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三章 変態たちの邂逅
変態たちの邂逅 5
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「お帰り、コウスケ……。じゃなかった、自宅警備員ニートちゃん」
―――ちっげぇぇよ! てか、なにしてくれてんだよ!!
僕はにこやかに笑顔を浮かべる金髪の女神ディーテの右腕に、文字通り噛みついた。
「あはははは! ゴメンゴメン!」
彼女は僕を抱き抱えお腹をスリスリしてくる。
そんなんで騙されないんだからね!
―――ゴロゴロゴロゴロ……。
「正直者だね、ニートは」
くそ! くそ!
僕の身体が! 猫の身体が勝手に反応してしまう!
うぅぅぅ……。
「ディーテさん。イジメはよくありませんよ」
どこから現れたのか、いつの間にかディーテの後ろに彼女の姉サリアが立ち、妹の頭を優しく小突いた。
「はーい」
彼女は口だけの空返事をすると、その隙を逃さなかったサリアが僕を彼女の腕からかっさらいその胸に抱いた。
「ちょ、ちょっと姉さん!?」
「ニートさん、大分力がついてきましたね」
彼女はディーテの抗議に取り合わず僕のお腹を優しく撫でてくる。
めっちゃ気持ちいい。流石女神様ぁ。
て、今聞き捨てならないこと言った!
力がついてきた、て何?
どういうこと!?
「実はここに来てもらったのは他でもない。ニートの力が目覚め初めてるから、ちょっと見てみようと思って呼んだんだ」
呼んだってあなた……。
呼び方ってものがあるでしょ!
「あははははは! あれは傑作だったね! 因みにアイツが全裸なのはフォーマルだから!」
―――いやいやいや。あなたの信徒ですよね!? あなたの信徒て、全裸でいいんですか!? しかも天啓が下ったからっていきなり殴り付けて。それが女神のやり方ですか!?
「お、怒ってるねぇ……」
―――そりゃ怒りますよ!
この天界って、死にかけるか死なないと来れないんでしょ!
てことは今僕は死にかけてるってことでしょ!?
「ま、まぁまぁ。そんな怒らないで」
「だから言ったのよ、ディーテさん。やり方が強引過ぎるって」
「だ、だって姉さん……」
姉のサリアに窘められてディーテはシュンとうつむき、両の人差し指を胸の前でツンツンしている。
「だって……、ニートが楽しそうで悔しかったんだもん」
おい! それでも女神か!!
「あたしも混ぜてほしくって、つい……」
なんてことに信徒使ってんのよアンタ!?
「それにあのフェデリコとかって神父、キモいから死んでもいいし」
捨てゴマかい!
全裸でいきなり奇声発するとか僕も「キモい!」て思ったからそこは同意するけど!
それでもやっちゃダメでしょ!!
「それは分かってるんだけどね。ニートの近くに信託を託せられるほど敬虔な信徒が、アイツしかいなかったのよ」
ディーテは「はぁ」とため息をつくと、まるでこっちの気持ちを察しろとでも言いたげに僕に目を向けてきた。
―――ロクなのいないのな。ディーテらしいけど。
「なんだって!!」
―――何だよ!
「ぎぃぃぃぃ!」
―――シャァァァァァ!
「こらこら。二人とも」
コツンとサリアに小突かれた僕たちは、それでも睨み合い「ふんっ」と互いに顔を背けた。
「ニートさんも悪いんですよ。いつまでものんびりしてるから」
ふぇっ!?
「そうだぞニート! いつまで経っても災禍の獣を探しに行かないから、あたしもついつい意地悪したくなっちゃったんだぞ!」
自分に悪気はなかったとでも言うように、ディーテはその低い丘に腕を組んでふんぞり返った。
―――無理ですがな! 僕、ただの猫! 何ができるって言うのさ!?
「そうでもないんですよ」
―――え!? あぁ! さっきの、力がついてきた、とかっていう……。
「そうそう。その力なんだけどね。ナジラって女の子引っ張れたり、ギリギリだと思ってた窓枠飛び越えたりとか、不思議に思ったでしょ」
―――ああ! そう言えば!
確かにあの時も、おかしいなぁ? て思ったんだよね。
「それがあたしの与えた方の力だね。これから益々身体能力が高くなっていくと思うよ」
―――わかるの?
