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第4章
第67話『船長は下手っぴ!?』
しおりを挟むミカンとの電話を終えた後、アオイはキッチンへ向かい、コーヒーを淹れた。カップを手にソファに戻り、一口飲んでほっと息をつく。しかし、すぐにミャータに連絡しようとしたことを思い出す。慌ててスマホを手に取り、ミャータの連絡先を開くと、指を滑らせながらメッセージを打ち始める。
『お疲れ様です。ウララとのコラボの件、ミドリさんから聞きました。ちょうど西園寺さんに頼まれてた案件がありまして、ウララと一緒に配信してくれる人を探してたんです。明後日って時間ありますか?』
送信すると、スマホの画面を伏せる。小さく息をつきながら、肩の力を抜いた。ふと窓の外に目を向けると、ゆっくりと雲が流れていくのが見える。
今日の配信までは、まだ時間がある。アオイはカップを傾け、静かにそのひとときを味わうことにした。
***
二日後、アオイはミャータとのコラボ配信の準備をしていた。
窓の外では、夕陽が空を茜色に染め上げ、部屋の中に柔らかなオレンジ色の光を投げかけている。テーブルの上ではコーヒーの残り香が静かに漂っていた。アオイはパソコンを立ち上げ、ヘッドセットを装着し、通話ルームでミャータの入室を待った。
ほどなくして、ミャータが部屋に入ってきた。
「初めまして、紅音ウララです! 今日はよろしくお願いします!」
「ほんもんやー! ぼく、ウララちゃんのめっちゃファンなんやで。特に歌が好きなんよー」
「ありがとうございます! 私もミャータさんの歌声好きですよ」
「聴いてくれたん? 照れる~。てかてか、ウララちゃんの本名なんていうん?」
その言葉に、アオイの胸が一瞬ドキリと跳ねた。
――そういえば、その辺のこと考えてなかった……
頭をフル回転させ、彼はとっさに明るい声で誤魔化した。
「下の名前は本名なんですよ~」
「そうなん? 可愛い名前やね。てか、タメ口でええよ」
「わっ、わかったよー!」
アオイは内心で焦りを感じつつも、ウララらしい軽やかなトーンを崩さなかった。
「緊張しなくていいんやで~」
ミャータの関西弁が耳に心地よく響き、彼の緊張を少しだけ解きほぐしてくれる。
そして配信が始まった。
◆◆◆
「宇宙海賊団船長、浅葱コスモやで~! 今日はウララちゃんとコラボや、楽しんでな~!」
「紅音ウララだよ~! 今日もみんなでロックンロール!」
二人が視聴者に向かって元気よく挨拶すると、コメント欄が賑わう。
▼「コスモ船長こんばんはー!」
▼「ウララちゃんととコスモくんのコラボって初めてじゃない?」
▼「船長は配信でもウララちゃん好きって言ってたよね~」
アオイは企画の説明に取りかかった。
「今日はね、コスモ船長と一緒に『音コピクイーン』をやるよー! 対戦モード勝負だよ!」
「せや! 動物の鳴き声とか機械の音とか、色々あるんやで~。負けへんからな、ウララちゃん!」
コスモが挑戦的な口調で言い放つと、アオイは小さく笑った。昔から音真似が得意だった彼にとって、このゲームはまさに腕の見せどころだ。二人は早速ゲームをスタートさせた。
「最初のテーマは『犬の鳴き声』! 簡単そうだね!」
そしてお手本の音が流れると、アオイは軽く喉を整え、「ウォンッ! ワウワウ!」と勢いよく鳴いてみせた。画面に表示された点数は92点。
▼「ウララちゃんうまっ!」
▼「リアルすぎでしょwww」
「めっ、めっちゃ上手いやん!」
コスモが焦ったように言うと、「わんっ! わんわん!」と子犬のような可愛らしい鳴き声を披露した。高めのトーンに少し拙さが混じり、アオイは思わず微笑んだ。得点は58点。ミャータのアバターが恥ずかしそうに頭をかく仕草を見せると、チャットがさらに盛り上がった。
