――終わった。
ハルカの心は度重なる心労と絶望によってポッキリと折れてしまった。
震える手の上にあるポーションで濡れた瓶の欠片を見詰めながら「ナスカ、ウェンディ、ごめん」と彼女はそれを握り締めた。自分の指から血が滴るのも構わず彼女は自らの首に切っ先を突き付ける。
「は、ハルカさん!?」
彼女の行為にウェンディは慌てて飛び出し手を伸ばした。
「この馬鹿者が!!」
ハルカの首に切っ先が突き刺さる前に、小さな影が彼女の手から瓶の欠片を叩き落とした。
―――☆―――☆―――
それは十分ほど前のことであった。
僕は天界から送り出された時のように意識が遠退くと、とても暖かい感触が背中に感じられた。
うっすらと目を開いて見てみれば、視界の端では沢が流れ誰かの足がその近くの草むらを走る音が下から聞こえる。
僕は身体が求めるままに大きく欠伸をした。
「お、起きたのじゃな」
優しい声音が頭の上から聞こえる。
そこで天界で見ていたことを僕は思い出した。向こうで意識がなくなるとき僕は確か、シュナとかいう口より先に手が出る女性に助けられていた気がする。それと同時にナスカという女性がが叩かれまくっていたのを思い出し、僕はブルブルと震え「み、みぃ……」と鳴きながら見上げてみた。
「おぉ、よしよし。取って食ったりはせんからの。安心するのじゃ」
走りながら彼女は僕の怯えを感じ取ったのか、頭に手をおいてよしよしと優しく撫でてきた。
「猫ちゃん、起きたんですか?」
シュナの後ろから近付いてきたナスカが僕のことを見て安堵の表情をうかべた。
確かにシュナの言う通りに、僕を食べたりはしないだろう。
それに天界で見ていた限り僕は、この女性たちのお陰で助かった筈である。
なので僕はシュナのシャツから片手を出し「みぃ!」と元気よく鳴いた。ありがとうと伝えたかったのである。
「多分じゃが、ありがとうといっておるのじゃろう」
おお、伝わった。
やってみるもんだ。
じゃあついでに……。
「みぃ―――」
―――腹減った―――。
思えば三日前に虫を食べてから何も口にしていなかった。
最初転生したばかりの頃は『できれば』日本にある既製品とはいかなくとも、何かしらの精神的に辛くない食べ物を探していたが、落とされた場所柄それどころではなかった。むしろ僕のようななんの力も持たない猫に食べられる自然生物なんて、自分の身体より小さな虫か動かない植物くらいだった。だから最初は虫はちょっと、というかかなり精神的に無理だったため植物を口にしていた。
でもね、植物はね、吐き気が出るだけでむしろ胃が空になるんだよね。
それで僕は思い出した。確か猫とか犬とかって、毛玉吐くために植物食べて吐き出してたって。あれってどの植物食べてもなるんだね。
―――よい子は真似しちゃダメだよ。
そうなると残るは虫だけ。
分かる? 虫食うんだよ? 現代で生きた都会っ子の僕が……。
そりゃ最初は勇気がいったよ。もう死にそうなくらい。いっそのことこの虫食わずに餓死してやろうかと思うくらい。この時はホントに何で『猫になりたい』て言っちゃったんだろうって、物凄く後悔したよ。
それでも身体は正直なもので、お腹を減らしてふらふらと歩いていた僕は見つけたんだ。
蟻を。
蟻ならいいかな? 蟻だもんね。蟻ならなんか、知らない民族の人たちが、オヤツだって言って食べてたもんね。
だから僕は、地面に列を作る蟻を……。
『自主規制』
この世界に来てからサバイバル能力のない僕は、まともなご飯を食べていない。
だから僕は上を向いてシュナに鳴いてみたのだが。
「すまぬな。少し待っておれよ」
彼女は真っ直ぐと前方を見詰めていた。
その視線の先には体長三十センチ程の大きさの蜘蛛が、群れをなして迫ってきていた。
「ウインドカッター」
「はぁぁぁ!!」
無数の風の刃が空を裂き、ナスカの剣がタイラントスパイダーの屍を作っていく。
紫色の返り血をものともせず二人は敵陣の中を突っ走る。
「鬱陶しいのぉ」
そう小さく呟くと彼女はピタリと立ち止まり、地面に右手を添えた。彼女の魔力の高揚と共に右腕にピリピリと電流が走る。
「ナスカ! 翔べ!」
振り返ったナスカは彼女の腕から迸る電流を見て慌てて膝に力を入れた。僕も強くなる光に目を開けていられなくなり、シュナのシャツの中に隠れて目を閉じた。
「サンダードライブ!」
網の目に、縦横無尽に、時に交差し、時に直線的に、時に弧を描いて、シュナの放った電流は地を走った。
「あ、危な、かった……」
身体強化で常人よりも高く飛び上がったナスカはプスプスと煙を上げるタイラントスパイダーの群れを見ながら冷や汗を流した。
そして着地と同時にどこからか突風が叩きつけられ、ナスカはシュナに激突する。
「きゃぁぁ」
「あいたっ! ムゥ、気を付けんか!」
飛んできた彼女を抱き止めると、即座にシュナは結界を張りその突風から身を守った。
「くっくっ。腕を上げたのぉ」
結界の内側から今起こっている顛末を眺めながら、シュナは楽しそうに呟いた。
「この風が何処からきて誰がやったか、分かるんですか?」
「ん? 決まっておろう。ハルカじゃよ。魔力の『匂い』で分かるわ」
魔力の匂い? とハルカと同様、僕も頭に疑問符を浮かべた?