「発現したからね」
「本来でしたらわざわざこの天界に来てもらう必要はなかったんですが、ディーテさんが寂しがって……」
「ちょっと姉さん!」
いや、もう今更遅いって。
さっき似たようなこと自分で言うてたやん。
「うっさいうっさい!」
赤くなったディーテは、僕たちに背を向けて膨れていた。
もういいよ。
―――で、さっきディーテからの力って言ってたけど、サリアからの力もあるってこと?
「そうですよ。私からの力もニートさんを見た限り、もう発現はしていますね」
マジで!?
どんなのどんなの!?
「“再現魔法”ですね」
さいげんまほう……?
なにそれ?
「ようはですね……。想い描いた想像上のモノを、魔力を対価にして発現させる魔法ですね」
うん?
つまり僕が、こばや○あき○の『自動車ショー○』を歌いながら車を想い浮かべたら、いっぱい車が出てくるってこと?
「オッサン臭い例えですけど、そういうことですね」
……。
うん。そういうことみたいだ。
「ただ、それだと読んでいる方が分かり辛いと思うので、あえて例えを直させていただくと……。家を想像すれば家を。町を想像すれば町すらも作ることができるでしょう。ただし、その魔力は膨大になるでしょうが」
……。
―――ねぇねぇディーテ。
「どうした?」
僕はディーテに近寄り耳の傍で小声で言葉を発するような仕草をした。
―――僕、たまに思うんだけど、サリアって、腹ぐ……。
「それ以上言っちゃダメぇぇ!!」
彼女は僕の口を手で覆って小脇に抱え込んだ。
「昔、その言葉を発した一人の転生者が、姉さんの嫌がらせでナトゥビアのブルノビア地方にあるガザード砦町に転生させられて、しかもメイド服が一生脱げない呪いまでかけられたんだから」
それ、何かメッチャ覚があるなぁ。
てか絶対、ギルド長のオッサンの故郷のことだよね!?
というか女神の所業かそれ!?
「神は、罰も与えるのです」
いつの間にか後ろに立っていたサリアがうっすらと瞳を閉じて微笑んでいた。
笑顔が怖い笑顔が怖い……。
「分かった? 絶対に、言っちゃダメだからね!」
―――あい。二度と触れません。
僕は背中をブルリと震わせて頷いた。
―――ところで、魔力って何? どうすれば再現魔法とやらは使えるの?
僕は無理矢理話題を変えるため、先ほどサリアから聞いた再現魔法のことを尋ねた。
そもそも僕のような魔力という概念のない星に生まれ育った転生者にとって、魔力や魔法、更にはモンスターなんてモノは夢物語でしかなかった。
ナトゥビアに行ってからシュナたちに出会い、魔法のことやモンスターのことなど何となくわかるようにはなったが、結局それは何となくなのだ。
だから魔法を使えるようになりました、といきなり言われても、どうすればいいかサッパリである。
「そうですね。今ニートさんは精神体なので、ここでならサクッと使えるようにできますよ」
―――メッチャ都合いいな!
「ハッキリ言いますと、この三章自体が書く予定のものでは無かったので、そこはサクッといかせてもらいます」
―――何かまた駄々漏れだぁ!!
「シャァラップ! 全てはあの神父が悪いのよ! だからニート、魔法が使えるようになるんだからつべこべ言わない!」
僕はガシッとディーテに羽交い締めにされると、僕の頭にサリアが優しく手を触れて瞳を閉じる。
するとサリアの手が段々と光り出し、僕の頭に暖かいナニかがゆっくりと流れ込んできた。
ふわぁぁぁ。気持ちえぇのぉ。
すっかりその暖かさに絆されて、僕は口を情けなく開け放ち手足をブラブラさせる。
「寝るなよ」
―――無理ー。ねーむーいー。
僕はディーテの右手にコテンと頭を置いて目を閉じた。
「寝るなったら!」
「まぁまぁ、直ぐに終わりますから」
それから一分ほどうつらうつらしていると、僕の頭に手を置いたサリアの右手から光が徐々になくなっていき、それと同時に僕の身体の中に巡っていた暖かいナニかもなくなっていく。
「さあ、もう終わりですよ。ニートさん」
そして光が完全に消え僕の中のナニかもなくなるとサリアはゆっくりと手を離し微笑んだ。
―――これで魔法が使えるようになったの?
