アホと魔女と変態と (異世界ニャンだフルlife)

影虎

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三章 変態たちの邂逅

変態たちの邂逅 2

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 連日の髭ジョリジョリが鬱陶しかった僕は、前日の夜にギルド長の寝室に潜り込み枕元で『それ○大事』を一曲歌いきってやった。
 負けないこと投げ出さないこと、とか歌っても結局全部「みー!」になるから鬱陶しいことこの上なかったろう。
 その証拠にギルド長のヤツは僕を布団の中に引きずり込むと、動けないように自分の顔の近くに僕をホールドして、朝までぐっすり眠っていたんだからな。
 ふふふ……。

 負け惜しみなんかじゃないやい!

 次の日。
 朝霜が日光を照り返すキラキラとした光のなかを、僕は朝のお通じと二時間ほどの散歩を楽しんでからギルドに帰った。
 そしてギルドの受付カウンターの横には僕専用のゴハン皿がおいてあるのだが、僕はソコに盛られた冒険者が言うところの“モンスターの旨い部位”にがっついた。
「ニート、おはよう」
「ニートちゃん、おはよう」
「元気そうだな、ニート」
 受付嬢のナジアや、冒険者のウッディ、この前僕が顔を引っ掻いて足蹴にしたライアートたちが、僕がゴハンを食べている背中を撫でて自分たちの仕事の場へと着く。
 こういった小さな町では冒険者が町やギルド等の要所の警備を受け持つのが当たり前みたいで、今日のギルド担当はウッディとライアートの二人みたいだ。じゃなかったらライアートはともかく、ウッディはもっと遅い時間にギルドに来る。伊達に猫になってから色んな人に撫で回されていないのだ。
「そろそろ八時だが、今日も何もないといいな」
「ああ」
 ギルドの入り口に備え付けられた大時計に冒険者の二人が目を向けてそんな会話をしていた。
 というか、ここに来たときから思ってたんだけど、ここってファンタジーの世界だよね?
 何で時計があるんだろう?
 機械技師とか呼ばれる専門の職人さんもいるみたいだけど、何かこの世界には不釣り合いなんだよね。
 まあディーテが管理している世界だし、あんまり考えてもしょうがないとは思ってるんだけどね。