「魔力の『匂い』とは、単なる表現じゃ。細かく言うならば、魔力には人によってそれぞれ特色がある。我はそれを感じておるだけじゃ」
「それって、私や猫ちゃんにも?」
「勿論じゃ。生きているものなら全て、個々の魔力を持っておるからの」
へぇ――。魔力ってどう感じるんだろう?
そう思い僕は首を傾げてシュナを見上げたが、彼女は「今はそれよりも」と突風が止まったのと同時に結界を解き、風が向かってきた方向に目を向けた。
「不味いのぉ……」
「え!?」
渋い顔をして顎に手を当てる彼女を前に、ナスカは身構えた。
「急ぐぞ!」
「は、はい!」
二人は細くなった沢の横を駆け抜け、草木が茂る獣道を抜けるとやがて大きな樹木が立ち並ぶ開けた場所に出た。
開けたとは言っても実際は先程の突風で樹木がへし折れ、草花が無理矢理吹き飛ばされた場所であった。
そしてその中心には三メートルを越す巨大な蜘蛛に囲まれた二人の女性がいた。そしてその内の一人、黒髪の女性が自らの喉元にガラスの破片を突き付けていた。
「結界!!」
右手を手前に掲げ前方の人影の周りに結界を張ると、がっしりとナスカの襟首を掴みシュナは鬼の形相で駆けていった。
「この馬鹿者が!」
タイラントスパイダーの間を駆け抜け、シュナはその黒髪の女性が手にした瓶の欠片を叩き落とした。
「しゅ、シュナ、せんせい……!?」
「何を呆けておるんじゃ!!」
そう言ってシュナは僕の目の前にいる女性、ハルカの胸倉を掴み往復ビンタをお見舞いする。
―――うわぁ。容赦ねぇ。
「み、みぃ……」
「己の命を捨てて戦うことを止めるなぞ、我は教えた覚えはないぞ!」
あんまり可哀想なので僕はシュナの胸倉から手を伸ばし、彼女の顔を肉球でペチペチした。いわゆる猫パンチである。
「お、おぅ、すまぬな。つい頭に血が登っての」
彼女から手を離したシュナは、僕の頭に手を伸ばし優しく撫でてきた。
「みぃ」
この身体になってから頭を撫でられる気持ちよさに目覚めてしまったようだ。
「い、いたい……」
両の頬を抑えてハルカは俯くと「ハルカ!」と二人の女性が彼女の身体に覆い被さった。
「ご、ゴメン……」
二人の温もりを感じたのか、ハルカは目元に涙を浮かべていた。
「さてと、やるかの」
シュナはその三人の光景を見て「まぁよいか」と頷くと、振り返り結界を解いた。
「みぃ!」
今の僕は完全に虎の威を借る狐よろしく、シュナの胸元から『やれ! やれ!』と声を上げた。
「ブリザードストーム!」
彼女の一声と共に風が逆巻き周囲の水分を氷結させながら大地を抉っていく。
生き残っていた子蜘蛛も成体も関係なく嵐に巻き込まれたものは悉く氷付けになり、互いにぶつかり合ったり樹木や岩に当たり砕け散っていった。
―――えげつねぇ。
やがて嵐が収まり、場は静まり返った。
シュナを中心とした半径五十メートルほどが凍り付き、草木がなくなった土肌が直接表面に顔を出していた。
「やはり、来るか……」
シュナはゆっくりと右側に顔を向けると、その向こうの林の間から一体のタイラントスパイダーが現れた。
「く、クイーン……」
シュナの後ろにいる三人の、息を飲む声が聞こえた。
「ハルカさん、ありがとう……」
「まぁ、言いたくなる気持ちは分かるけど……」
悲壮感しかない今の現状でお互いに死を意識するのは自明の理であった。
「死ぬんじゃないわよ……」
「できうる限りは……」
ハルカが片手を掲げて魔力を高めていくのを横目に、ウェンディは三本の矢を弓につがえる。
「ウィンドカッター・バースト!」
「剛射・火炎!」
風の刃と炎の矢がタイラントスパイダーの群れへと突き刺さっていく。
今彼女たちの目の前にいるタイラントスパイダーは子供である。とはいえ、成体が三メートルを越す巨体であるため子供といえどその大きさは成人男性と変わらない。唯一の救いは、子供のタイラントスパイダーの甲殻が其ほど堅くないということであろう。そのため二人の攻撃は面白いようにタイラントスパイダーを屠っていく。