全くそんな気がしない僕は「ふぁー」とアクビをしながら未だに僕を両手で脇の下から抱っこしているディーテに顔を向けた。
「あんた、最初に天界に来たときとはエラい変わりようね……。随分図太くなって」
―――そりゃあね。二ヶ月も子猫の状態でザバイバル生活したら、肝も据わりますよ。
ホントにあの時は死ぬかと思った……。
てか一回死にかけて、ここに来たしね。あははは。
「あははは、じゃないし! ていうか、魔法はどうなのよ? 使えるの!?」
「使えるはずですよ」
サリアがゆっくりと僕の顔に自分の顔を近付け「使えますよね?」と迫ってくる。
―――ま、ま、待って待って待って!
そもそも魔法のことがサッパリ分かんないの!
「んん? あぁ! 本当にイロハのイが分かんないんだ!」
妙に納得したディーテが僕を振り向かせて顔を見てくる。
何かムカつくから鼻に噛みついてやろうか。
「そんなこと言ってたらこのまま教えずに地上に帰すぞ! しかも神父の寝所の近くに! 勿論あたしから信託を託して!」
―――それはもうやったでしょ!!
止めてください!
僕が悪かったです!
魔法を教えてください!
「しょうがないわね」
勝ち誇ったようにディーテは鼻を高くしながら僕を掴んでいた手を離すと、佇まいを直してサリアの隣に並び振り向いた。
「魔法というのはですね……。古代の神、つまり私達がまだナトゥビアにいた頃の神が、災禍の獣と戦うために私たちに託された命の力なのです」
―――はい? いつからこれ、エ○ドランシリーズになったの!?
「さっきニートは感じたでしょう? 姉さんの命の暖かさを。舟漕いでたけど」
呆れ顔でディーテは言うが、さっきの暖かいアレだよね?
アレがサリアの命の暖かさか。後は教室と変形合体するロボットが……。
「バカなこと考えてないの!」
いたっ!
ペシリとディーテが僕の頭を叩く。
―――ま、まぁ、冗談は置いておいて。その言い方だと、元々住んでいたナトゥビアの人たちは魔法が使えなかった、てこと?
「そうなります。なので、私たちがナトゥビアで存命だった頃は、魔法を使える人たちはいませんでした」
え!? それっておかしくない?
それだとどうして今のナトゥビアの人たちはみんな魔法が使えるんだろう?
みんながみんな、ディーテの子孫て訳はないし。
「それは、災禍の獣が現世で滅びた時、その身に宿していた魔力が全世界に降り注いだため、ナトゥビアの生けとし生けるものたちに変革がもたらされ、今のように魔法が台頭する世の中へとなってしまったのです」
へぇー。
つまり、今のナトゥビアの人たちが使っている魔法は、災禍の獣の力なんだね。
てことはもしかして、アーマードベアーなんかのモンスターも災禍の獣の魔力のせいなのかな?
「そうそう。よく分かったね」
「私がナトゥビアに生きていた頃は、あのようなモンスターもいませんでした。むしろニートさんの住んでいた地球に似たような、科学を主体とする世界でしたよ」
えぇ!?
それは意外だったなぁ。
初めてサリアに出会って昔の映像を見せてもらった時は、完全にファンタジーの世界だと思ってた。
でもそれだと色々と納得がいく部分もあるんだよね。
ギルドに時計があって十二時間表記されていたりとか、どう考えてもあの世界には不釣り合いなモノだったからね。
「で、魔法の使い方だけど……」
僕はヘラヘラと笑うディーテにガッチリと掴まれた。
「さっきの姉さんがやった、暖かい力を自分で出せるようになることよ」
―――それが出来ないって言ってんだよ!!
