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第3章
第45話『パワフル&ソウルフル!?』
しおりを挟む「とりあえず、一人ずつ歌ってもらってもいいかな?」
「任せてー! あれからも練習してたから、めっちゃ上手くなってるよー!」
コガネが自信満々に言うと、ナマリは小さな声で応じた。
「わっ、わわかりました……」
まずコガネが前に出て、軽く喉を鳴らして歌い始めた。アオイは彼女の声に耳を傾け、その進化に驚いた。以前より更に安定感が増し、元々の明るい声質を活かした弾けるような歌い方が、聴く者を自然と引き込む。
アオイは思わず口を開いた。
「すっ、すごい! ほんと練習を続けてたんだね!」
「師匠のおかげで歌うのが前より楽しくなったからねー!」
コガネが笑顔で返すと、シオンが冷静に付け加えた。
「確かに以前とは比べものにならないくらい上手くなったわね。でも、Wens所属のVTuberの中ではまだまだよ」
確かにコガネは目覚ましく上達したが、そもそもWensの他のVTuber達のレベルが高すぎる。
コガネが不満げにシオンを見た。
「シオン様は厳しすぎだよー! 師匠ー!」
彼女がアオイに泣きながら抱きつくと、シオンが鋭い視線を送った。
「離れなさい」
「まっ、まぁまぁ。じゃあ、次はナマリさんいけるかな?」
アオイが慌てて仲裁し、ナマリに目を向けると、彼女はコガネの背後から前に出てきた。
「頑張ります……」
ナマリが小さな声で呟き、歌い始めた瞬間、アオイは驚愕した。
彼女は必死な様子で口をパクパクと開けながらも、その歌声は喋り声に反し、かなりソウルフルだった。そして驚異的な声量が部屋に響き渡る。空気が震え、アオイは思わず目を見開いた。
ナマリは歌い終わると、再びコガネの後ろに隠れ、恥ずかしそうに俯いた。
「すごい……ソウルフルでかっこいい……」
アオイが感嘆の声を漏らすと、シオンが頷いた。
「ええ、わたしも配信で彼女の歌は何度か聴いたことあるけれど、確かにすごい声量よね。それをコントロールできれば大きな武器になるわ」
「へっ? コントロール?」
アオイが聞き返すと、シオンが淡々と答えた。
「ええ……」
するとコガネが笑いながら説明を加えた。
「ナマリー、歌ってる時、ずっと声でかいよねー」
――なるほど、このままだとコガネさんどころか、俺の歌までかき消されちゃいそうだ……
「うっ、歌うのに必死になっちゃって……」
ナマリが恥ずかしそうに呟くと、アオイは優しく提案した。
「なるほど。じゃあ、ナマリさんは声量をコントロールする練習をしよっか」
「じゃあ、わたしがコガネさんを指導するから、お兄ちゃんはナマリさんをよろしくね」
シオンがそう提案すると、コガネが焦った顔で声を上げた。
「お兄ちゃん!? てか、ウチも師匠に教わりたいよー!」
彼女が抗議するも、シオンが冷たく一蹴した。
「黙りなさい」
彼女に引きずられるように、コガネは涙を流しながら連れていかれた。ナマリは隠れる場所を失い、モジモジしながら立っている。
その様子を見かねて、アオイは笑顔で声をかけた。
「よっ、よろしくね!」
「はっ、はははははい! お願いします!」
――うーん、どうにか慣れてもらいたいな……
「ワタシ、家族以外の人と話すとこんな感じで……銀城ユイラの時はいつも通りの自分になれるんですけど……」
ナマリが恥ずかしそうに呟くと、アオイは少し驚いた。
「そっ、そうなんだね!」
――あのギャルっぽいのが素なのか……
「人前で歌うことは大丈夫なの?」
「はっ、はい! 小さい頃、近所の教会から聞こえてきた歌声をよく真似してて、歌は好きなんです!」
「なるほど、だからゴスペルっぽいソウルフルな歌い方なのか……」
「ゴスペル……?」
「いや、なんでもない気にしないで! とりあえず、声量をコントロールできれば、ナマリちゃんの歌声はすごい武器になると思うよ!」
アオイがそう言うと、ナマリの表情が少し明るくなった。
「はい! ありがとうございます!」
そして二人は、声量コントロールのトレーニングを始めた。
「じゃあ、まずは腹式呼吸からだね。腹筋を使って息を吸って、ゆっくり吐きながら声を出すイメージで」
アオイは深く息を吸った後、ゆっくりと吐きながら安定した歌声で手本を示した。声は柔らかく、しかし芯が通っていて、スタジオ中に穏やかに響き渡る。
歌い終わると、ナマリが目を丸くして呟いた。
