死にゆくものたち

ねこにこみ。

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戦場に吹き荒れる怨嗟

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──霊暦、四百四十七年──


「全軍、前進せよ」

 祖国ラナンの民特有の赤毛と同じ色の髭を撫でながら、私──ラヴェル・ザッカリーニは伝令にそう命じた。
 
 いつもと同じ、ただの勝ち戦。
 雑魚ザコどもを蹴散らし、何もかもを奪う単純作業。

 将軍の座に就く私は、心の底からそう思っていた。
 我が国の為に働くことは最大の誇りだ。祖国のために命を捧げよと命じられれば、喜んでそうする自信が私にはある。

 だが、そんな考えすら愚考である。
 当然だ。何故なら、ラナンが戦において破れたことなど一度も無いのだから。

 興国こうこく以来、ラナンはあらゆる戦争で無敗の戦績をふるってきた。
 ありとあらゆる国家、民族、魔物の軍勢をねじ伏せ、今や大陸の殆どを支配する国家と呼んでいいだろう。
 
 こと、此度の戦は所詮は辺境の小国、シェルーシャ。
 領地の小競り合いなどとは無縁の穏やかな国だったのだが、本命であるオルティウス王国に侵攻するためにはどうしても落としておかねばならない地だった。

 シェルーシャとオルティウス王国は領土が隣接しており、シェルーシャを占領すればオルティウス王国は背を海に押し込まれることになる。さらに、オルティウス王国はその事態を避けるためにシェルーシャに援軍を送る他ないため、ここで敵の戦力を一気に削ることができる。そうすれば、ラナンの勝利は確実なものになるだろう。

 つまり、シェルーシャはただの哀れな踏み台であり、路傍で踏み潰される雑草のような存在。
 故に、即時降伏してこちら側につくのであれば、多少の憐憫をくれてやったことだろう。
 
 しかし、シェルーシャはこの降伏勧告を無視。愚かにも我が偉大なるラナンに戦意を示してきたのである。

「愚者どもが。さっさと降伏すればよかったものを」

「理解できませんね。何故彼らは、勝ち目のないと分かっている戦を仕掛けてきたのでしょう?」

 嘲笑する私の横で、副将のユミールが首を傾げた。

「知れたこと。どうせ、今まで親切に保護してくれたオルティウス王国に背けなかったのだろう。流石は群れることが大好きな、情弱で日和見ばかりの弱小国だ」

 考えるまでもない。
 私はユミールの疑問を鼻で笑ったが、確かに気になることではある。

 お仲間・・・を大切にする国が、どうして自国を火の海に晒すような真似ができるのか。
 それほどまでにオルティウス王国側に就く利点があったのだろうか?
 そんなはずはない。ラナンに寝返った方が余程安全で、堅実な考えなのは間違いない。

 ……それとも、何か私たちに対抗する策があるのか?
 
 私は頭を振ってその疑問を脳内から消し去った。

 何にせよ、シェルーシャの敗北は確定したと言っていい。
 既に都市部以外は陥落し、包囲されている状況だ。ここから巻き返す手段などない。
 オルティウス王国もそう思ったのか、先程伝令から「オルティウス王国が、シェルーシャへの支援を断念した」という情報を耳にしている。自国が攻められる時のために、力を温存しておきたいのだろう。