「できますよ。今のニートさんなら余計な肉体の抵抗もないので、先ほどの私が与えた感覚を想像するだけで魔力を練ることができるはずです」
さっきの感覚? 暖かかったアレだよね。
う、うーん。
「目を閉じて、想像してごらん」
―――え、うん。
僕は彼女に言われたように目を閉じてみた。
そして、先ほどサリアに施された頭に流れ込んできた暖かさを想像してみる。
「そうそう、その調子」
段々と額の辺りが暖かくなってきた。
「普通はその練り上げた魔力を詠唱で“火”や“雷”などの現象として等価交換という形で再現するのが魔法です。でもニートさんの場合、詠唱なしで想像するだけで魔力を対価に魔法が使えます。それも“火”など以外も想像できる全てのモノが再現できます。それが再現魔法です」
―――なるほど。つまり、主人公あるある『チート』ですね。
「確かにチートですけど、この作者が『俺つえぇ!』をやると思いますか? 今まで自分がどんな目に合ってきたか、思い出してごらんなさい?」
―――ゴメンナサイ。地道に努力します。
「いい心がけですよ。それではニートさん。簡単なものを想像してみてください」
簡単なもの、ねぇ……。
タイヤかな? ボールにしてみようかな?
僕は頭の中で丸いモノを想像してみる。
大きさは拳大くらい、色は白のゴムボールだ。
「お!」
ディーテが小さく楽しそうな声をあげると、僕の頭にあった暖かいモノがスッと抜けていった。
「目を開けてごらんよ」
僕は彼女の言った通りに目を開けてみた。
すると僕の目の前には想像した通りの白いゴムボールが浮かんでいる。
―――う、う、うにゃぁぁぁぁ!
「あははは」
僕は思わずそのボールに飛び付いていた。
猫の身体が勝手に丸いモノに反応してしまったのだ。
「自分で作ったボールに飛び付くとか! 完全セルフ猫遊びじゃん!」
うっさいうっさいうっさい!
僕だって、僕だってやりたくてやってるんじゃないやい!
しばらく僕は猫の身体が求めるままにボールを追いかけていたが急にそのボールがスッと消えて、追いかけていた僕はサリアの胸に飛び込んでいた。
「落ち着きましたか?」
僕の頭を撫でながら彼女は微笑む。
―――これで魔法が使えるようになったってことで、いいのかな?
「ええ。後はナトゥビアで練習をしっかりやって、災禍の獣をキチンと探して下さいね」
サリアの言葉と共に僕の身体がゆっくりと明滅し始めた。
―――女神だったら災禍の獣が今どこにいるか、見ることはできないの?
「それは無理なんだよね。向こうも分かってるみたいで、魔力の結界を貼ってるみたいでさ」
「ですから、あちらに戻ったら遺跡を探してみてください。そこに災禍の獣を探す手掛かりがあるはずですから」
―――手掛かり?
「はい。千二百年前の科学があった時代に、災禍の獣と戦うためにその当時の人間たちが作ったものです。きっとそこに、災禍の獣に辿り着くためのモノがあるでしょう」
―――分かったよ。あっちに行ったら探してみる。
「因みに一番近い遺跡はシュナが知ってるから、聞いてみるといいよ」
―――僕猫だよ。人間の言葉、話せないよ。
「再現魔法があるでしょ」
―――あ、なるほど! 再現魔法はそういうのもできるんだ!
「そうそう。それにシュナはあたしの曾孫だから、ちゃんと説明すれば分かってくれるだろうしね」
通りで強い訳だ。お陰で今の僕の命があるわけだし、帰ったらちゃんとお礼言わなくちゃ。
「因みに黄昏の森にシュナを行かせたのはあたしだから。まぁ、ちょっと失敗しちゃって早く行かせ過ぎちゃったんだけどね」
あははと苦笑してディーテは頭をかく。
「さぁ、そろそろニートさんもあちらに帰る頃ですから」
「そうだね」
二人はそう言って一瞬互いの目を見合うと、僕の方に顔を向けた。
「ではニートさん。色々と長くなってしまいましたが、ナトゥビアをどうかお願いしますね」
「ほんっっっっとうぅぅぅぅに、癪だけど! あの神父を通してニートには言葉を伝えられるから、あの神父を側に置いておくんだよ。寂しがるんじゃないよ」
マジかよ!?
僕は若干呆れつつ苦笑してその言葉に頷くしかなかった。
―――まぁ、天界への呼ばれ方がアレだったけど、久しぶりに二人に会えて楽しかったよ。ありがとう。
「またね、ニート」
「またね、ニートさん」
―――うん。じゃぁ、行ってきます。
ゆっくりだった身体の明滅が早さを増してくると、やがて僕の身体は光に包まれ二人の後ろに浮かんでいる天体模型のようなナトゥビアへと吸い込まれていった。
―――ちっげぇぇよ! てか、なにしてくれてんだよ!!
