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森の中で
しおりを挟むその日は丁度、とても肌寒い日だった。
空は蒼く澄み渡り、木々は次の芽吹きを待ちながらその葉を散らしていた。
私、アルフレド・ヴァーニは寒々とした森の中を歩きながら、ありとあらゆるものを観察していた。
本来、生物は暖かい時期に活動し、寒い時期は食料を蓄えて巣穴に籠もる。
だが私たち人間のように、外気温にも適応し、寒い季節でも活動できる生物は存在する。
私は生物学者として、そういったものたちの生態を調査するためにその森を散策していたのだ。
この仕事は数日間、いや、下手をすれば数週間はかかる。
初日はどんな動物にも出会うことができず、日が没しかけていたので野営の準備を整えた。
手ごろな切り株に腰を下ろせば、夜の独特な澄んだ空気と、木や土の匂いが鼻腔を刺激する。
私はこの香りや雰囲気が大好きだった。
都会の喧騒や屋台の賑わい、料亭から漂ってくる肉の匂いも嫌いではなかったが、それらは決して私の心を静めてくれるものではない。
私は静寂が好きで、それゆえに孤独でいられるこの仕事が心から天職だと感じていた。
焚火をぼうっと眺めながら、リングル産の豆で淹れたコーヒーを飲む。
渋く、深みのある味わいが鼻の方まで突き抜けていき、私の意識をより明瞭にしてくれる。
明日は何を調べようか。
いったい、この森にはどんな生物が存在するのだろうか。
それらの考えに想いを馳せると、次から次へと好奇が湧いてくる。
大陸南部、ライオルリ森林と命名されたこの森は、未だに解明されている点が少ない場所だ。
どんな生物、あるいは魔物が生息し、あるいはどんな場所があるのかなど、未知数の可能性を秘めた宝箱。私はそう思っている。
また更に半年ほど経って暖かい季節が来れば、新たな発見も出来るのだろう。
とにかく楽しみで仕方がない。
内に秘める歓びを噛みしめながら、コーヒーの最後の一口を飲み干した。
月ももう頭上にある。そろそろ寝る時間だ。
そう思った私は、寝る前に尿意を解消しようと切り株を立つ。
その時のことだった。
「~♪」
「……一体なんだ?」
鼻唄が聴こえてきたのだ。
最初は、風が木の隙間を縫って吹いたことによる幻聴かと思った。
私は咄嗟に、護身用として持参していたクロスボウを手に取る。
いかにこの森が未解明の場所とて、魔物の一匹や二匹は当然いる。
ここに来るまでだって、私は既に数匹の魔物を討伐していた。クロスボウの腕には自信がある。
「~♪」
また聞こえた。やはり幻聴ではない。
それは、一体何なのかは知らないが、少女のような声で音色を紡いでいる。
こんな時間に、こんな場所で、灯りも無しに歌を歌うのは普通の存在ではない。
不気味さと好奇心でじっとりと手に汗がにじむ。
クロスボウの弦を引き、ボルトを装填しながら前方を見つめ、進む。
正体が何なのか、皆目見当もつかない。
声だけで推測すれば、それはおおよそ十歳前後の少女の声だろう。
ゆっくりとしていて、陽気な音色のハミングを奏でている。
私の足は着実に歌声の方へ近づいていく。
歌声はどんどん明瞭になり、ハッキリ聞こえてくる。
と同時、激しい頭痛が私を苦しめ始めた。
「が、あぐ……っ!?」
違う、これは頭痛ではない。
悲鳴だ。
無数の悲鳴と絶叫、怨嗟の声が頭の中で大合唱しているのだ。
「~♪」
歌声が聞こえる度に、その苦しみは一層増していく。
頭が砕けそうだ。
それでも何とか頭を上げ、前方を見据える。
正体を解き明かせるまであと少しなのだ。
片手で頭を、片手で木を支えにしながら、私はそれでも前へ進んでいく。
もはや護身具などとっくに取り落としていた。
大丈夫、一目見るだけだ。
一目見たら帰ろう。こんなことは忘れてしまおう。
そうだ、街へ戻ったらしばらくは休もう、こんな仕事を続けているからこんな目に遭っているんだ。
全部これが悪い。
必至に自分を鼓舞しながら一歩、また一歩と進み、急に周囲に木のない空間に躍り出た。
歌声の主はそこにいた。
そして、その姿を視認した瞬間──
「あひゃ、はははははは、いひひひひひひふははははははははは、あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは、あははは、ははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!」
もう嫌だ何も見えない見たくない、そうだこんな目ん玉くりぬいちゃおう。
あれ、何故真っ暗なんだ? 私は今どうなってるんだ? 分からない、分からないけど楽しい!
暗い、暗い、うるさい、痛い、怖い! 楽しい!!
全部終わりにしちゃおうかな、だって辛いだけだもんな、何も良いことなんてないんだよな、もうなんだか疲れてきちゃったな。
ああ、でもやっと──
「みつけた」
そして私の頭部は、弾けた。
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