▼「棒読みwww」
▼「船長、可愛い~! 子犬みたいだね」
▼「小型犬で草」
「う、うるさいわ! 誰が小型犬や!」
コスモが声を張ると。アオイは彼女の照れっぷりが妙に愛らしいと感じた。
「次のお題は『コンビニの入店音』って、ムズすぎひん!?」
コスモが驚くと、お手本を聴き終えたアオイは深呼吸し、唇を弾ませて「ピンポンピンポンピンポーン!」と軽やかに再現した。得点は89点。
▼「すごすぎワロタ」
▼「もしかしてコンビニから配信してます?w」
絶賛のコメントが並ぶと、アオイは得意げに言った。
「まぁまぁかな~」
「うっ、上手すぎやろ! ぼくも負けてられへん!」
コスモが意気込むと、「ぴんぴょんぴんぴょんぴんぴょーん!」と声を出す。しかし、その声はどこかぎこちなく、アオイは笑いを堪えるのに必死だった。得点は37点。コスモが両手で顔を覆う姿が映し出され、チャットが笑いに包まれた。
▼「wwwwww」
▼「もう船員に降格なwww」
▼「さすが俺の推し……」
「ぴんぴょんって……ぷぷっ」
「わっ、笑うな~!」
アオイが笑うと、コスモの声が高くなり、じたばたする姿が視聴者の心を掴んだ。
▼「船長の照れ声いただきましたー!」
▼「コスモくん可愛い……」
「次は『セミの鳴き声』だよー!」
これは一番得意だと、アオイは内心で確信していた。そしてお手本を聴き終えると、「ミーンミンミンミンミンミーン!」と伸びやかに鳴いてみせた。点数は96点。
▼「プロでしょwww」
▼「レオ様みたい」
▼「夏が来たわ……」
「ウララちゃんってモノマネ芸人なんか……」
ミャータが呆然とした声で呟くと、「みーんみんみんみん!」と必死に真似てみた。アオイはあまりの拙さに笑いを堪えきれず、ついに吹き出してしまった。得点は14点。
「もう嫌やぁあああ!」
▼「コスモくん頑張れー!」
▼「それでも船長は可愛い」
そして 配信が終盤に差し掛かり、アオイは視聴者に向かって締めの言葉を投げかけた。
「『音コピクイーン』楽しんでもらえたかな~?」
「ぼく、下手すぎてあかんかったわ~」
▼「ウララちゃん圧勝!」
▼「でもコスモくんも可愛かったよ~」
▼「このゲーム面白そうだから後でやってみよ」
コメント欄は賑わい、スーパーチャットが次々と飛び交った。アオイは満足げに頷き、ゲームのダウンロード方法を伝えた。
「概要欄のURLからダウンロードして遊んでみてね~。それじゃみんな、今日も観てくれてありがとう~! またね~!」
「おおきに~!」
二人が画面越しに手を振ると、配信は大量のコメントと共に幕を閉じた。
◆◆◆
彼女の拙い音真似を思い出し、アオイは笑いを堪えきれなかった。
「ミャータくんお疲れ様。めっちゃ楽しかったね! ぷぷっ」
「まだ笑ってる! もう勘弁してや~!」
「いや、ミャータくんほんと可愛かったよ。あのセミの鳴き声、最高だった……クスクス」
「やっ、やめてや~! 恥ずかしいから忘れて~!」
彼女の声がいつも以上に高くなり、アオイはそのギャップにますます笑いがこみ上げてきた。普段のボーイッシュな雰囲気とは裏腹に、照れる彼女の姿が妙に可愛く感じた。
ミャータとの軽い雑談を終え、通話ルームを後にしたアオイは、ふとスマホに目を落とした。画面にはミドリからのメッセージが届いている。
『配信観てました!! ミャータくん可愛かったですね。それに表見さんの音真似すごかったです!』
アオイは口元に小さな笑みを浮かべると、指先で返信を綴った。
『ありがとうございます。面白かったので、ミドリさんも配信でやってみてください』
送信ボタンを押すと、彼はソファに深く身を沈めた。配信の余韻とミャータのたどたどしい声が脳裏をよぎり、自然と笑いが漏れた。
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