僕はにこやかに笑顔を浮かべる金髪の女神ディーテの右腕に、文字通り噛みついた。
「あはははは! ゴメンゴメン!」
彼女は僕を抱き抱えお腹をスリスリしてくる。
そんなんで騙されないんだからね!
―――ゴロゴロゴロゴロ……。
「正直者だね、ニートは」
くそ! くそ!
僕の身体が! 猫の身体が勝手に反応してしまう!
うぅぅぅ……。
「ディーテさん。イジメはよくありませんよ」
どこから現れたのか、いつの間にかディーテの後ろに彼女の姉サリアが立ち、妹の頭を優しく小突いた。
「はーい」
彼女は口だけの空返事をすると、その隙を逃さなかったサリアが僕を彼女の腕からかっさらいその胸に抱いた。
「ちょ、ちょっと姉さん!?」
「ニートさん、大分力がついてきましたね」
彼女はディーテの抗議に取り合わず僕のお腹を優しく撫でてくる。
めっちゃ気持ちいい。流石女神様ぁ。
て、今聞き捨てならないこと言った!
力がついてきた、て何?
どういうこと!?
「実はここに来てもらったのは他でもない。ニートの力が目覚め初めてるから、ちょっと見てみようと思って呼んだんだ」
呼んだってあなた……。
呼び方ってものがあるでしょ!
「あははははは! あれは傑作だったね! 因みにアイツが全裸なのはフォーマルだから!」
―――いやいやいや。あなたの信徒ですよね!? あなたの信徒て、全裸でいいんですか!? しかも天啓が下ったからっていきなり殴り付けて。それが女神のやり方ですか!?
「お、怒ってるねぇ……」
―――そりゃ怒りますよ!
この天界って、死にかけるか死なないと来れないんでしょ!
てことは今僕は死にかけてるってことでしょ!?
「ま、まぁまぁ。そんな怒らないで」
「だから言ったのよ、ディーテさん。やり方が強引過ぎるって」
「だ、だって姉さん……」
姉のサリアに窘められてディーテはシュンとうつむき、両の人差し指を胸の前でツンツンしている。
「だって……、ニートが楽しそうで悔しかったんだもん」
おい! それでも女神か!!
「あたしも混ぜてほしくって、つい……」
なんてことに信徒使ってんのよアンタ!?
「それにあのフェデリコとかって神父、キモいから死んでもいいし」
捨てゴマかい!
全裸でいきなり奇声発するとか僕も「キモい!」て思ったからそこは同意するけど!
それでもやっちゃダメでしょ!!
「それは分かってるんだけどね。ニートの近くに信託を託せられるほど敬虔な信徒が、アイツしかいなかったのよ」
ディーテは「はぁ」とため息をつくと、まるでこっちの気持ちを察しろとでも言いたげに僕に目を向けてきた。
―――ロクなのいないのな。ディーテらしいけど。
「なんだって!!」
―――何だよ!
「ぎぃぃぃぃ!」
―――シャァァァァァ!
「こらこら。二人とも」
コツンとサリアに小突かれた僕たちは、それでも睨み合い「ふんっ」と互いに顔を背けた。
「ニートさんも悪いんですよ。いつまでものんびりしてるから」
ふぇっ!?
「そうだぞニート! いつまで経っても災禍の獣を探しに行かないから、あたしもついつい意地悪したくなっちゃったんだぞ!」
自分に悪気はなかったとでも言うように、ディーテはその低い丘に腕を組んでふんぞり返った。
―――無理ですがな! 僕、ただの猫! 何ができるって言うのさ!?
「そうでもないんですよ」
―――え!? あぁ! さっきの、力がついてきた、とかっていう……。
「そうそう。その力なんだけどね。ナジラって女の子引っ張れたり、ギリギリだと思ってた窓枠飛び越えたりとか、不思議に思ったでしょ」
―――ああ! そう言えば!
確かにあの時も、おかしいなぁ? て思ったんだよね。
「それがあたしの与えた方の力だね。これから益々身体能力が高くなっていくと思うよ」
―――わかるの?