 大国に見捨てられたシェルーシャは、もはや竜に睨まれた子ヤギ。
 成すすべもなく散っていくだけだ。

 戦において恐れるものは二つ。
 
 ひとつ、相手が強大な力を意図的に隠していること。
 ふたつ、相手が無知で愚かゆえに、無意味で不可思議な行動を取ること。

 今回は後者だろう。
 戦のひとつもしたことのない弱小国がゆえに、恩返しでもしようと勘違いしたに過ぎない。

 それ見たことか、現に今も、ラナンの精鋭達がどんどんと前線を押し──

「……何事だ?」

 私はその光景・・・・に目を疑った。
 私の眼前に広がる光景。それは、自国の兵達が血飛沫と肉会の竜巻に呑まれていく様だった。

「ラヴェル将軍!」
 
 焦った様子で伝令が再び駆け込んでくる。
 その鎧は泥と血で汚れ、更にはその下の地肌にも大小の傷がいくつか伺える。

「落ち着け! 一体全体、何が起きているのだ!?」

 自分自身にも言い聞かせるように吠えながら、私は伝令に問うた。
 しかし、返ってきた答えは要領を得ないものだった。

「そ、それが……突如として黒く大きな人影が現れたかと思えば、最前線の兵達を次々と切り刻んでいるのです!」

「その黒い影とは何なのだ、その正体は? サイクロプスの類か?」

「私には分かりかねます……。とにかく、あんなに禍々しいものは見たことがありませんッ!」

「ええいッ! もういい、貴様もさっさと戦地へ戻れ! そして伝えろ、『守備を整えて相手の正体、及び弱点を見極めるのだ』と!」

「は、ハッ!!」

 足を震わせながら去っていく伝令の背を見送りながら、私は頭を抱えた。
 
 この土壇場に来て逆転だと? そんな可能性は万に一つも無い。
 もしありえるとすれば、この地に吹く血と肉の臭いに誘われた魔物の類だろう。

 だが、私は愚かではない。
 我が国の敗退など考えてもいない。
 が、それでも。正体不明の存在に無謀な突撃をして、それにより発生する損害は無意味だと理解している。

「……まさか、死霊術ネクロマンシー?」

「……何?」

 ぽつりとユミールが溢した言葉に、私は耳を疑った。
 死霊術や降霊術──いわゆるネクロマンシーというのは、かなり高等な魔術の部類に入る。

 死した肉体に再び魂を宿し、それを使役するのだ。
 当然、使い手にもかなりの能力が要求される。

 ユミールは知将としての能力を買われて、若年にして副将にまで登り詰めた秀才。
 魔術等の知識は、武力による闘いを得意とする私よりも遥かに長けている。
 
 だからこそ、ユミールの発言を看過することはできなかった。

「シェルーシャ如き弱小国に、死霊術ネクロマンシーの使い手がいると。お前はそう考えているのか?」

 ユミールに問いかけると、彼は怪訝そうに眼を細めながら顎に手をやった。

「あくまで可能性の話です。ですが、確かにそう考えれば全ての辻褄が合ってしまうことも事実」

「詳しく説明しろ」

 ユミールは私の促しに頷くと、語り始めた。

「本来、死霊術ネクロマンシーには一体の死体を用いるのが基本です。当然のことながら、獣はともかく人間の死体を用意することはかなり難しいですから」

 その通りだという意味を込めて、私は無言で頷く。
 この時点で、既に胸中へ嫌な予感が影を差しはじめていた。

「ですが、こと戦場においては人間の死体などいくらでも湧く。強力な死霊術ネクロマンシーを発動するにはうってつけの場。ここまではラヴェルさんもご存知ですね?」

「ああ。その程度なら私にも考えがつく」

「つまり、シェルーシャは狙っていたのですよ。わざと自国を包囲させ、私たちが全軍を挙げて突撃するタイミングを」

「まさかッ!?」

「そのまさかですよ。彼らはひたすらに隠していたんです、自国が本当は強大な力を持っていることを。オルティウス王国という強大な大国と同盟を結び、その陰に隠れてずっと」

 私はその言葉に雄たけびを上げて地面を蹴った。
 いま私の脳内には、先程私が思った言葉が渦巻いている。

 "戦において恐れるものは二つ。"
 
 "ひとつ、相手が強大な力を意図的に隠していること。"
 "ふたつ、相手が無知で愚かゆえに、無意味で不可思議な行動を取ること。"

 私は後者だと考えて嘲笑した。
 だが、本当は逆だったのだ。

 小国であるが故に、戦を全くしてこなかったのではない。
 むしろ、強国であるが故に・・・・・・・、戦をしてこなかったのだ。

 だが、だがそれでもと。
 私は僅かな希望に縋ってユミールに問う。

「シェルーシャは小国。オルティウス王国と同盟を結び、安寧を得ているとはいえ、豊かな国ではないはずだ。死霊術ネクロマンシーなどという高位の魔術を使える者がいると本当に言えるのか?」

「もしここまでの私の読みが正解ならば、答えは『その通り』です。小国に見せかけて本当は強大な力量を蓄えていたとしたなら──あるいはラナンよりも強大な国家たりえるかもしれません」

「貴様、ラナンを愚弄するかッ!!」

 私はその一言に激昂し、即座に抜刀。ユミールの首筋に剣を突き付ける。
 だが、ユミールとて祖国を愛する民の一人。その顔は苦渋と怒りに歪んでいる。

「……事実、認めざるを得ないでしょう。現にご覧ください。私たちの軍がどんどん押し込まれています。このままでは、私たちがいる本陣まで到達するのも時間の問題でしょう」

