アホと魔女と変態と (異世界ニャンだフルlife)

影虎

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一章 出会いの季節

出会いの季節 6

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 タイラントスパイダーのクイーンには、他の蜘蛛にはないものがある。
 臀部の産卵管である。
 これは注射針のように細長くなっており、捕まえた獲物に生きたまま突き刺し卵を産む。そして刺された獲物は、子供が卵から孵るまで糸でからめとられたまま、生かされ続けるのである。
 殆どの被捕食者からすれば、これほどの生き地獄は決してありはしないだろう。
 生きたまま子蜘蛛に内蔵から食われていくのだから。

 しかし、今の状況の場合では違う。
 タイラントスパイダーはこの森における最強の一角ではあるが、目の前に立ちはだかる相手はその身に宿る魔力の桁が違えばこれまでに培ってきた経験も違う。
 故に、クイーンが呆気ないほどシュナに瞬殺されたのは世の道理と言っていいのではないだろうか。
 と、その幼女からお叱りと治療を施されながらハルカはそう思っていた。
「聞いておるのか!? この馬鹿者が!!」
「は、はい!」
「あ、あの、シュナ、さん……」
「なんじゃ!」
 首を縮めて正座させられているハルカに助け船を出すつもりで話しかけたウェンディは、シュナから睨まれて萎縮してしまう。
「早く言わんか!」
「あ、あ、あの! シュナさんは、どうしてこちらに?」
「なんじゃ、そのことか」
 その質問はここにいる三人の他にも、噂を聞いたことがあるものならば誰もが抱く疑問であった。
「それはのぉ。気星占術のせいじゃ」
「き、きせいせんじゅつ?」
「知らんのか? ハルカ。覚えておるじゃろうな? 説明せぃ」
「は、はい」
 姿勢を正し、ハルカは深く息を吐き出すと、目を瞑って思い出しながら話し始めた。
「気星占術とは、名前の通り占いよ。ただ、普通の占星術とは違って星の配置だけではなく、この星に流れる魔力の流れも見るの。その魔力にも色んなものがあって、簡単にはいかないのだけど……」
 額に手を置いて軽く小突きながら「ええと」と唸りながらハルカは俯く。
「生物と星の魔力の精査じゃ」
「は、はい!」
 シュナに助け船を出され、ハルカはハッとする。
「そ、その、生物と星の魔力の違いを一つ一つ精査していくと、最後に星同士が共鳴している魔力の流れが見えるようになるの。この共鳴する魔力は星同士の距離が遠いから、ほんの微弱なもので、とっても見辛いのよ。そこで、占星術と掛け合わせて未来を占うのだけど……」
「これが当たりはするが、期間が曖昧過ぎてのぉ」
 頭をバリバリかきながらため息を吐き出すと、シュナは胸に抱えた猫に手を置いて話を引き継いだ。
「三年前になるかのぉ。気星占術でこの辺りに『災禍の獣』と戦う定めを持った者が現れる、我はその者と会い守らねばならぬ、と占いで出たのじゃ」
「さいかの、けもの?」
「知らぬのも道理じゃな。もう千二百年以上も前の話しじゃし、我も母上より伝え聞いているだけじゃからのぉ」
 シュナは腕を組んで目を瞑り、昔を思い出しながら話し始めた。
「千二百年前、この大陸に一体の獣が現れたそうじゃ。その獣は黒い身体に真っ赤に光る双眸を持っており、睨んだだけで生物の命を刈り取るほどの波動を周囲に撒き散らしておったそうじゃ。勿論そんな輩がただ黙っておる訳もなく、破壊の衝動に駆られるままに目についたモノを片っ端から破壊していったそうじゃ。人も魔物も国も自然も、分け隔てなくな。
 やがて人々は手を携え、その獣と対峙した。数々の犠牲を払いながらも、神の力を受け継いだ勇者たちの助力によって災禍の獣は天界に魂を封印されたそうじゃ」
「そんなお伽噺もあるんですね」
「そう、おもうじゃろうな……」
 シュナは自嘲するように軽く笑いながら、抱えた猫を優しく撫でる。
「まぁ、災禍の獣については追々分かるじゃろ。もっとも我もその時代を生きてきた訳じゃないからのぉ。尾ひれはひれはいくらでもついておるじゃろぉ。」
「じゃぁ、シュナ先生はそのお伽噺に出てくるような災禍の獣と戦う者と出会うために、三年もここで待っていたってことですか?」
 怒りを孕んだ瞳でハルカはシュナを睨み付ける。
「まぁ、そうなるのぉ」
「!!」
 飄々と答えるシュナにハルカは立ち上がると拳を握り締めて睨み付けた。
「私が、私たちが先生のことを、どれ程心配したか知ってるんですか!!」
「ふふ。すまんかったの。ハルカ」
 自分の教え子の気持ちが嬉しかったシュナは、ハルカの頬に触れながら優しく撫でた。
「書き置きくらいはしてくるべきじゃったのぉ」
「もぉ……!」
 涙が伝う頬を撫でられながら、ハルカは今やっと出会い焦がれていた待ち人に出会うことができたのだという実感を持つことができ、シュナの手を取り膝から崩れ嗚咽を漏らした。
「おー、よしよし」
 シュナは胸元にハルカの頭を片手で抱くと、後頭部に伸ばした手で優しく撫でた。
「みぃ」
 シュナの胸元で空気になっていた子猫も、か細い声をあげてハルカの顔をチロチロと舐めた。
「あ、ありが、とう……」
 シュナから奪う形でハルカは子猫を抱き寄せると、ニッコリと微笑んだ。
「ハルカ」
 彼女の肩をポンと叩いてナスカとウェンディが微笑みかける。
 ハルカは二人に軽く頷き一つ大きく深呼吸すると、目尻をゴシゴシと擦ってからシュナの方を向いた。
「それで……、シュナ先生が探していた人は、見付かったんですか?」
「ん? あぁ……、うん」
 先程まで優しい微笑みを湛えていたシュナは、子猫に目を向けて歯切れ悪く苦笑を浮かべた。
「シュナ先生の占いが、外れたんですか?」
「そういう訳では、ないのじゃがのぉ……」
 後頭部をバリバリと掻いて、シュナはため息を吐き出した。
「まぁよい。どうせじゃ」
 三人の方を向きハルカから子猫を奪うと、彼女たちに子猫の顔を向けさせた。
「この猫が、我の探していた者、かもしれん」
「え!? この子猫が?」
「かもしれん! じゃ」
 驚く三人にシュナは声を荒げる。
「みぃ?」
 全部事情を知ってるくせに、何も知らないような無垢な表情を浮かべ子猫は首を傾げてシュナを見上げる。
「魔力の反応がの、一般の生物とは違うのじゃ。まだ子猫じゃから断言はできんがのぉ」
 シュナの言葉に目を丸くして三人はその子猫を見つめた。
「何も人間とは限らんからの。災禍の獣と戦う者は」
「それでも、子猫だなんて……」
「まぁ、信じられんのはわかるがのぉ。取り敢えず、大人になるまで待ってみるしかあるまい。そうすれば、魔力の反応がしっかりするからの」
「では、シュナさんはそれまで、この子猫を飼うことになるんですの?」
「そおなるのぉ」
 シュナは子猫をまたシャツの下から胸元に入れ直すと、ここに来たときと同じように子猫の頭を彼女の首下から出させた。
「まぁ、という訳じゃから、町に帰るとするかのぉ。色々と調べたいこともあることじゃし。ハルカみたいに心配しとる弟子たちもおるじゃろうしのぉ」
「は、はい。分かりました」
 ハルカは彼女の言葉に頬を赤らめて頷いた。
 そしてシュナを先頭にして彼女たちは、町への帰路へとついたのだった。