「発現したからね」
「本来でしたらわざわざこの天界に来てもらう必要はなかったんですが、ディーテさんが寂しがって……」
「ちょっと姉さん!」
いや、もう今更遅いって。
さっき似たようなこと自分で言うてたやん。
「うっさいうっさい!」
赤くなったディーテは、僕たちに背を向けて膨れていた。
もういいよ。
―――で、さっきディーテからの力って言ってたけど、サリアからの力もあるってこと?
「そうですよ。私からの力もニートさんを見た限り、もう発現はしていますね」
マジで!?
どんなのどんなの!?
「“再現魔法”ですね」
さいげんまほう……?
なにそれ?
「ようはですね……。想い描いた想像上のモノを、魔力を対価にして発現させる魔法ですね」
うん?
つまり僕が、こばや○あき○の『自動車ショー○』を歌いながら車を想い浮かべたら、いっぱい車が出てくるってこと?
「オッサン臭い例えですけど、そういうことですね」
……。
うん。そういうことみたいだ。
「ただ、それだと読んでいる方が分かり辛いと思うので、あえて例えを直させていただくと……。家を想像すれば家を。町を想像すれば町すらも作ることができるでしょう。ただし、その魔力は膨大になるでしょうが」
……。
―――ねぇねぇディーテ。
「どうした?」
僕はディーテに近寄り耳の傍で小声で言葉を発するような仕草をした。
―――僕、たまに思うんだけど、サリアって、腹ぐ……。
「それ以上言っちゃダメぇぇ!!」
彼女は僕の口を手で覆って小脇に抱え込んだ。
「昔、その言葉を発した一人の転生者が、姉さんの嫌がらせでナトゥビアのブルノビア地方にあるガザード砦町に転生させられて、しかもメイド服が一生脱げない呪いまでかけられたんだから」
それ、何かメッチャ覚があるなぁ。
てか絶対、ギルド長のオッサンの故郷のことだよね!?
というか女神の所業かそれ!?
「神は、罰も与えるのです」
いつの間にか後ろに立っていたサリアがうっすらと瞳を閉じて微笑んでいた。
笑顔が怖い笑顔が怖い……。
「分かった? 絶対に、言っちゃダメだからね!」
―――あい。二度と触れません。
僕は背中をブルリと震わせて頷いた。
―――ところで、魔力って何? どうすれば再現魔法とやらは使えるの?
僕は無理矢理話題を変えるため、先ほどサリアから聞いた再現魔法のことを尋ねた。
そもそも僕のような魔力という概念のない星に生まれ育った転生者にとって、魔力や魔法、更にはモンスターなんてモノは夢物語でしかなかった。
ナトゥビアに行ってからシュナたちに出会い、魔法のことやモンスターのことなど何となくわかるようにはなったが、結局それは何となくなのだ。
だから魔法を使えるようになりました、といきなり言われても、どうすればいいかサッパリである。
「そうですね。今ニートさんは精神体なので、ここでならサクッと使えるようにできますよ」
―――メッチャ都合いいな!
「ハッキリ言いますと、この三章自体が書く予定のものでは無かったので、そこはサクッといかせてもらいます」
―――何かまた駄々漏れだぁ!!
「シャァラップ! 全てはあの神父が悪いのよ! だからニート、魔法が使えるようになるんだからつべこべ言わない!」
僕はガシッとディーテに羽交い締めにされると、僕の頭にサリアが優しく手を触れて瞳を閉じる。
するとサリアの手が段々と光り出し、僕の頭に暖かいナニかがゆっくりと流れ込んできた。
ふわぁぁぁ。気持ちえぇのぉ。
すっかりその暖かさに絆されて、僕は口を情けなく開け放ち手足をブラブラさせる。
「寝るなよ」
―――無理ー。ねーむーいー。
僕はディーテの右手にコテンと頭を置いて目を閉じた。
「寝るなったら!」
「まぁまぁ、直ぐに終わりますから」
それから一分ほどうつらうつらしていると、僕の頭に手を置いたサリアの右手から光が徐々になくなっていき、それと同時に僕の身体の中に巡っていた暖かいナニかもなくなっていく。
「さあ、もう終わりですよ。ニートさん」
そして光が完全に消え僕の中のナニかもなくなるとサリアはゆっくりと手を離し微笑んだ。
―――これで魔法が使えるようになったの?