 言われるまでもなく分かっていた。

 黒い影はラナンの英雄たる兵達を蹴散らし、薙ぎ払いながらどんどんこちらに進んできている。
 もはやこの距離では、その伝令を通じるまでもなくその姿を視認できた。

 四つの腕に巨大な骨の剣を携え、狂気とも悲哀とも取れる異様な笑顔を宿した、皮が付いただけの髑髏。
 疑うまでもなく死霊術ネクロマンシーによって召喚された死霊だ。

 とするならば、ユミールの考えは正しい。

 シェルーシャは隠し持っていたのだ。このような怪物を使役できるほどの存在を。

「本来、死霊に個体名はありません。ですが、あの姿は……」

「知っているのか?」

 これ以上絶望を知りたくない。僅かな希望すらも打ち砕くであろう問いを、それでも私は投げかける。

「正確かは分かりません。ですがアレ・・は、太古の昔に大勢の人を殺戮したとされる『メジャドゥ』と呼ばれる怨恨を司る神。文献に残されたその姿に瓜二つです」

「ははは……神か。そんな存在が敵では、もはや我らは……」

 ただ嗤うしかなかった。
 
 相手は神だ。いつまでこの現世に顕現し続けるかは分からない。
 だが、少なくともこの戦場に私たちがいる限り、かの邪神は理不尽な死を振りまくのだろう。

 ──望みは、無い。

「ユミール、最期に一つ問いたい」

「なんでしょうか?」

 不穏な私の問いかけに、ユミールは怪訝そうな顔で応じる。

「シェルーシャは、何故こんな力を隠し持っていたのだ? あの戦力があれば、大陸全てを手中に収めることもできたはずだ」

「それは私にも分かりません。ですが、彼らはただ穏やかに暮らしたかっただけなのかもしれません。だからこそ今まで、戦は一度もしてこなかった。……私たちは、突くべきではない藪を突いてしまった。屈辱ですが、私はそう考えています」

「……そうか」

 かつて全てを奪われ、奴隷として使役されてきたのが旧きラナンの民たちだ。
 だからこそ自由を求めて立ち上がり、反乱を起こし、国とまで成った。
 奪われるものから、奪うものになった。

 闘争しか知らなかった私だが、かつて祖国を興した旧きラナンの民たちも、あるいはシェルーシャと同じ考えだったのだろうか。

 今となってはもう分からない。
 時間も残されていない。
 抵抗する術は無い。

──ラナンの敗けだ。

 私は剣を今一度、強く握りしめた。

「ユミール、貴公は逃げろ」

「何を仰るんですか? 私もラナンの軍人、最期まで闘う覚悟でここに立っているのです」

 この赤髪に黒いメッシュの入った端正な顔立ちの少年は、まだ年若い。
 その才能をここで、私の愚かな命令のせいで喪うことは惜しい。

「上官としての命令だ。もし従えぬなら、貴公は栄えあるラナンの民ではない」

 あえて強い言葉で、しかし真意を込めてユミールを見つめる。

 彼は一瞬悔しそうに顔を歪めたが、私の想いを悟ってくれたのだろう。

「……分かりました」

 頷くと、即座に己の馬に乗って戦場を去っていった。
 それを見ながら、今度は戦場で未だ戦う我が国の勇敢な兵士たちを見つめる。

 彼らもまた、このような敗け戦で散っていくべき命ではない。

 敗北を喫し、軍力を削られたラナンでは他国に攻め込まれる可能性もあるだろう。
 報復の意思を持つ国も少なくないはずだ。

 その時に犠牲になるのは、何の罪もないラナンの国民たち。

 皮肉なものだ。
 今さっきまで自分が何の罪もない他国の人間を殺戮していたというのに、こんな事態に陥って初めて、臣民を喪うものの痛みを知ることになるとは。

 それとも、戦争とはそういうものなのだろうか。

 知った気になっていただけで、無知だったのは私ではないか。

 私は自嘲気味な笑みを浮かべ、あらん限りの力を込めて、吹くはずの無かった笛を吹いた。
 それは撤退を知らせる笛の音。ラナンの兵達は驚いた顔で一瞬、私の居る本陣を振り返り──そこからは様々だった。

 怒声を張り上げながら、無謀にも神に立ち向かい惨殺される者。
 絶望し、膝から崩れ落ちて剣を取り落とす者。
 涙を流しながら逃走する者。

「我が神よ。どうか我が国の民たちの安寧を……」

 私はラナンの民が信奉する女神、ラナン・ドーンに祈った。
 
 彼女はラナンの興国主とされる現人神。
 その勇気と優しさで、ラナンの旧き民たちを導いたとされる存在。

 どうか、彼女の加護が祖国の民にもたらされんことを。

 私は決意を決め、剣を携えて邪神へと走る。

 私はもう年老いた。戦うことしか知らない軍人だ。
 それでも、そうであるからこそ、ラナンの将軍として逃げるわけにはいかない。

「オオオオオッ! ラナンに栄光あれェェェッ!!」

 邪神と目が合った。

 彼は私を見て、微笑んだ。












 全てが終わり、骸だけとなった戦場。
 血の臭いだけを運ぶ風。

 その中で、少女がひとり。蹲ってただ泣いていた。

「もう嫌だ。もう嫌だよ……。お父さん、お母さん……」

 少女は空想の中の理想の父と母、その幻影だけを見続けていた。
 
 苦しみ、悲しみ、寂しさ、虚しさ。

 神喚びを行った・・・・・・・というのに、少女は一切の疲労を見せず、ただただ自身の心に渦巻く感情に苦しみ、泣き続けるのだった。
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