30歳無職だった俺、女声を使ってVTuberになる!?

佐伯修二郎

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第4章

第76話『新曲の進捗!?』

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 2回戦目の開始を告げる電子音が響く。今の敗北は悔しかったが、レッドデッキのスピードを活かせば、きっと勝機が見えるはずだ。

「今度は負けないよー!」

 アオイは気合いを込めて叫び、序盤から「フレアウィング」を召喚した。炎をまとったドラゴンが画面で咆哮し、サイエンスアイテム「レッドエンジン」を装着することで、1ターン目から先制攻撃でレオのフィールドを牽制し、隙を作ろうと試みた。

 レオの声がスピーカーから響く。低く、どこか楽しげな響きを帯びていた。

「ほう、最初から飛ばすじゃねえか」

 画面に映るレオのホワイトデッキから、新たなカラモン「ダイヤモンドガーディアン」が現れる。輝く装甲に覆われたそのモンスターは、圧倒的な防御力を誇っていた。アオイのフレアウィングが放った攻撃は、ガーディアンにほとんどダメージを与えられなかった。

「防御力高すぎない!?」

 レオの戦術は前回よりもさらに洗練されていた。ガーディアンを盾にしながら、2体目のカラモン「スターランサー」を召喚。ランサーの特殊攻撃が、フレアウィングのチャージゲージを削る。画面のコメント欄が視聴者の興奮で埋め尽くされる。

 ▼「レオ様のコンボやばい!」
 ▼「ウララちゃんピンチ!」

 アオイは焦りを抑え、クリムゾンビーストを再投入した。マジックアイテム「レッドポーション」を使い、一気にパワーチャージを完了させ、大技「バーストフレア」を放つ準備を整える。爆発的な攻撃でガーディアンを突破できれば、流れを引き戻せるかもしれない。

「今回は決まったでしょ!」

 画面が真っ赤に染まり、爆音が響く。だが、レオは動じなかった。スターランサーを捨てることでさらなる能力が発動し、ダイアモンドガーディアンを攻撃から守った。さらにカウンター攻撃でクリムゾンビーストを一撃で葬り去る。

「そんなのありー!?」
「甘いぜ、ウララ!」

 レオの声には勝利を確信した余裕が滲んでいた。アオイは唇を噛み、なんとか立て直そうと次の手を考える。コメント欄はさらに熱を帯び、視聴者の声援が画面を埋めていく。

 ▼「レオ様の読みすげえ!」
 ▼「ウララちゃん頑張れー!」

 最終盤、アオイは最後の切り札である「インフェルノタイガー」を召喚した。全てのチャージを注ぎ込み、サイエンスアイテム「レッドマシンガン」を装備。さらにマジックアイテム「レッドソウル」を使って火力を底上げして一気に攻め立てる。画面が火花と爆炎で埋め尽くされ、視聴者のコメントも最高潮に達する。

 ▼「いけー! ウララ!」
 ▼「ここで逆転か!?」

 だが、レオのルミナスドラゴンが再び姿を現した。ダイアモンドガーディアンが攻撃を受け止め、サイエンスアイテム「ホワイトランチャー」を装備したルミナスドラゴンが広範囲攻撃を繰り出し、アオイのフィールドを一掃。インフェルノタイガーが倒れると同時に、「DEFEAT」の文字が再び画面に浮かび上がる。

「うわあああ完敗だー!」

 アオイは思わず頭を抱えた。レオの豪快な笑い声がスピーカーから響く。

「筋は悪くねえぜ、ウララ!」

 画面にはスパチャが雪崩のように流れ込み、コメント欄が視聴者の熱狂で埋め尽くされる。アオイは悔しさと興奮が入り混じった笑顔を浮かべた。シロ――レオの圧倒的な実力に、ただただ感服するばかりだった。

「オラオラ! お前らそんなもんかー!」

 レオが視聴者を煽ると、スパチャの量がさらに加速する。画面を埋め尽くす金額とコメントの嵐に、アオイは目を丸くした。

 ――どうなってんの、この量……?


 ◆◆◆


 こうして配信は最高潮の盛り上がりで幕を閉じた。アオイは配信を終了し、ヘッドセットを外すと、静寂が耳に沁みた。だが、すぐにシロの声が聞こえてくる。息を切らした、か細い声だった。

「お疲れ様です……はぁはぁ」

「だっ、大丈夫ですか!?」

 アオイは慌てて声を上げた。シロの声には、配信中のレオの荒々しさとはまるで別人のような儚さが漂っている。

「大丈夫です……わたし、体が弱いから……」

 その言葉に、アオイの胸が締め付けられた。どう返せばいいのか、言葉がうまく出てこない。

「本当はもっと配信してたかったんですけど、今はこれが限界みたいですね」

「無理しないでくださいね……」

 アオイの声は自然と優しくなっていた。

「以前は無理をしてしまって、タクミさんにもご迷惑おかけしました」

「そうだったんですね……」

 アオイはシロの過去を想像し、わずかに眉を寄せた。彼女の華奢な姿と、配信中の圧倒的な存在感のギャップに、改めて驚かされる。

「それにしても、何か変な感じですね」

「何がですか?」

 アオイが首を傾げると、シロの声に小さな笑い声が混じる。

「女の私が男性VTuberとして、男のアオイさんが女性VTuberとして一緒に配信してるなんて」

 その言葉に、アオイは思わず苦笑した。確かに、女性VTuber紅音ウララとして活動する自分と、男性VTuber卯ノ花レオとして振る舞うシロの構図は、どこか奇妙で面白い。