全くそんな気がしない僕は「ふぁー」とアクビをしながら未だに僕を両手で脇の下から抱っこしているディーテに顔を向けた。
「あんた、最初に天界に来たときとはエラい変わりようね……。随分図太くなって」
―――そりゃあね。二ヶ月も子猫の状態でザバイバル生活したら、肝も据わりますよ。
ホントにあの時は死ぬかと思った……。
てか一回死にかけて、ここに来たしね。あははは。
「あははは、じゃないし! ていうか、魔法はどうなのよ? 使えるの!?」
「使えるはずですよ」
サリアがゆっくりと僕の顔に自分の顔を近付け「使えますよね?」と迫ってくる。
―――ま、ま、待って待って待って!
そもそも魔法のことがサッパリ分かんないの!
「んん? あぁ! 本当にイロハのイが分かんないんだ!」
妙に納得したディーテが僕を振り向かせて顔を見てくる。
何かムカつくから鼻に噛みついてやろうか。
「そんなこと言ってたらこのまま教えずに地上に帰すぞ! しかも神父の寝所の近くに! 勿論あたしから信託を託して!」
―――それはもうやったでしょ!!
止めてください!
僕が悪かったです!
魔法を教えてください!
「しょうがないわね」
勝ち誇ったようにディーテは鼻を高くしながら僕を掴んでいた手を離すと、佇まいを直してサリアの隣に並び振り向いた。
「魔法というのはですね……。古代の神、つまり私達がまだナトゥビアにいた頃の神が、災禍の獣と戦うために私たちに託された命の力なのです」
―――はい? いつからこれ、エ○ドランシリーズになったの!?
「さっきニートは感じたでしょう? 姉さんの命の暖かさを。舟漕いでたけど」
呆れ顔でディーテは言うが、さっきの暖かいアレだよね?
アレがサリアの命の暖かさか。後は教室と変形合体するロボットが……。
「バカなこと考えてないの!」
いたっ!
ペシリとディーテが僕の頭を叩く。
―――ま、まぁ、冗談は置いておいて。その言い方だと、元々住んでいたナトゥビアの人たちは魔法が使えなかった、てこと?
「そうなります。なので、私たちがナトゥビアで存命だった頃は、魔法を使える人たちはいませんでした」
え!? それっておかしくない?
それだとどうして今のナトゥビアの人たちはみんな魔法が使えるんだろう?
みんながみんな、ディーテの子孫て訳はないし。
「それは、災禍の獣が現世で滅びた時、その身に宿していた魔力が全世界に降り注いだため、ナトゥビアの生けとし生けるものたちに変革がもたらされ、今のように魔法が台頭する世の中へとなってしまったのです」
へぇー。
つまり、今のナトゥビアの人たちが使っている魔法は、災禍の獣の力なんだね。
てことはもしかして、アーマードベアーなんかのモンスターも災禍の獣の魔力のせいなのかな?
「そうそう。よく分かったね」
「私がナトゥビアに生きていた頃は、あのようなモンスターもいませんでした。むしろニートさんの住んでいた地球に似たような、科学を主体とする世界でしたよ」
えぇ!?
それは意外だったなぁ。
初めてサリアに出会って昔の映像を見せてもらった時は、完全にファンタジーの世界だと思ってた。
でもそれだと色々と納得がいく部分もあるんだよね。
ギルドに時計があって十二時間表記されていたりとか、どう考えてもあの世界には不釣り合いなモノだったからね。
「で、魔法の使い方だけど……」
僕はヘラヘラと笑うディーテにガッチリと掴まれた。
「さっきの姉さんがやった、暖かい力を自分で出せるようになることよ」
―――それが出来ないって言ってんだよ!!