―――☆―――☆―――

 赤子は見ていた。

 無垢な赤子にとって意味など何も理解できるはずがないのに、目を見開いて夜空に走る一筋の青白い光を見つめている。

「ふわ、くわ、とぅたた」
 両手を空にかざし、その光を掴もうとするかのように掌を開いたり閉じたりする。
「何を見てるんだい? パメラ」
 赤子の白い髪を撫でながら赤い瞳が見つめる夜空に彼女は目を向けた。
「何だい、ありゃ……?」
 その向こう側には先程と同じく、大きな流星が尾を引いている筈であった。
 しかし彼女が見たものはジグザグに軌道を変える光の玉であった。まるでパメラと呼ばれた赤子が手を動かすのに併せて操られているかのように。
「お前が、やってるのかい……?」
 自分で言っておきながら『まさか』と自嘲する。
「おーい、母ちゃん」
「何だよ。大きな声出すんじゃないよ。パメラが泣いたらどうするんだい」
 女性は優しい眼差しをパメラに向けながらゆっくりと抱き上げる。
「きゃ、きゃ!」
 パメラは楽しそうに手を女性の頬に当ててペチペチと叩く。
「もぅ。この子は」
 女性は苦笑しながらパメラの手を取りくすぐる。
「おーい、母ちゃん」
「分かったよ。今行くよ」
 小さくため息をついて彼女はその部屋を出て行こうとし「そういえば」と窓の外を振り返った。
 窓の外には先程のジグザグに飛行する光の玉はなく、代わりに海の向こうが微かに光っている気がした。
 よく見ようと目を細めたが五秒もしない内に諦め、踵を返して部屋の外へと出て行った。
「きゃ、きゃ!」
 楽しそうにパメラが手を叩く音が辺りに響いた。

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