「ウェンディ。傷の具合は?」
「今は大丈夫です……。それよりも」
二人は呼吸を整え背中合わせに互いの無事を喜ぶが、手持ちの矢の数と魔力残量を感覚で感じとり、額から冷や汗を流した。
「蜘蛛に食われて死ぬなんて、絶対に嫌よ」
ハルかは鞄からポーションを取り出し、一息に飲み干すと空になった瓶をタイラントスパイダーに投げ付けた。
「それは同意ですけれど、この状況では……」
矢をひっきりなしにつがえながら、時折死骸に突き立った矢をつがえ、折れている矢は弓につがえずに直接鏃を突き立てていく。
それでもこの数だ。
遭遇してから既に百体以上子供のタイラントスパイダーを屠っているが、一向に数が減っている気がしない。それでも今まで二人が無事でいられるのは成体が現れていないからだ。
もしも今、成体が現れたら……。
ゾクりと肩を震わせてハルカは頭を髪をかき上げると「ウェンディ下がって!」と叫んで両手をタイラントスパイダーの群れへと向けた。
―――魔力がごっそり持っていかれるけど、そんなこと言ってられない!
「ウインドブラスター!!」
ハルカの両腕から風の塊が発射された。
それは風であるため目で大きさを確認することはできないが、唸りを上げて流れていく空気の塊が目の前にいるタイラントスパイダーの群れを大地ごと抉っていく。
やがて音が止み糸を引くように風の塊が過ぎ去っていく。
「これは……!」
ハルカの放った風は、タイラントスパイダーの群れをほぼ持っていってしまった。
残っていた個体も足が取れていたり、巻き込まれた個体とぶつかって潰れていたりと上々の結果であった。
「はぁ、はぁ……」
ハルカにとって切り札と言うべきウインドブラスターを使った結果ではあるが、彼女はもう立っているのがやっとであった。急激な魔力の欠乏によって軽く眩暈もする。
「ハルカさん!」
倒れそうになるハルカの肩を咄嗟に抱き止めると「い、今の、内に」と荒い息を吐き出しながら彼女はウェンディに目配せしてきた。
縦に首を振りウェンディはハルカに肩を貸すと、二人は足早にこの場を後にしようと踵をかえすと、背中にゾクりとしたもの感じ取った。
「――!」
咄嗟にウェンディはハルカの身体を横に投げ飛ばし自信も反対にジャンプすると、二人のいた場所に小山のような影が降り立った。
「お、遅かった……」
その姿に目を向けると、どちらともなくそう呟いてしまった。
頭部に光る八つの赤い目からははっきと自分たちを睨んでいることが感じ取られ、黒く蠢く牙からはしとしとと毒液が滴り黄色い水溜まりが作られいた。
「くっ!?」
ハルカは直ぐ様鞄に手を突っ込みポーションを探ったが、中は濡れて瓶の欠片が出てくるだけだった。
―――終わった。
ハルカの心は度重なる心労と絶望によってポッキリと折れてしまった。
震える手の上にあるポーションで濡れた瓶の欠片を見詰めながら「ナスカ、ウェンディ、ごめん」と彼女はそれを握り締めた。自分の指から血が滴るのも構わず彼女は自らの首に切っ先を突き付ける。
「は、ハルカさん!?」
彼女の行為にウェンディは慌てて飛び出し手を伸ばした。
「この馬鹿者が!!」
ハルカの首に切っ先が突き刺さる前に、小さな影が彼女の手から瓶の欠片を叩き落とした。
―――☆―――☆―――
それは十分ほど前のことであった。
僕は天界から送り出された時のように意識が遠退くと、とても暖かい感触が背中に感じられた。
うっすらと目を開いて見てみれば、視界の端では沢が流れ誰かの足がその近くの草むらを走る音が下から聞こえる。
僕は身体が求めるままに大きく欠伸をした。
「お、起きたのじゃな」
優しい声音が頭の上から聞こえる。
そこで天界で見ていたことを僕は思い出した。向こうで意識がなくなるとき僕は確か、シュナとかいう口より先に手が出る女性に助けられていた気がする。それと同時にナスカという女性がが叩かれまくっていたのを思い出し、僕はブルブルと震え「み、みぃ……」と鳴きながら見上げてみた。