「表見さん……すごい上手なんですね……プロみたい……」
「えっ!? いや、そんな大したことじゃないよ!」
アオイは慌てて手を振ったが、内心ドキッとした。ナマリがじっと見つめてくる視線に、顔が少し熱くなる。
「じゃあ、ナマリちゃんもやってみて。息を吸って、吐くときに少しずつ声を出してみて。最初は息で歌う感じを心がけて!」
ナマリが頷き、深く息を吸い込む。そして彼女がウェスパーボイスぎみに歌い始めると、声量は先ほどより抑えられていたが、ソウルフルな響きはそのまま残っていた。アオイは驚きつつも指導を続けた。
「そうそう、その調子! 次は少しだけ強くしてみて。喉じゃなくて、お腹から出す感じで」
ナマリが再び試すと、声が少し大きくなりつつも、コントロールされた響きがスタジオ中に広がった。
「いい感じだね! ナマリちゃんの歌声は、声量を抑えたときもソウルフルさが残るから、すごい魅力的だよ!」
ナマリが恥ずかしそうにしながらも練習を重ねると、次第に声量を抑える感覚を掴んでいったようだった。アオイは彼女のセンスに感心しながら、さらに細かくアドバイスを加えた。
「そうそう、そんな感じ! じゃあ、とりあえず今日はこの辺にしとこうか!」
「ありがとうございました!」
ナマリが小さく頭を下げる。
そしてアオイはシオンとコガネを呼び、二人を集めた。
「シオンさんたちも、今日はこの辺にしとこうか!」
「そうね。コガネさん、センスはまぁまぁあると思うわ」
シオンが冷静に言うと、コガネが不満げに叫んだ。
「師匠ー! シオン様スパルタすぎだよー!」
コガネが泣きながらアオイに近づくと、シオンが鋭い視線でそれを阻止した。怯えたコガネに苦笑しつつ、アオイは三人に告げる。
「あはは……じゃあ、また明日の午後とか大丈夫かな?」
「明日は大学も午前中しかないから大丈夫よ」
「ウチも明日バイトなーい!」
「ワタシも大丈夫です」
四人はスケジュールを調整し、その後何回か練習を重ねた。
日を追うごとにナマリは、ソウルフルな歌い方を維持しながらも、声量をコントロールできるようになっていった。
そして五回目の練習の時、アオイがナマリと一緒に歌うと、彼女の声がアオイの声と絡み合い見事なハーモニーを生み出した。
「ナマリさん! もう完璧だよ!」
「ありがとうございます……お兄ちゃん」
ナマリが恥ずかしそうに呟くと、アオイは驚いた。
「へっ?」
「ごっ、ごごごごごめんなさい! シオン様がそう呼んでたので……」
ナマリが顔を真っ赤にすると、その背後にはシオンが鋭い視線を送りながら立っていた。ナマリが震えながら振り返ると、シオンが低い声で言った。
「わたしのお兄ちゃんよ」
その圧にナマリが涙ぐみ、慌てて謝った。
「ごごごごごごごごめんないいー!」
彼女がアオイの背後に隠れると、アオイは苦笑いしながら仲裁した。
「その辺で、抑えて抑えて」
そこにコガネが慌てて割り込んできた。
「ちなみに師匠もダメだよー! 師匠はウチだけの師匠なんだからねー!」
「あはは……。ちなみにそっちの様子はどう?」
シオンは静かに答えた。
「完璧よ」
「シオン様の地獄のトレーニングをクリアしたウチに敵はなーい!」
「じゃあ、四人で一緒に歌ってみよう!」
アオイがそう提案すると、四人はスタジオの中央に移動し、軽く息を整え歌い始めた。アオイの力強くも柔らかな声がリードし、シオンの澄んだ高音が繊細に絡み合う。コガネの弾けるような明るい声がアクセントを加え、ナマリのソウルフルな響きが全体を包み込んだ。
四つの声が重なり合い、時にぶつかり、時に溶け合って、豊かなハーモニーを生み出す。コガネはまだ荒削りな部分もあるが、三人の歌声に食らいつき、懸命に歌い上げた。アオイはその一体感に胸が熱くなり、歌い終えると興奮気味に言った。
「これならいける……二人ともほんとよく頑張ったよ! シオンさんも協力してくれてありがとう」
「まぁ、及第点には達したんじゃないかしら?」
シオンが頬を少しだけ赤らめながらも淡々と言う。すると、コガネが勢いよく叫んだ。
「よーし! 絶対勝つもんねー!」
「えいえいおー」
ナマリが小さな声で呟くと、アオイとコガネは顔を見合わせ、一瞬間を空けた後に笑い出した。ナマリが顔を赤らめると、シオンも小さく微笑んでいる。アオイはその温かな空気に包まれ、レコーディングへの期待感に思いを膨らませた。
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