 その後僕がゴハンを食べ終わり、いつもの定位置であるカウンターの端に作られた真新しい座布団の上で毛繕いを始めると、三人で話し込んでいたナジラがその輪から出てきた。
「今日もいっぱい食べたね」
 僕の頭をポフポフと撫でて彼女は空になった僕のゴハン皿を持つと、受付の裏にある階段を登り二階へあがった。
「ギルド長! そろそろお願いします!」
「今行く」
 上から彼女と僕の仇敵ギルド長の声が聞こえ、僕は毛繕いを止め身構える。
 ここは田舎町だからか受付嬢のナジラがたった一人で冒険者の相手をしている。
 勿論それでは手が足りないことはままあるため、あのオッサンが受付嬢紛いなことをしているのだ。
 お察しの通りすこぶる評判は悪い。
 だってキモいもん。
 猫耳メイドのオッサンだもん。
 そんなオッサンはことあるごとに僕の自由を奪い、いつも髭ジョリジョリしてくるから僕からの評判も勿論ガタ落ちだ。いつも手にしてるササミは魅力的だけど。
 このササミに何度引っ掛かったことか。
 人間だった頃の精神で幾度も足を止めるんだけど、動物としての本能がササミを追い求めるんだよね。
 人生とは、儘ならないものよのう。
 ウンウンと僕が感慨に耽っていると、背中に殺気を感じた。
 キュピーン!
「ニートちゅわーん」
「み゛ぃぃぃーーー!」
 さっと飛び上がる僕にゴツいオッサンの手が迫ってきていた。
「なんて素早いっ!」
 皮一枚の所で回避に成功した僕は、カウンターの下の床をゴキブリのような速さで這いながらギルドの開け放たれたドアの所からこちらを見ていたライアートの背中を這い登る。
 そして彼の頭の上から上半身を覗かせると牙を剥き出してオッサンに威嚇した。
「しゃぁぁぁっ!」
「か、可愛い」
 ナジラとオッサンが頬を染めて僕を見つめていた。
 何でだよ!
 まあ一回も僕の威嚇が成功したことはないけどね!
「こらニート。ギルド長はギルド長なりに頑張ってるんだ。俺たちの平安のために犠牲になれ!」
 僕が逃げ出すと探すのにかり出されるもんね。
「み、み、みー!」
「いててて!」
 だからと言って、僕がお前の頭から手を離すと思ったか!
 ライアートが僕を頭から無理矢理引き剥がそうとするも、僕は渾身の力を込めて彼の頭に爪を立てた。
「離せニート!」
「みーー!!」
―――絶対嫌だ!
 僕が引き剥がされる時はお前の髪の毛も道連れじゃぁ!
「ライアート、諦めなよ」
「てか、頭から血が出てるぞ」
 ナジラが呆れ顔で窘めるとウッディが笑いながらライアートの額を伝う血を指さした。
「ま、またやったなニート!」
―――うっせぇ! バカ野郎!
 お前の毛より、僕の心身の健康が大事なんだよ!
 いっそのこと禿げろ!
「みぃーー!」
 目を瞑って更に力を入れれば、僕の手の毛にライアートの血が滲む。
「いてぇぇぇ!」
「こらこらニートちゃん。ライアートも困ってるんだから……」
 そう言いながら僕の両脇にオッサンが手を添えてきた。
―――髭ジョリジョリ嫌だぁ!!
「み、みぃ!」
 僕の両脇を掴む手に力が入っていくのが感じられ、僕の下半身は浮き上がった。
―――離せ離せ離せ!!
 僕は後ろ足でオッサンの手にゲシゲシと爪を立てて蹴りを入れるが、全く効いていない。
「もう、じゃれついちゃって」
「痛い痛い! 早く離せよニート!」
「「絶対じゃれついてない」」
 三者三様の答えが口から出たが、このオッサンはいつになったら僕に嫌われていることに気付くんだろうか。
「ほら、いい加減に、離れな……、さい!」
 最後の言葉と共に僕の身体を力強くオッサンが引き上げた。
 ブチブチブチ!
「ぎゃぁぁぁ!」
―――おお! 血、すげぇ!
 僕は自分の爪に引っ掛かった大量の毛根を見つめて、まるで他人事のような感想が胸中に溢れた。
「な、な、ナジラ! ひ、ひ、ヒールかけてくれ!」
 頭から迸る血を抑えるように手を当てながらライアートが彼女に懇願する。
「は、ハイヒール!」
 今は受付嬢をやっているナジラはハルカの妹分だったらしく、三年前まではシュナの元で共に魔法の勉強をしていたらしい。
 彼女のハイヒールを受けてライアートの頭に優しい光が溢れる。
 その光がまるでライアートの髪型をアフロにしているように見える。
―――シュールだ……。
 額から流れていた血が止まるのと同時に光は収まり、ライアートの素の頭がそこに現れた。
「あは、あははは!」
「ぎゃはははは!」
「くはっ! な、何だその頭は!?」
 ナジラとウッディは床を叩いて笑い転げ、オッサンも笑いそうになるのを必死に耐えて彼の頭に目を向けた。
「な、何なんだよ!?」
 ライアートは自分の頭に恐る恐る手をやりゆっくりと頭皮に触れると、ハッとしたように目を見開いてトイレに駆け込んだ。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
―――落武者、乙。
「みぃ」
 僕の爪に引っ掛かった毛根はライアートの頭に逆モヒカンを形作っていた。


 すっかり意気消沈したライアートがオッサンに無理矢理トイレから引きずり出されたのはそれから三十分ほど経った頃だった。
 朝の依頼の受領ラッシュで片田舎のギルドとはいえ冒険者たちも生活がかかっているため、それなりに室内は混雑していた。
 こうなってくると警備の仕事をしていたウッディとライアートも受付の仕事に回らなければ手が足りない。それなのにライアートはトイレから出てこない。
 そこで仕方なくオッサンがトイレからライアートを引きずって来た訳だが……。

「「「あははははははははは!!」」」

―――ライアート、乙。そしてゴメン。
 僕はいつもの座布団の上で知らないフリして丸くなっていた。
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