「たっ、確かに……」

「今日は久しぶりの配信、楽しかったです。またコラボしましょうね」

「こちらこそ楽しかったです! 色々勉強になりました。とんでもないスパチャの量でしたし……」

「休んでた分、貢献しないとですからね」

 シロの声には、穏やかな自信が滲んでいた。アオイは思わず笑みをこぼす。

「あはは……。カラモン練習しとくんで、次は勝ちます!」

「うふふ、楽しみにしてますね」

 シロの柔らかな笑い声が、電話の向こうで響いた。アオイは胸の奥に温かいものが広がるのを感じながら、通話を終えた。


 ***


 翌日、アオイは新曲の打ち合わせのため、東ヶ崎に呼び出されていた。西園寺と以前訪れた駅近くの居酒屋に向かう。

 居酒屋の引き戸をくぐると、カウンター席にクロエの姿があった。彼女はアオイの方を見ると、わずかに眉を寄せた。

「遅い」

「すっ、すいませ……あれ、でも約束の5分前ですよ」

 アオイが慌てて時計を確認すると、クロエは鼻を鳴らした。

「つべこべ言うな」

 彼女の小さな拳がアオイの腹に当たるが、力はほとんどなく、むしろ愛嬌すら感じられた。

「はい……」

 アオイは苦笑しながらクロエの隣に腰を下ろした。
 メニューを手に適当に注文を済ませると、周囲の客の視線がクロエに注がれていることに気づく。彼女の非現実的な美しさは、精巧なフランス人形のようだった。

 ――改めて見ると、ほんと作り物のようだな……

 アオイは内心で呟き、クロエを連れていることに密かな誇らしさを感じた。彼女の存在は、どこか自分を特別な人間に思わせてくれる。

「お客様、ご注文は以上でよろしいでしょうか」

「あっ、すいません大丈夫です!」

 アオイが慌てて答えると、クロエが呆れたように言った。

「ボーッとしてんな」

 相変わらずの鋭い物言いに、アオイは肩をすくめた。やがて注文した料理とビールが運ばれてくる。クロエがキンキンに冷えたジョッキを手に持ち、軽く掲げた。

「乾杯」

 そう言うや否や、彼女はジョッキをアオイの頬に押し当ててきた。冷たさに思わず変な声が漏れる。

「ひゃえっ!?」

「はは、何その声!」

 クロエがくすくすと笑う。普段のクールな印象とは裏腹に、彼女の笑顔には無邪気な魅力があった。アオイは目を細め、唇を尖らせて抗議する。

「そんなことより、新曲のことで話があるんじゃないんですかー」

 少し不貞腐れた口調に、クロエはビールを一気に飲み干すと、表情を真剣なものに変えた。

「ええそうよ。西園寺あいつにも聞いたと思うけど、今回の曲はかなり難易度が高いわよ」

 その言葉に、アオイの喉がゴクリと鳴った。彼女の真剣な瞳に、緊張が走る。

「難しいって、どんな感じなんですか?」

「アップテンポなのはもちろん、曲中にラップ部分がある」

「ラップですか!?」

 アオイの声が思わず裏返る。

「そっ。経験ある?」
「なっ、ないです……」
「でしょうね」

 クロエの口調には、どこか楽しげな響きが混じっていた。アオイは唇を噛み、気合いを入れ直す。

「でも、挑戦してみます!」

「いい心がけじゃない。そういえば、シロはどうだった?」

 突然のシロの名に、アオイは目を丸くした。心臓がドキリと跳ねる。

「きっ、綺麗でした……」
「はぁ? コラボしてどうだったって聞いてんのよ」

 クロエの鋭い視線に、アオイは慌てて手を振った。

「えっ!? いや、えっと……コラボ配信のことですよね! 凄かったです。視聴者を煽ったり、盛り上げ方を知ってるというか……スパチャもとんでもない額投げられてましたし」

「まぁ、シロはWensうちの稼ぎ頭だったからね」

 クロエの言葉には、どこか誇らしげな響きがあった。アオイは好奇心を抑えきれず、尋ねる。

「シロさんと仲良いんですか?」

「そうね……親友よ。向こうがどう思ってるかは知らないけどね」

 クロエから親友という意外な言葉が出たことに、アオイは驚きを隠せなかった。彼女の宝石のような瞳が、遠くを見るように揺れる。

「あの子は体が弱いから、あまり無理させないでね」

 その言葉を口にするクロエの表情は、いつもと違い、柔らかく優しかった。普段の刺々しい態度からは想像できないほど穏やかな笑みが、彼女の唇に浮かんでいる。アオイはそっと頷いた。

「はい……分かりました」

 居酒屋の喧騒の中で、二人の間にほんの一瞬、静かな空気が流れた。クロエの言葉は、シロへの深い信頼と気遣いに満ちていて、アオイの心に深く響いた。


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