「おぉ、よしよし。取って食ったりはせんからの。安心するのじゃ」
走りながら彼女は僕の怯えを感じ取ったのか、頭に手をおいてよしよしと優しく撫でてきた。
「猫ちゃん、起きたんですか?」
シュナの後ろから近付いてきたナスカが僕のことを見て安堵の表情をうかべた。
確かにシュナの言う通りに、僕を食べたりはしないだろう。
それに天界で見ていた限り僕は、この女性たちのお陰で助かった筈である。
なので僕はシュナのシャツから片手を出し「みぃ!」と元気よく鳴いた。ありがとうと伝えたかったのである。
「多分じゃが、ありがとうといっておるのじゃろう」
おお、伝わった。
やってみるもんだ。
じゃあついでに……。
「みぃ―――」
―――腹減った―――。
思えば三日前に虫を食べてから何も口にしていなかった。
最初転生したばかりの頃は『できれば』日本にある既製品とはいかなくとも、何かしらの精神的に辛くない食べ物を探していたが、落とされた場所柄それどころではなかった。むしろ僕のようななんの力も持たない猫に食べられる自然生物なんて、自分の身体より小さな虫か動かない植物くらいだった。だから最初は虫はちょっと、というかかなり精神的に無理だったため植物を口にしていた。
でもね、植物はね、吐き気が出るだけでむしろ胃が空になるんだよね。
それで僕は思い出した。確か猫とか犬とかって、毛玉吐くために植物食べて吐き出してたって。あれってどの植物食べてもなるんだね。
―――よい子は真似しちゃダメだよ。
そうなると残るは虫だけ。
分かる? 虫食うんだよ? 現代で生きた都会っ子の僕が……。
そりゃ最初は勇気がいったよ。もう死にそうなくらい。いっそのことこの虫食わずに餓死してやろうかと思うくらい。この時はホントに何で『猫になりたい』て言っちゃったんだろうって、物凄く後悔したよ。
それでも身体は正直なもので、お腹を減らしてふらふらと歩いていた僕は見つけたんだ。
蟻を。
蟻ならいいかな? 蟻だもんね。蟻ならなんか、知らない民族の人たちが、オヤツだって言って食べてたもんね。
だから僕は、地面に列を作る蟻を……。
『自主規制』
この世界に来てからサバイバル能力のない僕は、まともなご飯を食べていない。
だから僕は上を向いてシュナに鳴いてみたのだが。
「すまぬな。少し待っておれよ」
彼女は真っ直ぐと前方を見詰めていた。
その視線の先には体長三十センチ程の大きさの蜘蛛が、群れをなして迫ってきていた。
「ウインドカッター」
「はぁぁぁ!!」
無数の風の刃が空を裂き、ナスカの剣がタイラントスパイダーの屍を作っていく。
紫色の返り血をものともせず二人は敵陣の中を突っ走る。
「鬱陶しいのぉ」
そう小さく呟くと彼女はピタリと立ち止まり、地面に右手を添えた。彼女の魔力の高揚と共に右腕にピリピリと電流が走る。
「ナスカ! 翔べ!」
振り返ったナスカは彼女の腕から迸る電流を見て慌てて膝に力を入れた。僕も強くなる光に目を開けていられなくなり、シュナのシャツの中に隠れて目を閉じた。
「サンダードライブ!」
網の目に、縦横無尽に、時に交差し、時に直線的に、時に弧を描いて、シュナの放った電流は地を走った。
「あ、危な、かった……」
身体強化で常人よりも高く飛び上がったナスカはプスプスと煙を上げるタイラントスパイダーの群れを見ながら冷や汗を流した。
そして着地と同時にどこからか突風が叩きつけられ、ナスカはシュナに激突する。
「きゃぁぁ」
「あいたっ! ムゥ、気を付けんか!」
飛んできた彼女を抱き止めると、即座にシュナは結界を張りその突風から身を守った。
「くっくっ。腕を上げたのぉ」
結界の内側から今起こっている顛末を眺めながら、シュナは楽しそうに呟いた。
「この風が何処からきて誰がやったか、分かるんですか?」
「ん? 決まっておろう。ハルカじゃよ。魔力の『匂い』で分かるわ」
魔力の匂い? とハルカと同様、僕も頭に疑問符を浮かべた?
