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WORKS3 転生社畜、女子高生と見つける
💰あなたにラブコール
しおりを挟む「これも買い替えないとダメだな」
屋敷にいくつもある客間の一つを改良した、ダリスの執務室。
デスクの上には、ボロボロになったハードレザーアーマーが横たわっている。
針のような形状の固形物が刺さっていたり、モンスターの体液らしきものが染みて革が溶けている部分もある。破損に汚損、モンスターとの戦闘には付きものだ。
つい最近、ショートソードも買い替えたばかりだし、ラウンドシールドに至ってはすでに三代目。
「あの、あの。ごめんなさい」
肩を落としたジュハが体を小さくして申し訳なさそうに謝るのを、ダリスは右手を出して止めた。
「いや、謝る必要はない。ジュハはパーティーの盾役という重要な役目を担ってるんだから、装備品が消耗するのは当たり前のことだ。これからもパーティーを頼む」
ダリスの言葉にジュハは目をキラキラと輝かせ、元気よく「はい!」と返事を返してくれた。体と一緒に丸まっていた耳もピンと立ち上がっている。
よしよし。これで次のモンスター狩りも大丈夫だろう。
防具が傷つくのを嫌がって、敵の攻撃を避けられないような状態になられては困るからな。
パーティーメンバーの様子には常に気を配り、時には彼らの気持ちを持ち上げてやらなくてはならない。フィジカルも、メンタルも、彼らのコンディション次第でダンジョンでの狩りの成果は大きく違ってくる。
…………って、なんだこれ。
奴隷を買って、奴隷を働かせていれば、楽にお金が手に入るんじゃないのか。
今度こそ、寝てても稼げるような搾取する側になってやろうと思っていたのに。
社畜だった頃より考えることは多いし、ストレスで胃はキリキリするし。
「はあ……。思ってたのと全然違う」
お金の管理、奴隷たちのケア、生活の世話、かさむ装備品の補修費、えとせとら、えとせとら。兎にも角にも、やることも考えることも多すぎる。
理想と現実の間に、山より高く海より深い壁がそびえていた。
「眉間にシワができるよ」
「おわっ……と。チトセ、いつの間に?」
いつ部屋に入ってきていたのだろうか。
席に座ってため息をつくダリスの顔を、チトセが横から覗き込んでいた。
もしかして、さっきの独り言も?
「ジュハと入れ替わりで。……ねえ、思ってたのと違うってなに?」
めっちゃ聞かれてた。
恥ずかしいから、聞かなかったふりをしてくれればいいのに。
「…………なんでもない」
そう答えることしか、ダリスにはできなかった。
チトセもジュハもヨミも頑張ってくれているのはわかっている。
もっと稼ぎたい、なんて彼女に言うことじゃない。
ダリスが家を出てから三ヶ月が経った。
モンスター狩りはとても順調で、パーティーは街でもそれなりに有名になった。
黒い衝撃 チトセ=コウガサキ
神速 ジュハ=シュタイン
魔女の射手 ヨミ=ノツーガ
そして、奴隷遣い ダリス=クラノデア。
戦闘には一切参加していないのに、いつの間にか二つ名がついていた。
気がついたら街中で「おっ、奴隷遣いじゃねえか」なんて呼ばれるようになった。
それにしても……こういう二つ名って、誰が付けているんだろうか。
この『奴隷遣い』という二つ名を気に入っているわけではない。
けれど、自身の名が上がるということは、クラノデア家の伝統に基づいた『独り立ち』を成し遂げるのに重要な要素だ。
この『独り立ち』というやつだが、ただ一人で漫然と生きていくだけでは認められない。一人前の人間として、クラノデア家を代表する者として、他人からも良い評価を貰えるような人物にならなくてはならないからだ。
考えてみれば、前世を過ごした世界だって同じだった。
一人で生きていたって、バイト生活をしているようじゃ世間様からは落ちこぼれ扱いされる。
なんとか正社員になれたとしても、みんなが知っているような大企業じゃないと認められたりはしない。
ほかには医者だとか、官僚だとか、ジャンプ作家とか、直木賞作家とか。とにかく誰でもわかるようなラベルが求められていた。
二つ名は冒険者に貼られるラベル。
映像メディアも音声メディアもないこの世界では、人から人へと伝わる噂こそが最大のメディアである。その多くは吟遊詩人たちの歌声と音楽に乗せて伝えられる。
ダリスたちの成果は二つ名と共に広がっていく。
同時に、ダリスの名前も、クラノデアの家名も、人から人へと伝わっていく。
お陰で最近はちょっと変わったヤツにも絡まれるようになった。
ドタドタを大きな足音がする。
今日も変わったヤツがやってきた。
バンッと執務室の扉が開き、体格の良い濃い顔イケメンが威勢よく入ってきた。
向日葵色の髪と、笑顔の口元から覗く真っ白な歯が眩しい。
「やあ! 奴隷遣いのダリスさん。今日こそは良いお返事を頂きに来ましたよ」
「またアンタか。人の家に突然入ってくるなよ」
眉間のシワを伸ばしながら、ダリスがいつものように邪険にあしらう。
だが、イケメンは気にする様子もなく、どんどんダリスに近づいてくる。
「ハッハッハッハ! サプライズ、というやつですよ」
サプライズ。イヤな響きだ。
約束もせず人の家に上がり込んでくることを『サプライズ』とか言い出したら何でも有りだろ。一時期流行ったフラッシュモブより質が悪い。
「⦅この世界でもあるんだな、サプライズ⦆」
「⦅ほんと。最悪の共通点だね⦆」
横にいたチトセに、あえて日本語で話しかける。
二人だけが使える暗号のようなものだ。
「ああ、チトセ。早くあなたと一緒にダンジョンへ行きたいものです。さあ、新しい一歩を踏み――」
「うちのメインアタッカーを堂々と引き抜こうとしてんじゃねぇよ」
唐突にチトセにラブコールをはじめたイケメンの言葉をダリスがさえぎる。
油断も隙もありゃしねえ。
「ノンノンノン。私はあなた達を我がクランに勧誘してるんですよ、奴隷遣いのダリス=クラノデアさん」
そう。このイケメンはクランのリーダーなのだ。
それもこの街で最大規模のクラン『ホークスブリゲイド』のリーダー。
名をショウ=ハショルテという。
〇現時点の収支報告(2ヵ月分)
資金:金貨19枚と銀貨2枚(192万円)
収入:金貨40枚と銀貨3枚(403万円) ※魔光石売却益
支出:▲金貨3枚(30万円) ※2ヵ月の生活費(奴隷3名含む)
▲金貨4枚(40万円) ※2ヵ月の消耗品費・雑費
▲金貨3枚(30万円) ※2ヵ月の装備補修・買い替え費
▲金貨20枚(200万円)※奴隷購入費の分割払い 2ヵ月分
残資金:金貨29枚と銀貨5枚(295万円)
買掛金:▲金貨90枚(▲900万円) ※奴隷購入費の支払い残額(負債)
💰Tips
【二つ名】
ダリスは知らなかったが、実は冒険者に二つ名をつけているのは吟遊詩人と呼ばれる旅の楽士である。ダンジョンで誰それが活躍した、という話を歌にすると街での評判が良く、おひねりをたくさん貰える。そのため、彼らは酒場で情報を収集しては冒険者の活躍を歌にして日銭を稼ぐ。
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