「できますよ。今のニートさんなら余計な肉体の抵抗もないので、先ほどの私が与えた感覚を想像するだけで魔力を練ることができるはずです」
さっきの感覚? 暖かかったアレだよね。
う、うーん。
「目を閉じて、想像してごらん」
―――え、うん。
僕は彼女に言われたように目を閉じてみた。
そして、先ほどサリアに施された頭に流れ込んできた暖かさを想像してみる。
「そうそう、その調子」
段々と額の辺りが暖かくなってきた。
「普通はその練り上げた魔力を詠唱で“火”や“雷”などの現象として等価交換という形で再現するのが魔法です。でもニートさんの場合、詠唱なしで想像するだけで魔力を対価に魔法が使えます。それも“火”など以外も想像できる全てのモノが再現できます。それが再現魔法です」
―――なるほど。つまり、主人公あるある『チート』ですね。
「確かにチートですけど、この作者が『俺つえぇ!』をやると思いますか? 今まで自分がどんな目に合ってきたか、思い出してごらんなさい?」
―――ゴメンナサイ。地道に努力します。
「いい心がけですよ。それではニートさん。簡単なものを想像してみてください」
簡単なもの、ねぇ……。
タイヤかな? ボールにしてみようかな?
僕は頭の中で丸いモノを想像してみる。
大きさは拳大くらい、色は白のゴムボールだ。
「お!」
ディーテが小さく楽しそうな声をあげると、僕の頭にあった暖かいモノがスッと抜けていった。
「目を開けてごらんよ」
僕は彼女の言った通りに目を開けてみた。
すると僕の目の前には想像した通りの白いゴムボールが浮かんでいる。
―――う、う、うにゃぁぁぁぁ!
「あははは」
僕は思わずそのボールに飛び付いていた。
猫の身体が勝手に丸いモノに反応してしまったのだ。
「自分で作ったボールに飛び付くとか! 完全セルフ猫遊びじゃん!」
うっさいうっさいうっさい!
僕だって、僕だってやりたくてやってるんじゃないやい!
しばらく僕は猫の身体が求めるままにボールを追いかけていたが急にそのボールがスッと消えて、追いかけていた僕はサリアの胸に飛び込んでいた。
「落ち着きましたか?」
僕の頭を撫でながら彼女は微笑む。
―――これで魔法が使えるようになったってことで、いいのかな?
「ええ。後はナトゥビアで練習をしっかりやって、災禍の獣をキチンと探して下さいね」
サリアの言葉と共に僕の身体がゆっくりと明滅し始めた。
―――女神だったら災禍の獣が今どこにいるか、見ることはできないの?
「それは無理なんだよね。向こうも分かってるみたいで、魔力の結界を貼ってるみたいでさ」
「ですから、あちらに戻ったら遺跡を探してみてください。そこに災禍の獣を探す手掛かりがあるはずですから」
―――手掛かり?
「はい。千二百年前の科学があった時代に、災禍の獣と戦うためにその当時の人間たちが作ったものです。きっとそこに、災禍の獣に辿り着くためのモノがあるでしょう」
―――分かったよ。あっちに行ったら探してみる。
「因みに一番近い遺跡はシュナが知ってるから、聞いてみるといいよ」
―――僕猫だよ。人間の言葉、話せないよ。
「再現魔法があるでしょ」
―――あ、なるほど! 再現魔法はそういうのもできるんだ!
「そうそう。それにシュナはあたしの曾孫だから、ちゃんと説明すれば分かってくれるだろうしね」
通りで強い訳だ。お陰で今の僕の命があるわけだし、帰ったらちゃんとお礼言わなくちゃ。
「因みに黄昏の森にシュナを行かせたのはあたしだから。まぁ、ちょっと失敗しちゃって早く行かせ過ぎちゃったんだけどね」
あははと苦笑してディーテは頭をかく。
「さぁ、そろそろニートさんもあちらに帰る頃ですから」
「そうだね」
二人はそう言って一瞬互いの目を見合うと、僕の方に顔を向けた。
「ではニートさん。色々と長くなってしまいましたが、ナトゥビアをどうかお願いしますね」
「ほんっっっっとうぅぅぅぅに、癪だけど! あの神父を通してニートには言葉を伝えられるから、あの神父を側に置いておくんだよ。寂しがるんじゃないよ」
マジかよ!?
僕は若干呆れつつ苦笑してその言葉に頷くしかなかった。
―――まぁ、天界への呼ばれ方がアレだったけど、久しぶりに二人に会えて楽しかったよ。ありがとう。
「またね、ニート」
「またね、ニートさん」
―――うん。じゃぁ、行ってきます。
ゆっくりだった身体の明滅が早さを増してくると、やがて僕の身体は光に包まれ二人の後ろに浮かんでいる天体模型のようなナトゥビアへと吸い込まれていった。
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