「魔力の『匂い』とは、単なる表現じゃ。細かく言うならば、魔力には人によってそれぞれ特色がある。我はそれを感じておるだけじゃ」
「それって、私や猫ちゃんにも?」
「勿論じゃ。生きているものなら全て、個々の魔力を持っておるからの」
へぇ――。魔力ってどう感じるんだろう?
そう思い僕は首を傾げてシュナを見上げたが、彼女は「今はそれよりも」と突風が止まったのと同時に結界を解き、風が向かってきた方向に目を向けた。
「不味いのぉ……」
「え!?」
渋い顔をして顎に手を当てる彼女を前に、ナスカは身構えた。
「急ぐぞ!」
「は、はい!」
二人は細くなった沢の横を駆け抜け、草木が茂る獣道を抜けるとやがて大きな樹木が立ち並ぶ開けた場所に出た。
開けたとは言っても実際は先程の突風で樹木がへし折れ、草花が無理矢理吹き飛ばされた場所であった。
そしてその中心には三メートルを越す巨大な蜘蛛に囲まれた二人の女性がいた。そしてその内の一人、黒髪の女性が自らの喉元にガラスの破片を突き付けていた。
「結界!!」
右手を手前に掲げ前方の人影の周りに結界を張ると、がっしりとナスカの襟首を掴みシュナは鬼の形相で駆けていった。
「この馬鹿者が!」
タイラントスパイダーの間を駆け抜け、シュナはその黒髪の女性が手にした瓶の欠片を叩き落とした。
「しゅ、シュナ、せんせい……!?」
「何を呆けておるんじゃ!!」
そう言ってシュナは僕の目の前にいる女性、ハルカの胸倉を掴み往復ビンタをお見舞いする。
―――うわぁ。容赦ねぇ。
「み、みぃ……」
「己の命を捨てて戦うことを止めるなぞ、我は教えた覚えはないぞ!」
あんまり可哀想なので僕はシュナの胸倉から手を伸ばし、彼女の顔を肉球でペチペチした。いわゆる猫パンチである。
「お、おぅ、すまぬな。つい頭に血が登っての」
彼女から手を離したシュナは、僕の頭に手を伸ばし優しく撫でてきた。
「みぃ」
この身体になってから頭を撫でられる気持ちよさに目覚めてしまったようだ。
「い、いたい……」
両の頬を抑えてハルカは俯くと「ハルカ!」と二人の女性が彼女の身体に覆い被さった。
「ご、ゴメン……」
二人の温もりを感じたのか、ハルカは目元に涙を浮かべていた。
「さてと、やるかの」
シュナはその三人の光景を見て「まぁよいか」と頷くと、振り返り結界を解いた。
「みぃ!」
今の僕は完全に虎の威を借る狐よろしく、シュナの胸元から『やれ! やれ!』と声を上げた。
「ブリザードストーム!」
彼女の一声と共に風が逆巻き周囲の水分を氷結させながら大地を抉っていく。
生き残っていた子蜘蛛も成体も関係なく嵐に巻き込まれたものは悉く氷付けになり、互いにぶつかり合ったり樹木や岩に当たり砕け散っていった。
―――えげつねぇ。
やがて嵐が収まり、場は静まり返った。
シュナを中心とした半径五十メートルほどが凍り付き、草木がなくなった土肌が直接表面に顔を出していた。
「やはり、来るか……」
シュナはゆっくりと右側に顔を向けると、その向こうの林の間から一体のタイラントスパイダーが現れた。
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